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11 海は夕日色に満ちて (恋する女子と大親友)

 この小さな港町はすぐに噂が広まる。それが嫌になる時もあれば、良かったと思う時だってあった。

 防波堤の上に座り、沈んでいく夕日を上岡(かみおか) めぐみは睨むように見つめていた。


「良い本あった?」

「これ」


 そんなめぐみの隣に何の前触れもなく座り、当たり前のように話しかけてきた同じクラスの橋本 香(はしもと かおり)に、先ほど古書店から買ってきた文庫本を手渡した。

 読書感想文なんてものをしなければならなくなったのだ。別に買わなくても図書室から本を借りれば良いのだが、なんとなく借りるところを見られたくなかった。

 香はへぇ、と呟きながら古めかしい表紙をめくり、パラパラと頁をめくった。


「へぇ、どんな話?」

「まだ読んでないけど、すーちゃんが面白いって言ってた」

「そう呼ぶと怒られるんじゃなかった?」

「良いじゃない。別に」


 すーちゃんとは、古書店の店長のあだ名だ。小さい頃から知っている相手なのだから、今更呼び方なんて変えるつもりはなかった。

 ぱたり、と香は興味が無くなったと言わんばかりに本を閉じ、めぐみに返した。


「やっぱり恋愛ものにしたんじゃない」

「勧められたから仕方がないでしょ」

「あーあ、素直に図書室の本借りれば良かったのにぃ」


 香は図書室で歴史の小説を借りていた。授業でやったところだからという理由だ。香はかなり現実主義で、要領がかなり良い。今だって、学校に残ってさっさと読書感想文を書いてからここにやってきたのだ。

 めぐみとそれを見習おうとしてみたが、どうしても続けることが出来ずに早々に諦めた。

 そんな現実をしっかりと見ている香は、容赦なく問いかけてきた。


「どうすんの、めぐ」

「どうするって……」

「先輩、遠くへ行っちゃうんでしょ。遠くの、都会に」


 何でもある都会。キラキラとしていて、本当にいろんな人がいて、夢を叶えやすい場所。先輩は夢の為に都会へ行こうとしている、らしい。

 噂は噂。しかし誰もがその話を知っているうえに、学校では先生と先輩が険しい顔をして話をしているのをよく見かける。だからああ、本当なのだと現実を突きつけられた。どうしてと喚きそうになった。

 けども隣にいる香がそっかぁとひどく冷めた声で言ったものだから、どうにか落ち着いていることが出来ていた。

 めぐみはずっと、その先輩に恋心を抱いている。それはもう、小学生の時からずっとだ。

 好きになった理由なんて些細だ。とにかく優しくて、かっこよくって。気づけば好きになっていた。

 子供っぽいと言われたらそれまでだけども、めぐみにとってはとても大切なものだった。


「高校生になったら皆出て行くのに」

「知ってるわよ」


 高校なんてないこの町は、進学と共に皆が出て行く。別に、かなり頑張れば通えなくはない距離。もちろん一番近い高校であれば、の話だけども。

 それでもちゃんとやりたいことがあって、そこに行かないといけないような高校があるならば、もっと遠い場所へと行かなくてはならない。それこそ、何でもある都会に。


「……香は、高校どこ行きたいとかあるの」

「皆と同じよ。どうせめぐも同じでしょ?」

「どうせって……そうだけど」


 あわよくば先輩と同じ高校へ、と夢見ていた。そしてその先で告白して、それで。

 けど、これはただの夢の話。先輩はもっと遠い場所へと行くし、めぐみはそんな場所にある高校へ進学が出来るほど勉強は得意ではない。むしろ嫌いなくらいだ。

 これはそう、つまりは諦めるしかない。それで終わらせるしかない。

 目の前に広がる海に、夕日が落ちていく。橙の眩しい光が少しずつ小さく、消えていく。燃えているこの恋心だって、同じように少しずつ消える。そう、そのはずだ。


「私、進学しても毎日弟に電話するし、お父さんとも連絡とるわよ」

「好きよね。家族」

「当たり前でしょ? 大好きだもの」


 香はふっと笑顔を浮かべて、小さく首を傾げた。


「毎日連絡が取れるっていうのに、香は諦めるの?」


 心の底から、距離なんて何の問題があるのかと言わんばかりに香は問いかけた。

 めぐみは反射的に言葉が溢れた。


「そんなわけないでしょ!」


 そうだ。都会に行くと知ったところで、どうせ先輩は外へと出て行くのだ。それがまたちょっと遠くなっただけで諦めるほどに、この恋は簡単に消えるわけがない。


「絶対、絶対に! 告白してやるんだからぁ……!」


 めぐみは海に向かって宣言した。もう、諦めない。めげない。絶対に絶対に、この想いを伝えるのだと今、決めた。


「ここでそんな大声で言ったらすぐに広まると思うけど?」

「ふん、上等よ」

「けど、告白だけなの?」

「う、うるさいわね!」


 だって仕方がないのだと、めぐみは開き直った。

 この気持ちは抑えられない。それなら、もう走り切るしかない。それで振られようとも構わない。すごく嫌だけども。けど、これで終わりになんてしたくはない。


「一先ずだけど、先に買った本読んでからにすれば? すーちゃんが選んでくれた恋愛もの、なんでしょ?」


 横から香の冷めた言葉に、急にめぐみは冷たい海水が頭からかけられたように覚めさせられた。


「……人が頑張ろうって思った時に」

「めぐはいっつも考えなしなのよ。すーちゃんがせっかく選んだ本なんだから、それ読んでちょっとは考えなさいって」

「……香も考えてくれないの」

「何言ってるの? 一緒に考えるに決まってるでしょ?」


 当たり前に言う香に、めぐみは思いきり横から抱き着いた。香からため息をつかれたが、振りほどくでもなく、ただめぐみを受け入れてくれた。

 目の前の夕日はすっかり海に沈んでしまい、あたりはずいぶんと暗くなってきている。だがめぐみの恋情は眩しい夕日のように燃え上がっている。

 そしてあわよくば、山向こうから昇ってくる朝日のような恋になるべく、めぐみは決意したのだ。

憧れの先輩がずいぶんと離れた都会の高校へ進学すると聞き、彼女は焦っていた。眼前に広がる海を見つめる姿を、大きな背中を、未来へ挑もうとする勇ましさを知っている。「諦めるの?」友の言葉に首を振り、先輩のもとへ駆け出した。この恋情は、海に堕ちる夕日のように未だ燃え続けている。

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