10 お節介上等 (古書店店長と女子中学生)
読書の秋だからということで、課題で読書感想文を書くことになったらしい。
「それなら学校の本借りれば良いでしょ?」
「良い本取られたの」
「あら、そうだったの」
古書店の店長である野崎 澄は、これから発送する本達を綺麗に梱包しながら、珍しい客人と話をしていた。
学校の帰りにそのままやって来たのだろう、上岡 めぐみは先ほどから目線を棚に陳列されている古書の背表紙を追っていた。
冷やかし目的ではなく、本当に本を選びに来たらしく、澄は店長として腕の見せどころだと作業を止めて隣に並んだ。
「それで、どんな本を探しているの?」
「……歴史とか、そういうの」
「むしろ残ってそうだけど?」
「書きやすいのよ」
「ああ、はいはい。確か、最近の大河ドラマって結構人気だものね。その影響かしら?」
「……たぶん、だいぶ前だと思う」
「え、うっそ。テレビなんて全く見てないから知らなかったわ」
「また本ばっかり?」
「面白くってつい、ね?」
とくに近頃は仕入れた本があまりにも面白くって、ついつい読みふけってしまっているのだ。古書店の店長としては、一刻も早く陳列しなければならないというのにどうしても繰り返し読んでしまうのは、やはり本好きの性というやつだろうか。
澄はそのまま、めぐみの隣に立ち、本を整理するふりをしながら会話を続けた。
「いつもどんな本を読んでるの?」
「漫画」
「小説は?」
「たまに。けど知ってる? 今はネットで読めるのよ」
「知ってるわよ。私も読むもの」
「えー、うそー。すーちゃんが?」
「すーちゃん呼ばない」
今の世の中、たくさんの小説が溢れているのだ。これはもう貪るように読む以外の選択肢なんて残ってはいない。
「あれとか好きよ。ミステリーとか」
「人気ないやつじゃん」
「別に好みと人気は違うでしょ? めぐみはどんなの読むの? 今流行りのファンタジー的な?」
「そう。漫画ばっかりだけど」
「で、恋愛もあったり?」
「もちろん」
恋愛ファンタジーをどうやら好んでいるらしい。しかし、どんな恋愛ファンタジーかによって、勧めるべき本が変わっていってしまうから要注意だ。
「すーちゃんは苦手そうよね、恋愛もの」
「あーら、どうして分かったのかしら?」
「だってこの話になると、いっつも変な顔するじゃない」
最近の子はずいぶんと聡い。よく見てないようで、ちゃんと見ている。それとも、めぐみだからなのか。
さて、なんて返答をしようか。なんて澄が考えていると、それよりも前にめくみが聞いてきた。
「……すーちゃんってさ。好きな人とか、いたことある?」
「あら、恋バナ? 今の子の恋バナなんてどんな感じなのかしら。お姉さん気になっちゃうわ」
「ちょっと! あたしが聞いてるのに!」
そんなことを聞いてくるということは、きっとめぐみは恋をしているのだろう。もしくは、その一歩手前か。
耳まで赤らめているのを誤魔化そうと声を張り上げるめぐみがあまりにも可愛らしくて、澄は小さく笑ってしまった。
あの時。まさしくめぐみと同じ歳だった澄は、こんな風に素直になれなかった。だから、今のめぐみは澄にとってまぶしく、どうしても背中を押したくなってしまった。
「ふふっ……、あ、これなんてどう?」
澄は目線から少し下にある本を棚から抜き取り、めぐみに見せた。値段はお手頃。ただちょっとばかし分厚いが、人の感情の変化が機微に書いてあるものだ。
めぐみは少し躊躇しながらも受け取り、試しに最初の数頁をめくり、すぐに閉じてしまった。
「……うぅ、文字細かい」
「じゃあこのあたりは駄目ね」
それは残念だ。と言うことは、これよりも大きな文字でなければいけないが、良さそうなものは仕入れていただろうか。
めぐみから返された本を元の場所へ戻し、並ぶ背表紙を順番に見る。
「それで、めぐみは好きな人できたの? そんなことを聞いてくるくらいだし」
「本当、すーちゃんってずるい」
「こちとら大人だもの。だからそのすーちゃんは止めなさい」
「嫌よ」
探す間に、話の続きをすれば、めぐみはまた分かりやすく頬を赤らめ、大きな反応を返した。可愛らしく、なんともあどけない姿に澄は隠さずに笑った。
「それで、どうなのよ?」
少しばかりしつこすぎるかもしれないと思いながらも聞くと、めぐみは唇を尖らせて小さく頷いた。
「……前から、いるわ」
「あらぁ」
「すーちゃん。おばちゃんっぽい」
「ホラー好きだっけ?」
「止めて!」
澄はちょうど目に付いた本を抜き取り表紙を見せる。いかにもな雰囲気のある表紙に、めぐみはばっと顔を背けた。
おばちゃんだなんて言った罪は大きい。澄はめぐみの反応に満足し、また改めて本を探しながら会話を続けた。
「年上?」
「うん」
「……大人、じゃないわよね?」
「先輩よ、一つ上の。もしかして先生だと思ったの?」
「そういう子もいるじゃない」
「本の読み過ぎじゃない?」
めぐみは呆れたように言うが、現実に本当に教師に恋心を抱く子がいるのだ。加えて世の中には学生というラッピングされた子を好む人だって存在するのだから、大人としては笑いごとでも何でもない話なのだ。
いずれめぐみも、この町の外で出て行く。まだ少し幼く、純朴な彼女はその存在を目の当たりにした時、めぐみはどんな思いを抱くだろうか。
澄は、めぐみのその先のことを想像することが妙に怖くなってしまい、改めてめぐみにぴったりの本はないかと考えることにした。
相手は一つ上。ということは三年生。つまりはこの町から出て行く子だ。めぐみの様子を見るに思いは伝えてはいない様子だった。ということは片想い。なんて甘酸っぱい恋だろうか。
思いを伝えるのか、伝えないのか。それはめぐみではないから分からない。ただそのどちらを選んでもめぐみが後悔しなければ良いと、そう願った。
頭の中でいくつかの本のタイトルをあげる。その中でどれが一番良いだろうかと実際に棚から本を数冊抜き取り、改めて中身を見る。文字の大きさは良いだろうか、ちゃんとめぐみの意にそう本だろうか、恋というものに向き合える内容だろうか。
澄はそして、一冊の本を選んだ。
「ねぇ、これなんてどう?」
「何、それ」
澄は本をめぐみに手渡した。
選んだ本は文庫サイズだから持ち運びだってしやすいし、何もよりも文字だって比較的大きい方だ。ただ慣れないとやはり小さいと言われるかもしれないが。
「純愛小説。もう、すっごく面白いからおすすめ」
「ちょっとなんで恋愛小説なのよ。歴史とかそういうのって言ったじゃん」
「だから歴史ものよ? それで純愛もあるっていうだけで」
ちゃんとめぐみが言った通りのものだ。これならば文句なんて言えまい。
「今なら百円にしてあげる。どう?」
大特価。たったワンコイン。
めぐみはぐっと口元を歪めた後、念のためと言うように裏表紙のあらすじに目を通し、そして最初の数頁をめくる。
そこからどれほど時間が過ぎたか。
長いような沈黙が満ちる中、めぐみは顔をあげた。
「あー、良い仕事した!」
澄はめぐみの小さくなっていく背中を見届け、両腕をあげて背筋を伸ばした。
今日は久しぶりに酒でも飲もうか。弱いから缶チューハイを一缶だけなのだけど。
「歴史とか、そういうの」そう言った中学生の少女は、小説の古本を探す。しかし目を追っているのはどうも恋愛小説ばかりに見えた。店長はついお節介でお手頃価格な純愛小説の古本を勧めてると、少女は睨むように見上げて、赤面しているのを誤魔化そうとしていた。お買い上げありがとうございました。




