カイロス
月は雲に隠れ、黒い森を沈黙が包んでいた。
カイロスは一人、地面に幾重もの環を描いていた。
円の中心には古い羊皮紙の書、そこに刻まれた言葉を口にするたび、黒い火花が地面を這う。
「……幾百年、幾千夜……我らが血脈は力を持たぬまま朽ち果てた……
すべては、あの女――魔女ルナがもたらした滅びゆえに」
彼の手は震えていた。それは恐怖ではない。
渇望と憎悪が入り交じった、狂気にも似た執念の震えだった。
「だが、私は見つけた。魔女の力を自らの肉体に封じ、己の一部に変える術を……」
羊皮紙の文字が淡く光り始める。
カイロスの口から、古代語の呪文が低く紡がれる。
「アーク・マグナ、サルヴァ・ポテンティア……
我が血に刻め、異能の根源を。
束縛せよ、封じよ、
奪え――ルナ・アルカナ」
詠唱と同時に、彼の腕に黒い鎖の紋が浮かび上がった。
それは魔女の魔法を封じ、力を吸収するための術式。
ただの術ではない。使うたびに自身の命を削る、禁忌そのものだった。
「構わぬ……命など、魔女の力を手に入れるための贄に過ぎぬ」
彼の脳裏には、何度も繰り返し思い描いた光景があった。
――膝をつき、力を奪われる魔女ルナの姿。
彼女を倒すことではなく、彼女を「自分の器に変える」こと。
その妄執こそが、カイロスを何百年も生かし続けていた。
「待て、ルナ……。必ずお前の魔法を奪い、我が血族を再び世界に示す」
夜の森に低い笑いが響き、黒い鎖の紋が彼の腕で脈動を続けていた。




