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9.レイチェルの静かな怒り


とても良い笑顔のレイチェルがフォークを目の前のケーキに突き刺すと、鋭くアレクスティードを一瞥した。表情とは裏腹に、彼女から底冷えするほど殺伐とした空気が漂っている。



「なぜお姉様に他の婚約者がいるのかしら?」


それは暗に、どうしてまだ自分のモノにしていないのかとアレクスティードの対応の遅さを責めていた。



「なぜって…まだ会って二回目だからな。」


「その顔面とロウムナード公爵家嫡男という肩書きがあって、何をそんなに手こずっているのかしら?まさか美貌のお兄様が実はヘタレだったなんて、笑えない冗談ですわよ。」


取り出した扇子で口元を隠したレイチェルが嫌味ったらしく微笑んでいる。最初からアレクスティードの言い分を聞く気はないらしい。



「いいか、物事には順序ってものがあるんだよ。」


「御託は結構。それで、そのお相手はどちらの家ですの?ご挨拶をしなければなりませんわ。」


可憐な顔で真っ黒な笑顔を見せるレイチェル。その顔はやる気に満ちていた。



「あまり余計なことはするなよ?下手に相手を怒らせて、怒りの矛先がシャルに向いたら困る。」


「こちらが責められるようなことは何もしませんわよ。わたくしは公爵令嬢ですもの。」


「それ不安しかないんだけど………」


「ふふふ、お会い出来る日が楽しみですわ。」


レイチェルのそれは、完全によからぬことを考えている笑みだったが、ひたすら食に走っていたシャルロッテが不穏さに気付くことはなかった。


その後お茶会はお開きとなり、シャルロッテは『あぁ最高傑作が…』と喚くレイチェルを無情にも無視して来た時の姿に戻っていた。


そして沢山のお土産と共に、アレクスティードに送られて帰宅したのだった。




「ヘルテル!今日の夕飯はお菓子にしましょう!沢山頂いて来たのよ。」


両手いっぱいにお土産を抱えたシャルロッテは、元気よくヘルテルの部屋を突撃していた。



「姉さんお帰りなさい…って、とんでもない量だね。しかもとてつもなく高級そうなリボンと包装紙…本当にあのロウムナード家に行ってたの?」


事前に話を聞いていたものの、彼はまだ半信半疑だった。



「ええ、そうよ。そこで頂いたお菓子がとても美味しくてね、そしたらお土産に待たせてくれたのよ。」


「それ……請求書同封されてない?もしくは、何か見返りを要求されているとか。こんなの絶対に裏があるよ。ちゃんと良くしてくれる理由を聞いたの?」


心配性の弟は、姉のように好意を好意のまま受け取ることが出来なかった。どうしても、タダより高いものはないという巷で有名な戒めの言葉が頭から離れないのだ。



「特に聞いてないけれど…多分大丈夫よ。」


「相変わらず姉さんは適当だなぁ…」


ヘルテルの不安は増す一方だった。



「ねぇヘルテル、今月分の診断書と領収証の偽装って済んでる?また前触れなしに来るかもしれないから、早めに手元に用意しておきたいのだけれど。」


「うん、作成してあるよ。はい、これ。」


「ありがとう、助かるわ。」


手渡された茶封筒から書類を抜き出し、上から順に目を通したシャルロッテが満足そうに頷いた。 


それは毎月レナードに提出している書類だった。これを証拠として、毎月の支援金に医療費分を上乗せさせていたのだ。そして今回分は、新薬と称して結構な金額を上乗せしている。



「あと邸の修繕費も出させたくて…請求書の捏造お願い出来る?あの場で金貨を出したんだもの、もっと搾取出来るわ。」


「うん。知り合いの業者から請求書の雛形貰ってくるね。それも明日までに用意しておくよ。」


「お願いね。」


シャルロッテが婚約者としてレナードという脅威に身を晒している分、優秀なヘルテルが書類の偽装や隠蔽など頭脳労働を担当しているのだ。



「本当に優秀な弟で助かるわ。ありがとうね。」


「僕にはこんなことしか出来ないから。姉さんは十分に気を付けて。」


二人は互いに相手を思いやり、頷き合った。




それからしばらくが経ち、またレナードが支援金を手渡すため邸に姿を現す日がやって来た。


今回シャルロッテは家の者全員の反対を押し切り、家令のシュートを下がらせ、たった一人で彼を迎え入れていた。


例の部屋でシャルロッテが紅茶の用意をしていると、ソファーに座って書類に目を通していたレナードが彼女に訝しむ目を向けてきた。



「おい、家令はどうした?」


「腰を痛めたため、少しの間お暇を頂いております。ご不便をお掛けして申し訳ありません。」


シャルロッテは手を止めてレナードに向き直り、深々と頭を下げた。



「ということは、今この邸には引き篭もりの弟とお前だけか。」


レナードの紺碧の瞳が仄暗い光を放つ。



「はい。そのため、大変厚かましいのですが臨時で使用人を雇うための援助を頂戴したく…」


頭を下げたまま、シャルロッテはいつもと同じく同情を誘うように遜った。


(これでまとまった額を引き出せるはずだわ)


賭けに出た彼女はこの時、いくらまで相手から引き出す額を増やせるだろうかと頭の中で思考を巡らせていた。

一方でレナードの頭には、この場に二人きりという邪な考えしかなかった。



「さてはお前、欲求不満だな?」


シャルロッテが誘ってきたのだと盛大に勘違いしたレナードは、下卑た笑みを浮かべたのだった。



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