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8.シャルロッテの涙


湯浴みをしてマッサージをされ、肌をツヤツヤに磨かれ、髪にオイルを塗りたぐられ、顔にパックをされ、着せ替え人形にされ、ようやくドレスに着替えさせられ、念入りに化粧を施され、綺麗に髪を編み込まれたシャルロッテ。


人生初の刺激の連続に困惑するが、これまで蔑ろにされてきた彼女の身体は細胞レベルで喜びの声を上げていた。


こうして元の良いシャルロッテは、レイチェルの隣に並んでも霞むことのない、気品溢れる美しい令嬢に仕上がったのだった。



「最 高 傑 作 で す わ !」


可愛らしく両手を握りしめたレイチェルが恍惚とした表情で瞳を爛々と輝かせている。シャルロッテの仕上がりに大満足のようだ。



「もうこれ脱いでいいかしら?重いし苦しいし、第一こんな格好で動けないわ。」


姿見の前に立たされたシャルロッテだが、自身の変わりようにときめくことなく、ただただ慣れない服装に不満を垂れ流している。



「お兄様、入って来ていいですわよ。」


ぼやくシャルロッテを華麗に無視して、レイチェルがアレクスティードに入室を促す。



「ようやくか…お前いくらなんでも初対面の相手…に…」


シャルロッテを視界に入れた瞬間、不自然にアレクスティードの言葉が止まった。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息を止めて目を見開き彼女の圧倒的な姿に惹きつけられる。


元々素朴な美しさのあった彼女だが、今は貴族令嬢らしい清廉とした美貌の雰囲気になり、その上、彼女の素材を引き立てる化粧により、これまで無かった色香が危うげに漂っている。

目にしたら最後その美しさに心を囚われ、一秒たりとも晒してなるものかと思わせられる。それは暴力的なほどに魅惑的だった。



「ふふふ…あの令嬢人気No. 1のお兄様が美の前になす術がないとは…お姉様は罪なお方ですわね。」


惚けた顔のまま見事なまでに時が止まっているアレクスティードに、レイチェルはしてやったりという気持ちでニヤリと笑っている。



「ねぇアレク、早く着替えたいのだけど貴方からも言ってくれないかしら?」


「ちょっ………今このタイミングで愛称呼びは本当にマズいって…頼むからほんと。」


「何よそれ、貴方が指定したのに今更ね。」


「ほほほほほほほほっ」


アレクスティードの余裕の無さにレイチェルの高笑いが止まらない。シャルロッテのつれなさも相まって、最高に気分が良さそうだ。



「それにしてもお兄様、そろそろ感想を言って差し上げては?こんなにも素敵なレディーを目の前に失礼が過ぎますわよ。」


「あ…うん、本当に物凄く綺麗で可愛い。」


僅かに頬を赤く染めたアレクスティードは凄まじく語彙力が低下していた。そのことに幻滅したレイチェルがすっと無言で目を逸らす。



「お姉様、せっかく着飾ったのですから外でお茶をしましょう。美味しいお菓子も用意させますわ。」


兄を無視したレイチェルがぽんっと手を叩いて軽やかな音を出した。



「お菓子…ぜひ頂くわ。」


甘いものに目がないシャルロッテは即答だった。公爵家の振る舞う菓子は食べたことのないほど美味しいに違いないと、胸を高鳴らせる。



「お兄様も来ていいですわよ?」


「俺のことはついでかよ………」


口ではそう言いつつも、ドレス姿のシャルロッテを庭先までエスコート出来る役目に口元が緩む。慣れない格好で姿見の前から動けずにいる彼女に、カッコつけて腕を差し出した。



「レディ、素敵な君をエスコート出来る栄誉を是非わた…」

「お姉様、足元気をつけくださいませ。さぁ私の腕を掴んで。ゆっくり行きますわよ。」

「ありがとう、歩きにくいから助かるわ。」

「……………いや、なんでそうなる。」


美しい姿勢で腕を差し出すアレクスティードは、またもや華麗に無視されていた。



手入れの行き届いた見頃の花々と、彫像の飾りが美しい噴水が見える景色の良い場所にテラス席が設けられており、そのテーブルの上には3人分のティーセットが用意されていた。


三段のティースタンドの上、金で縁取られた美しい皿に、一口サイズのスイーツと軽食が並んでいる。


所狭しと並べられた圧巻の光景に、驚いたシャルロッテの瞳がまんまるになる。

何から手を付けて良いか分からず、フォークを手にしたままそわそわしている彼女に、アレクスティードが笑いながらいくつかスイーツを取り分けてくれた。


そのうちの一つに手を伸ばし、ぱくっと口に放り込んだシャルロッテ。



「………な…に…これ……」


咀嚼すると同時に、彼女の瞳から大粒の涙がひとつこぼれ落ちた。宝石のように美しい輝きを放ちながら頬を伝う。



「こんなに美味しいもの初めて食べたわ…弟にも食べさせてあげたい…」


それは歓喜の涙だった。至高の美味しさに胸を震わせ、その溢れんばかりの感動が頬を濡らしたのだ。彼女の純真な心を見た二人も感激して胸を熱くしている。



「シャル、好きなだけ食べて好きなだけ持って帰って。いくらでも良いからほんと。」


「ああなんということでしょう…お姉様の御心が美しくて辛いわ。もちろん全てお持ちになって。そのドレスも化粧品も全部お姉様のものですのよ!」


兄妹揃って目に涙を溜め、激しく頷いている。



「ありがとう。でも、ドレスと化粧品はいらないわ。あっても使う機会がないし、何よりあのクズに見つかると面倒だもの。ありがたく消え物だけ頂いていくわね。」


「クズ…?それは一体何の話ですの?」


「私の婚約者のことよ。」


「はあ゛?」


当然のことのように話すシャルロッテだったが、初耳だったレイチェルからはドスのきいた声が返ってきた。



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