6.再会
『親愛なるシャルロッテへ
昨晩は夢のような楽しいひとときをありがとう。あの約束、守ってくれるよね?早く君に会いたい。
アレクスティード・ロウムナード』
花束に添えられた熱烈なメッセージとその送り主を目にした衝撃が凄まじく、ぷるぷるとシャルロッテの手が小刻みに震えている。
顔からは表情が抜け落ちており、驚愕を通り越してもはや虚無の地に至っていた。
「かの有名なアレクスティード公爵令息様ではありませんかっ!なんという大物を!!」
ミミは震えるシャルロッテの手を両手で握りしめ、昂る感情のままブンブンと力強く上下に振っている。物凄い喜びようだ。
「いやまさか、そんな高貴な人が平民街を彷徨いていたなんて……迷惑極まりないわね。」
想像以上の大物に、シャルロッテの目の前が暗くなる。これは面倒なことになってしまったかもしれないと、あの時の自分の軽率な行動を後悔してため息を吐いた。
「お嬢様、これは歓喜に沸くところですよ!それで返事は、『私も今すぐ会いたいわ。だから出来るだけ早く邸に来て。寂しくて凍えそうなの。』で良いでしょうか?」
「ちょっ…一旦ストップ!なんで私がそんな面倒くさい女の設定なのよ!?」
いつの間にか勝手に代筆を始めようしていたミミに、シャルロッテがペンと便箋を奪い取り待ったをかけた。
「第一、公爵令息がうちに来ていたなんてクズに知られたら一大事よ。不貞だのなんだの難癖を付けられて法外な慰謝料を要求されるに違いないわ。」
「……あのクズなら確実にやりますね。」
シャルロッテの現実的な言葉に、脳内に花を咲かせて浮かれていたミミも冷静さを取り戻した。
「とは言え、公爵家からの誘いを断れないのも事実。はぁ…あの男本当に面倒なことをしてくれたわね。」
シャルロッテの顔に「喜」の感情はカケラも見当たらず、ひたすら鬱陶しそうにしかめ面をしていた。
「でも負けたからには、きちんと相手の要求に答えないといけないわよね。負け逃げなんて私のプライドが許さないわ。」
シャルロッテは気が進まないままペンを取り、物凄く簡潔に「はい」とだけ返事を書いたのだった。
それから1週間後、シャルロッテとアレクスティードの二人は前回と同じ酒場で再会を果たしていた。互いに身分を隠しており、平民を装った簡素な身なりをしている。と言っても、彼女の場合は普段着と大差無かったが。
アレクスティードの前には葡萄酒、シャルロッテの前には果実水が置かれていた。
「さて、君の事情を聞かせてもらおうか。」
アレクスティードが隣に座るシャルロッテに身体を向け、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「言っておくけど、酒の肴にもならないような話よ?」
シャルロッテは浮かない顔のまま、憂鬱そうに身の上を話し始めた。
母が他界してから本格的に貧乏になったこと、お金のために政略結婚させられること、その相手がいかにクズかということ、賭博は弟の学費を稼ぐためにやっていること、婚約者はとことん利用した後捨てるつもりでいること…
思っていた以上にアレクスティードは聞き上手で、気付いた時には身の上と婚約者への鬱憤と日頃感じているプレッシャーと全てを曝け出してしまっていた。
長い時間を掛けて話し終えると、彼は神妙な面持ちでシャルロッテのことをじっと見てきた。
「な、なによ………」
「そのクズ捨ててさ、俺と結婚すれば良いんじゃない?ほら、お金ならあるし甲斐性もある。君に苦労なんてさせないよ。」
「………………………………………は」
突拍子もない提案にシャルロッテの思考が完全停止する。なんとか間抜けな顔で一音だけ声を発することが出来たが、不意打ちのプロポーズに対してあまりに薄い反応だ。
「うわ、その反応傷つくんだけど。」
口ではそう言ってるが、アレクスティードはやけに楽しそうだ。
「クズからクズに乗り換える気なんてないわよ。」
「ちょっと待て。俺のクズ疑惑は払拭されてないの?こんなに優しく接してるのに?ご馳走して家まで送り届けて見舞いの花も送って、どう考えたってクズと対極の紳士の振る舞いだろ?」
「確かに…ここに来るまでの道中も護衛を付けてくれていたわね。」
「え………まさか気付いてたの?」
「ええ。人の気配に敏感じゃないと女ひとりで夜道なんて歩けないわよ。」
この程度当然だと話すシャルロッテに、感嘆したアレクスティードがヒューっと口笛を吹いた。
「益々気に入った。そしたらさ、とりあえず俺の妹と友達になってやってよ。今度うちに遊びに来て。」
「待って…全く持って意味が分からないのだけど……なぜ私が貴方の妹さんに関わらないといけないの?」
話の繋がりが全く見えず、混乱したシャルロッテが怪訝そうな顔をしている。対して、アレクスティードは変わらず楽しげな雰囲気であった。
「あいつ昔病気しててさ、そのくせ気が強くて友達少なくて。それに、二人気が合うと思うんだよね。」
「うちの弟と同じね……」
「……弟君病気してるの?ちゃんと医者に診せてる?公爵家の専属医師を遣わそうか?もちろん治療費も薬代も取らないから。」
「あ、うちのは設定よ。病気のふりをしてなるべく家にいてもらって、薬代と称してあのクズから追加でお金を巻き上げてるの。ニセの診断書やら領収証やら結構手間なのよね…」
「おいこら、心配したじゃないか。」
口調は怒っているが、アレクスティードは心底ホッとした顔をしていた。
「で、うちに遊びに来てくれるよね。楽しみだな。」
「は?行くなんて一言も言ってないわよ。こちらの事情は話したのだから、貴方との縁もここで終わり。世話になったわね。」
話はお終いだと立ち上がろうとしたシャルロッテの腕を、アレクスティードがガシッと掴んだ。その力の強さに驚いて振り向く彼女に、彼はにっこりと微笑みかける。
「前回俺が邸まで送ってあげた御礼、まだだったよね?金銭で返すのとうちに遊びに来てくれるのどちらがいいかな?俺としては、どちらでも構わないんだけどね。だから好きな方を選んで。」
この二択のようで実質一択である提案により、シャルロッテの公爵邸訪問が決定したのだった。