4.青年との出会い
ディーラーがコインを投げ、親となったシャルロッテが無言で金貨3枚をテーブルの上に置く。それを見た男達から息を呑む音が聞こえた。
(これは勝ったわね)
その後はシャルロッテの独壇場で圧勝だった。ハイリスクハイリターンの勝負を挑まれた他の参加者たちが早々に怖気付き、守りの姿勢に入ってしまったせいだ。
視線や息遣いから相手の思考を読み取り、次々と対戦相手の掛け金を奪っていくシャルロッテに、いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。
「これは凄いな…」
近くで見ていた一人の青年がシャルロッテの勇姿に釘付けになっていた。だが、対戦相手の動向に全集中している彼女がその視線に気付くことはなかった。
圧倒的な勝利を収めたシャルロッテは、ホクホク顔で賭博場を後にしていた。
(過去最高額だわ)
店を出てすぐ物陰で外套を脱いでおり、今はキャスケット帽の下に目立つストロベリーブロンドの髪を隠し平民服で歩いている。
普段なら真っ直ぐ帰宅するのだがこの時の彼女は気分が高揚して気が大きくなっており、大人しく帰る気になれなかった。そして、昼間の婚約者のせいで未だストレスが凄まじく、適当に目に付いた酒場に寄ることにしたのだ。
「葡萄酒と何かつまめるものをちょうだい。」
賑わっていた店内でも比較的静かだった店内奥のカウンター席に座り、さっそく注文した。普段嗜好品である酒を飲むことはないが、酒場の雰囲気に流され興味が湧いた。
「俺もこの子と同じものを。」
突然隣に座ってきた青年に、シャルロッテがギョッとして目を見開いた。その視線に気付いた彼がふんわりと微笑みかけてくる。
「せっかくだから一緒にどう?」
「あなた誰………?」
シャルロッテの問いかけに対し、怯むことなく人好きのする笑顔を向けてくる青年。
彼は艶やかな黒髪に蜂蜜色の金眼で、均整の取れた爽やかな見た目をしていた。物腰が柔らかで品があり、簡素な服を着ているがお忍びの貴族にしか見えなかった。
「君を見かけて追いかけて来たんだって言ったらどうする?」
「とりあえず衛兵を呼ぶわ。」
「………それはまた辛辣だな。」
青年がガクっと肩を落としたタイミングで酒とつまみが運ばれて来た。同じものが二つずつ並び、勝手に連れの雰囲気が出ている。
「奢るからさ、君の話を聞かせてよ。」
「見知らぬ人に話すような面白いことは何もないけど…ご馳走様。」
「奢るのは確定なんだ……いや別にそれはいいんだけどさ。」
「店員さん、ここのテーブルに並んでるのと同じやつ、10人前包んでくれる?持ち帰りするから。お会計はこちらのお兄さんに。」
「容赦ないな。」
青年は怒ることはなく、ただ少しだけ驚いた後愉快そうに笑っていた。
「君、さっき賭博場にいたよね。えげつない勝ち方をしていて驚いたよ。いやぁ見事な手腕だったな。」
「………っ」
しれっととんでもないことを口にする青年に、シャルロッテは手にしていた飲み物を落としそうになって慌てて持ち直した。
(顔を隠していたはずなのに、なぜ……?まさか本当に後を付けられていたの?いつもなら絶対に気付けるのに…とんでもない失態だわ)
自責の念に駆られたシャルロッテは、半ば八つ当たりのようにキッと隣の青年を睨みつけた。
「何が目的?」
「訳アリだろ?話を聞かせてよ。お金に困ってるなら助けてあげられるよ。」
「あなた、裕福なの…?」
「まぁそれなりに?」
とぼけた回答だったが、この振る舞いでシャルロッテは彼が高位貴族だと確信した。盛大にため息をつく。
「あなたもクズだったのね。」
「は?何それ聞き捨てならないんだけど。」
この時、青年は初めて苛立った声を出した。いきなりクズ扱いされたことがよほど気に食わなかったらしい。
「いい?この世はね、金持ちのクズか貧乏人の凡人かその2択なのよ。あなたは前者だからクズ。分かったかしら?」
「いや何その謎理論……横暴だ……」
捩れまくった偏見でしかない個人の見解に、呆れ果てた青年はため息すら出て来なかった。
「要するに、君の家は貧乏で知り合いか近しい者に金持ちのクズがいるってことかな?」
「………そんなことは別に言ってないわ。」
冷静に推察したツッコミに、シャルロッテの目が泳いだ。その振る舞いは挙動不審過ぎて、その通りだと全身で認めているようなものであった。
その様子を見た青年が笑いを噛み殺し、ひとつ提案をして来た。
「じゃあさ、俺と勝負しない?君勝負事強いでしょう?俺が勝ったら君の事情を聞かせて。あと好きな花とか色とか食べ物とか諸々ぜんぶ。」
「ええ、負けないから何でもいいわよ。」
まんまと青年の挑発に乗せられ、一気にやる気になったシャルロッテ。彼は内心笑いが止まらなかったが、懸命に平然を装っていた。
「酒場にいることだし、飲み比べなんてどう?自信がなければ他の方法でもいいけど?」
「やるわ。」
「よし決まり。ただ、潰れた時の後処理が面倒だから一応名前と住所を紙に書いておいて。」
彼はジャケットの内側からメモ用紙とペンを取り出すと、シャルロッテの前に置いた。
「貴方の分は……?」
「俺?負けないからいらないよ。まぁもし万が一負けたとしても、この店に置いたままで良いからさ。こちらのことは気にしないで。」
頬杖をつきながら余裕たっぷりの笑みを浮かべる彼を見て、シャルロッテの勝負師魂に火がついた。
「絶対負かしてあげるわ。」
「うん、期待してる。」
そして葡萄酒の入ったジョッキを手にした二人。彼の掛け声で勝負が始まり、二人は一気に中身を煽った。
そして僅か30秒後、勝負は決していた。
「なんれすこれ…ふふふ…おいひい…はははは…わらいがとまらなひ…いひひひひ」
酒耐性が皆無だったシャルロッテは、完飲した後秒で笑上戸に豹変していた。
「はははははっ!ほんと何なのこの子、面白過ぎるんだけど。ふはははははっ」
その変貌を目の当たりにした青年は、彼女以上に腹を抱えて笑いまくっていたのだった。