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3.秘密のお仕事


使用人からレナードの突然の来訪とその帰宅を知らされたヘルテルがシャルロッテの部屋にすっ飛んできた。彼は今年13歳になる彼女の弟だ。



「姉さん、変なことされなかった!?嫌な思いしてない??大丈夫??」


「ヘルテル、心配してくれてありがとう。気色悪いのは相変わらずだけど、今日は臨時収入が入ったから上々ね。ふふふ、夕飯はご馳走よ。」


「ええと、あんまり無茶しないでよね……」


金貨を片手で弄りながら満遍の笑みを見せるシャルロッテとは対照的に、ヘルテルはひどく不安そうな顔をしていた。



「せっかく繋がれた縁よ?切る前にちゃんと残り滓になるまで搾取しないと相手に失礼だわ。」


「それはそうだけど…あの頭のおかしいクズが相手だから心配なんだよ。」


「ほんと心配性なんだから。あ、夕飯食べたら少し外に行くから、ヘルテルは部屋でいい子にしててね。」


「また外出……?」


「ええ。前も言ったけれど、知り合いの仕事を手伝ってるだけよ。だからヘルテルは気にせず、自分のことだけ考えて。来年から学園に通うのだから、ちゃんと勉強しないと。ね?」


「……分かったよ。」


ヘルテルに勢いがなくなった。学園のことを言われると何も言えないのだ。


シャルロッテの婚約者のことを心底クズだと思っているが、そのクズからの援助がなければ学園に通えないのもまた事実。


次期当主として学園に通わない選択肢はなかった。だから、将来自分の姉が結婚しない選択をしても養っていけるよう立派な当主になるため、ヘルテルは人一倍勉強に心血を注いでいたのだ。



早めの夕飯を終えたシャルロッテは湯浴みをして化粧を落とし、綿素材の動きやすい服装に着替えた。

その上から黒の外套を羽織り、手には黒の革手袋を付ける。足元は厚底になっている男性物のブーツに変えた。


フードを目深に被ると、目立たないよう使用人の通用口から敷地の外に出た。



馬車の通る大通りを避け、何度か角を曲がりながら路地裏を進み平民街まで迷うことなく歩いて行く。もう何度も通っている慣れた道だ。


お目当ての建物の前に着いた。

一階が低所得者向けのバーになっており、分かりにくいがその裏に地下へ続く階段がある。シャルロッテはカツカツと重量感のある靴音を鳴らしながら躊躇なく下へ降りて行った。


金属製の厚みのあるドアを体重を掛けて押し上けると、中から喧騒が聞こえて来た。だが、シャルロッテが足を踏み入れるとぴたりと音が止み、代わりに囁き声が聞こえて来る。



「あいつが噂の…」

「黒衣のビギナー殺しだ。」

「そんなにすげぇのか?」

「いんや、あんなのただの噂だろ。」

「ああ、この運勝負の世界で負け知らずなんて嘘くせぇ。どうせイカサマやってんだろ。」


(随分とまぁいい加減なことを…)


耳に入って来る自分の噂話に顔を顰めるが、目深に被ったフードのおかげで周囲に悟られることはない。



それほど広くない店内に真四角のテーブルがいくつかあり、4人が向かい合って座れるようになっている。シャルロッテは一番奥の誰も座っていないテーブルを選んだ。


ここは平民向けの賭博場だ。


犯罪紛いなことでその日暮らしをしている男どもが娯楽を求め、毎晩金を賭けてカードゲームに興じるのだ。



空席が埋まるのを待つまでの間、シャルロッテはフードの下で瞑目し、今は亡き凄腕の商人だった祖父との会話を思い出していた。


『いいかシャルロッテ、これをゲームだと侮ってはいけねぇよ。これを極めれば好きなものを何でも手にすることが出来るんだからな。』


『そんなの嘘だよ。欲しいものはお金が無いと買えないんだから。』


『はははっ。さすが貧乏貴族の子どもだな。地に足がついている。だがな、その大切なお金を稼ぐためにも重要なことなんだ。』


『こんなただの遊びが?』


『信じられねぇかもしれないが…瞳、声、表情、呼吸音、四肢の動き…人は存在しているだけで無意識に情報を放ってんだ。それを正確に読み取って先回りする。そうすれば相手の望みが手に取るように分かり、それを餌にして操ることだって出来るってわけよ。このゲームも商談も考え方は皆同じだ。』


『うーん…すごいと思ったけれど、なんか難しそう…』


『凡人が凡人のまま生きていては何も変わらねぇ。この生活から脱却したければ、感覚を研ぎ澄ませろ。他人の機微に敏感になれ。』


シャルロッテがまだ幼かった頃、母方の祖父にこれは絶対人生に役立つと言って親に内緒でみっちり教え込まれたのだ。


(まさか、まんま賭博で役立つなんてね…)


人生の教えとして賢く生きるコツを伝えられたはずなのに、貴族令嬢である自分が賭け事に使っている事実にシャルロッテが自嘲気味に笑う。


(それでも、使えるものはなんだって使わせてもらうわ。)


彼女が思考に耽っていると、空いていた席があっという間に埋まった。皆、顔を隠しているシャルロッテに品定めをするような好奇の視線を向けている。


そんな中、参加者が揃ったことに気付いたディーラーがやって来てゲームが始まった。



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