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2.クズの来訪



屈辱的な婚約から3年が経ち、シャルロッテは17歳になっていた。

相変わらず扱いは酷いものの婚約関係は継続しており、レナードの仕事が落ち着く来年に式を上げることになっていた。



(あと1年……)


領地で他の事業に手を出している父親に代わり、自室で帳簿を付けていたシャルロッテがため息を吐いた。


(それまでまだあと12回もあるのね…)


婚約者であるレナードとは、月に1回支援金をもらう時にだけ顔を合わせている。それは金を携えた彼が、これが欲しかったら媚びへつらえと迫ってくる、反吐が出るほど嫌な日であることを意味する。


明日がその日であることを思い出し、シャルロッテは鬱々とした気持ちになっていた。




「お嬢様、大変です!」


その時、酷く慌てた様子の使用人が部屋にやって来た。シャルロッテが小さい頃から仕えている専属侍女のミミだ。



「どうしたの?」


「先触れもなく、あのクズがやって来ました。今玄関前でシュートが足止めをしております。」


「チッ」


無言で舌打ちをしたシャルロッテは、目の前の書類を素早く片付けて立ち上がった。



「いつものワンピースを用意して。使用人には退避命令を。ヘルテルは自室にいるはずだから、決して部屋から出ないでと伝えて。クズはいつもの部屋に。玄関と部屋の中にブツの用意も忘れずに。頼んだわよ。」


「畏まりました。」


深く頭を下げたミミは、すぐさま指示された仕事に取り掛かった。


シャルロッテは、今着ているレース素材の品のあるワンピースからミミが用意してくれた色褪せた橙色のワンピースに着替えた。裾部分には当て布がされており、相当年季が入っているように見える。


そして綺麗に結い上げていたストロベリーブロンドの髪を適当に崩し、わざと髪を数本抜き出して野暮ったい雰囲気を表現した。



「お嬢様、準備が整いました。」


「ありがとう。あとはシュートにお願いするからミミも下がってちょうだい。」


シャルロッテはレナードがやって来る前に急いで玄関ホールに降り、渾身の笑顔で彼を迎えた。



「レナード様、わざわざ来て下さりありがとうございます。」


「相変わらずこの家は人気がなくて辛気臭いな。おまけにカビ臭い。平民の家の方がもっとマシなんじゃないか?」


レナードが疎んだ目を向けてくるが、シャルロッテは貴族令嬢の微笑みを崩さない。



「このような所で申し訳ありません…どうぞこちらへ。」


客間へと案内し、向かい合ってソファーに座ると、ティーワゴンを押した家令のシュートが入室して来た。年齢に似合わずテキパキとした所作で二人に紅茶を出す。よく見ると、レナードの方の紅茶は色が極薄で飲み口が欠けていた。



「1ヶ月ぶりに会いに来た婚約者に何か言うことはないのか?」


「……お会いしとうございました。」


「ふんっ。白々しい。お前はこれが欲しいだけだろう。」


そう言うとレナードは金貨の入った袋をシャルロッテの足元に投げつけた。ジャラリと金属同士のぶつかる音がする。


(本当に嫌な奴だわ……)


シャルロッテは込み上げる反吐を飲み込み、レナードにしおらしい笑みを向けた。



「ありがとうございます、レナード様。わたしたちヘイズ家が存続していられるのは貴方様のおかげです。ゲルテルド侯爵家の温情に感謝申し上げます。」


心を無にしたシャルロッテが深々と頭を下げる。そして、腰を上げ足元に捨て置かれた袋に手を伸ばした。



「お前の感謝は言葉だけか?」


シャルロッテの手が届く前に、立ち上がったレナードが金貨の入った袋を靴で踏み付けてきた。



「私に差し上げられるものは何も……」


シャルロッテがひどく狼狽えた様子で視線を下げるが、レナードに引く気配はない。それどころか、逃げる獲物を追うかのように鼻息が荒くなる。



「行動で示せ。お前ももう17だ。この意味が分かるだろう?」


耳元でねちっこく囁かれ、シャルロッテの全身に鳥肌が立つ。怒りと気持ち悪さで胃の中のものが口から飛び出てしまいそうだった。


(ほんともう無理………気色悪……)


限界だった彼女は助けを求めるようにドアの隙間に視線を向けた。その瞬間心得たとばかりに、大量のネズミが部屋の中に突入して来た。



「な、なななんだこれはっ……!」


害獣の類が苦手なレナードは顔を真っ青にし、靴を履いたままソファーの上に登った。差し迫る恐怖に身体を震わせ、両手で自分の腕を摩っている。



「ネズミにございますね。」


「そんなことは分かっている!どうしてこんなものが家の中にいるんだ!」


「それは先日の大雨のせいです。お金が無く、壁の修繕もネズミの駆除も間に合っていませんから…」


同情を誘うようにシャルロッテが悲しげな顔で話すと、苛立ったレナードが懐に手を突っ込み、取り出した金貨を数枚投げつけてきた。



「次私が来るまでに直しておけ!ネズミも殲滅しろ。分かったな!」


「お心遣い痛み入ります。」


恭しく頭を下げるシャルロッテを無視し、レナードは逃げるようにして部屋から出て行ったのだった。


窓から彼の馬車が走り去ったことを確認したシャルロッテは安堵し、肺いっぱいに息を吸い込んだ。



「ミミー!早く湯浴みの準備をっ!この部屋カビ臭くて不衛生で耐えられないわっ。本当によくもまぁこんな部屋にいられるわね。あのクズは。」


「すぐに用意します!とっておきの香油をたっぷり使って最高に良い香りの湯に仕上げましょう。」


「シュート、臨時収入が入ったから今日はこれでご馳走にしてと料理人に伝えて。皆で頂くわよ!ネズミは今後も使えそうだから、逃げ出さないよう厳重に管理しておいてちょうだい。」


「承知しました。すぐに手配を致します。」


レナードが帰った瞬間、邸は活気を取り戻していた。地下から戻って来た使用人達が嬉々とした表情で持ち場へと戻って行く。


彼のため特別に隠して配置されていたカビの生えた湿った布類も、早急に回収され綺麗に掃除されたのであった。



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