18.断罪
ふらりとシャルロッテの前に現れたアレクスティード。
彼は周囲の訝しむ視線をものともせず彼女に近寄ると、自分のジャケットを脱いで剥き出しの肩にかけた。
「とてもカッコ良かったよ。」
「ありがとう…でも今はそんなこと言ってる場合じゃ…」
現在進行形で憲兵に取り囲まれているというのに、この状況で緊張感なく微笑んでくる彼に、シャルロッテの方が焦ってくる。肩にかけられたジャケットを無意識の内に握りしめていた。
「お兄様、さっさとこのダンスの下手なクズを片付けてくださる?わたくしは早くお姉様と美味しいお茶が飲みたいのよ。」
アレクスティードの後ろから現れたレイチェルに、周囲のざわめきが大きくなった。
近年社交を離れていた彼より、妹のレイチェルの方が認知されているせいだ。彼女の登場により、この場にいる全員が彼が公爵令息であると知ることとなる。
「ああ。言われなくてもすぐに処理するさ。」
笑顔の二人は、とても穏やかなではない会話をしている。公爵家の登場によって、取り囲んでいた憲兵達も対応に困り、判断を仰ぐようにレナードに視線を向けた。それを受け、彼が口を開く。
「ロウムナード公爵家の方が何の用でしょうか…?こちらの事情に一切関係ないと思うのですが。」
家格が上のため下手に出ているが、顔には早く失せろとそう書いてある。
先ほどまでシャルロッテを非難の目で見ていた観衆は、公爵家の登場により、何が始まるのかと好奇の視線に変わりつつあった。
「関係はあるけど、クズに教える義理は無いかな。俺、お前のこと嫌いだし。」
「は?」
「お兄様、言い方が辛辣ですわよ。」
「いや、わざとあいつの足を踏んづけた陰湿なお前に言われたく無いんだけど。」
「嫌ですわ、お兄様。あれは分からせたくて堂々とやりましたのよ?陰湿なんかではありませんわ。」
「は!?」
この状況で、どうして関係のない者達からこんな言われようをされているのかわけが分からず、レナードは口を開けたまま呆然としている。
軽口を叩いていたアレクスティードはすっと顔から感情を消すと、無表情にレナードのことを見た。
「お前が嘘をついているから、それを正しに来たんだよ。」
その声は低く硬質的で、シャルロッテが初めて耳にする明らかに怒っている声音だった。
「私は嘘なんてついていない…そもそもなぜ部外者の貴殿が勝手なことを…」
「いいから黙って聞けよ。」
「…っ」
アレクスティードが凄むとレナードは簡単に黙った。まるで蛇に睨まれた蛙だ。憲兵達も少し距離を取って整列し直し、聞く姿勢に変えた。
「シャルが着ているそのドレスはお前が送ったものだ。ここに貸衣装屋の伝票がある。お前のサインもあるし、品番もそのドレスと合致している。」
「な、なぜお前がそんなことを知っているんだっ…!!」
ガタガタと震えて明らかに動揺しているレナードが不敬にもアレクスティードのことを指差す。
「そんなの調べたからに決まってるだろ。お前ほんと頭悪いな。」
アレクスティードの言葉には容赦がなかった。
「なぜそんなことを調べる必要があるんだ?先ほども伝えたが、貴殿には関係のないことだろう?適当なことを言ってうちを貶めたいのか?」
「好きな子のことなら何でも知りたいと思うだろ?ってお前みたいなクズには分からないか。」
ふっと冷笑を浮かべるアレクスティード。
その殺意のこもった鋭利な表情に、周囲の者達までひゅっと息を呑んだ。威勢の良かったレナードも顔色を悪くし、徐々にその勢いを失っていく。
「それとお前、シャルと婚約してるって嘘だろ?」
アレクスティードの言葉にしんと静まり返った。
(は?なんですって…………??)
シャルロッテを含め皆がポカンとした顔をしている。そんな中、レナードの挙動だけ明らかにおかしかった。
「な、ななな、なにを言ってるんだ!私は長年シャルロッテの婚約者としてずっと支援もして来たし、彼女と良き関係を築こうと努力もして来たんだ!それなのに、裏切られて…いい加減なことを言うなっ!!」
忙しなく前髪を弄りながら、レナードが落ち着きのない態度で早口に捲し立てた。だが、アレクスティードの視線は冷え込む一方だ。
「お前とシャルの婚約届は王宮に提出されていなかった。二人とも婚約者はいないと書類に記されている。大方、サインだけ貰ってお前が提出せずに捨てたんだろう?最初から目当ての領地だけ奪って捨てるつもりだったってところか。小賢しいな。」
「そ、それは違う!提出しようと思って忘れていただけだ。手元にあるからそれを今すぐに出せば…」
「婚約破棄を言い渡したのに、今から婚約届を出すのか?支離滅裂だな。」
「うるさい!この件に関して私に過失はない。ヘイズ家に支援してきたことは事実だ。それをお前は咎めるのか!この私がシャルロッテの家を救ってやったんだぞ。感謝すべきだろう!!」
「お前がどう思おうが勝手だが、婚約したとシャルのことを騙していたことは事実だ。その上、婚約なんてしてないのに、こんな大勢の前で断罪したんだ。罰せられるのは当然お前だろう?」
「そんなことが許されるわけあるか!私はゲルテルド侯爵家だぞ!この大嘘つきが!」
「それを公爵家に対して言うのがほんと馬鹿だよな。憲兵さん、不敬罪の現行犯ってことでそれ連れて行って。他の罪状は俺がまとめて王宮に提出するから。」
アレクスティードが片手を上げると、憲兵達は迷うことなくレナードを取り押さえた。この中で最も位の高い公爵家の言葉に反論する者はいなかったのだった。
「な、何をするんだ!!離せ!触るなっ!私は悪くないっ!元々言えばそこの女が馬鹿にするから、だから私がっ…」
取り押さえられてなお、暴れて己の非を認めないレナード。これにはもう観衆の視線も冷ややかであった。
「シャル、最期に何か言いたいことある?殴っても蹴ってもいいよ。何をしても後でもみ消すし。」
ずっと隣で話を聞いていたシャルロッテに、アレクスティードが優しく問い掛ける。
「いいえ、クズになんて言うことは無いわ。触れるなんてもっての外よ。触れた部分が腐れ落ちるわ。」
「そうですわよ。クズのことなんて記憶から抹消して、口直しにお茶をしましょう。その前にお召し替えですわね。」
「そうね。このドレスはさすがに着替えたいわ…」
「ん。じゃあ行くか。」
憲兵に引きずられていくレナードは依然として騒いでいたが、前を向くシャルロッテ達がそれを気にすることはない。
侯爵令息が拘束されて場が騒然とする中、3人は何事も無かったかのように足取り軽く会場を後にしたのだった。




