17.クズの独壇場
「君は私の婚約者だろうっ……!!」
レナードが突然声を張り上げたため、会場中の視線がこちらを向く。
派手なドレスを着て男性と密着している女性と、婚約者だと名乗るもう一人の男性…この場面を見たほぼ全員がシャルロッテの不貞を疑っていた。
「なによあの格好…まるで娼婦だわ。」
「まぁ!あの方はレナード様でなくて?お相手に裏切られてお可哀想に…」
「レナード様の婚約者があんな方だったとは…噂は当てにならないものですわね。」
次々と聞こえるシャルロッテを非難する声と逆にレナードに同情する声。
侯爵家嫡男として社交界で人気のあるレナードが、この場で同情を集めるのは容易なことだった。
レイチェルが流した噂がいとも簡単に書き換えられていく…
まんまと嵌められたシャルロッテが悔しさで涙を馴染ませた。
(あのクズっ…最初から私のことを悪役にするためにこんな非道な真似をっ…)
この窮地を脱する一手を考えるが、怒りで気が触れそうになって頭が働かない。そうやって彼女が取り乱している隙に、声を掛けてきたナンパ男は怯んで逃げて行ってしまった。
レナードの正義感に満ちた追求の目と他の者達の軽蔑の目が彼女に集中する。こうなるともう針の筵だ。
「その派手なドレスもうちからの支援金を使ったのだろう?君の家が困窮しているからこちらが助けてやっているのに、君は弟の学費にまで手を付けたのか!」
レナードが芝居じみた身振り手振りを加え、声高にシャルロッテのことを責め立てる。圧倒的に不利な状況だったが、在りもしない罪をなすりつけられては彼女も黙ってはいられない。
激昂を抑えて口を開く。
「こちらのドレスはレナード様に贈って頂いたものです。それをっ…そんな風に嘘を仰るなど…」
悔しさと怒りで溢れる涙を我慢したら最後まで言葉が続かなかった。感情的になってしまって上手く言葉にならない代わりに、ありったけの憎悪を込めた瞳でレナードを睨みつける。
「ふんっ。ようやく口を開いたと思ったら、私を嘘つき呼ばわりか。今まで助けてやったというのに…そんな品のないドレスを婚約者に贈る馬鹿がいるか。君が男を誘いたくて勝手に買ったのだろう。それも私の金で。」
「嘘なんかじゃありません。この夜会だってレナード様に誘われたから来ただけで、他の男性に目を向けるつもりなんてありません。私はレナード様の婚約者なのですから。」
「つい今し方他の男の腕を取っていたというのに、どの口でそんな戯言を言うんだ。ましてやそんな格好で…信じられるわけがないだろう。」
レナードは想定内と言わんばかりに、表情を変えることなくシャルロッテの主張を真っ向から否定した。このやり取りを聞いていた周囲のざわつきが一層大きくなる。
「あの品行方正なレナード様のせいにするなんて、豪胆にもほどがありますわ。」
「援助して下さった婚約者の方を裏切るなんて有り得ませんわね。」
「弟君の学費にも手を付けたですって…?なんて愚かで高慢な女性なのかしら。」
「これはもう立派な犯罪よ。法で裁かれるべきだわ。」
レナードに同調してして迷うことなくシャルロッテを攻撃してくる観衆。彼らの目は侮蔑に溢れ、それは犯罪者を見る目つきだった。
(なんで私がこんな言われ方しなきゃいけないのよっ…全部全部あのクズが勝手にやっただけなのに!)
どんなに睨みつけてもレナードの表情は崩れない。それどころか彼の顔からは愉悦が見て取れた。
「シャルロッテ、君との婚約を破棄する。」
「!!」
周囲を味方に付けたレナードが満を持して、静かに言い捨てた。
「私は何度もチャンスを与え歩み寄ろうとしたが、もう限界だ。身勝手な君との将来が見えない。」
顔に手を当てて悲壮感を漂わせ、ひどく傷付いた様子で彼が言う。
(お前がどの面下げてそんなことをっ…)
シャルロッテが激昂したのは一瞬で、すぐにその心は果てしない虚無感に覆い尽くされた。思考を放棄して何もかもを諦めたくなる。
家のため弟のためこれまで我慢してきたというのに、彼女の努力と忍耐を踏み躙るあまりに酷い仕打ちだった。
だが、彼の非道な言葉は、婚約破棄だけに留まらなかった。
「長年の婚約者に慈悲を与えてやろう。今ここで己の過ちを認めて誠心誠意謝罪すれば、領地の譲渡だけで穏便に済ませてやる。もしそれが出来ないというなら、これまで渡してきた支援金全額の返還に加えて慰謝料を請求する。」
レナードは悦びを隠して淡々と伝えたが、その瞳には嗜虐心が垣間見えた。
彼が出した条件に、周囲からは寛大なお方だと評価する声が聞こえてくる。その次に聞こえてくるのは、さっさと謝れと煽る声だ。
(私が今ここで謝れば婚約破棄と支援金の打ち切りだけで済む…それならまた稼げばまだなんとかなるかもしれない。けれど、もしこれまでのお金を返すことになれば、そんなのどう足掻いたって無理だわ。)
どれだけ考えても、彼女が取れる選択肢はひとつだけだった。
(ここで意地を張らずにプライドを捨てれば、生活だけはなんとかなる…)
覚悟を決めたシャルロッテが顔を上げ、怒りを堪えてレナードに視線を向けた。
(そう…たった一言口先だけ謝れば…)
プライドを捨て、感情を捨て、心を捨て、全てを無にしてただ言われた通り謝罪の言葉を口にするだけ…たったそれだけのこと。そう考えたシャルロッテが覚悟を決めて口を開く。
「…ほんとどうしようもないクズだわ。」
「あぁ゛?」
頭ではそう思っていたのに、彼女の口から飛び出したのはレナードに対する紛れもない本音であった。
あまりの出来事に呆気に取られて静まり返る周囲と一瞬にして怒りを露わにしたレナード。
こうまでして追い込んでも自分の思い通りにならないシャルロッテに、彼は貴公子の仮面を殴り捨ててブチ切れた。
「お前っ…自分の立場を分かって言ってるのか!?この…人のことを馬鹿にしやがって!支援金の横領と不貞で訴えてやる。おい誰か、憲兵呼んでこい!牢屋にぶち込んで、お前の家も没落させてやるからなっ!!」
こめかみに青スジを立て、怒りに震えるレナードが物凄い剣幕で怒鳴り散らした。鬼の形相でシャルロッテのことを睨みつけている。今にも殴りかかりそうな勢いだ。
猛烈な後悔がシャルロッテを襲う。
(完全にやらかしたわ。こんなことも我慢出来ずヘルテルの将来を奪ってしまうなんてっ…)
物々しい音を立ててこちらに近づいてくる憲兵の姿を捉え、彼女は観念した。自分が何を言ったって、権力の前では意味を成さないのだと悟ったのだ。
「シャル、よく言った。」
全てを諦めたたシャルロッテが力なく床に膝をつこうとしたその時、賞賛の言葉が振ってきた。




