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第8話 お茶会と手紙

(立派なお庭……)


 シャルロッテはお茶会の会場の途中にある庭を見て、感嘆する。

 色とりどりの花の種類に見とれながら、執事のあとを一生懸命追いかけた。

 

 やがて、庭園を抜けた先の少し奥まった空間にお茶会の会場はあった。

 そこには少なくとも三十人以上の貴族の令嬢や子息がお茶を楽しんでいる。


「こちらでございます。それではごゆっくりお楽しみくださいませ」


 案内をした執事はそう言ってそのまま玄関のほうへと足を向けて戻っていった。


(素敵ね、これがお茶会というものなのね)


 そこにいる誰もが優雅に紅茶を飲んで、皆仲のいい者同士や新しく知り合って親交を深めている者たちなど様々である。

 しかし、シャルロッテはここであることに気づいた。


(あ、私お茶会の作法がわからない)


 食事には食事のマナーが、挨拶には挨拶のマナーがあったように、貴族には様々なしきたりやマナーが存在する。

 しかし、当然お茶会などに参加したこともなければ教えてもらうこともなかった彼女は、お茶会の正式なマナーなど何も知らなかった。

 どうしたらいいのかわからず、ひとまず周りの貴族令嬢たちやテーブルなどの様子を観察してみる。

 すると、テーブルに一つ紅茶が置かれていたため、ひとまずシャルロッテはそれを持って一気に飲み干す。


(喉が渇いていたから、ちょうど良かった……)


 その様子を一人の令嬢が見つけてシャルロッテに近づいて来る。


「あら、それ私のお紅茶なのだけれど。あなた私のお紅茶を取り上げた挙句にみっともなく獣のように飲み干したの?」


 その令嬢がまわりに聞こえるようにわざと大きな声で言うと、皆シャルロッテのほうに視線を向ける。

 シャルロッテはまた何か自分は間違ってしまったのだと思い、その場で申し訳なさそうに俯いた。

 その様子をにやりと笑いながら見ると、紅茶を飲まれた令嬢はそのまま言葉を紡ぐ。


「まさかお茶会のお作法をご存じないの? それに見まして? こんなにお茶会に不釣り合いな汚らしいお召し物をなさって、一体どこのご令嬢かしら?」


 すると、その令嬢に追随するように近くにいた長い髪が美しい令嬢二人がシャルロッテを非難する。


「まあ、ほんと! よくみたら人前に出るなんてとんでもないお召し物じゃないの!」

「きっと間違ってお茶会に入ってきてしまったのよ、招待状なんてないでしょうし」


 三人の品のある令嬢たちがシャルロッテを笑いものにしながら話す。

 「招待状」という言葉が出たため、シャルロッテは慌てて自分に届いた招待状を令嬢たちに見せる。


「しょ、招待状ならこちらにございます!」


 シャルロッテが令嬢のうちの一人に持ってきた招待状を見せると、乱暴にその封筒を取り上げて小首をかしげてわざとらしく声を挙げる。


「あら、これは封筒にあるうちの紋章が明らかに違いますわ。偽物ですわね」

「に、にせもの……?」


 シャルロッテは何が起こったのかわからないというようにきょとんとして封筒と令嬢を交互に見つめる。


「まあ! この方偽物の招待状を作ってうちの庭に入り込んだの!?」

「えっ! ち、違い……」

「皆さま~! この方、うちのお茶会に無断で入り込んできた怪しい方ですわ! 気をつけてくださいまし!」


 そう言うとお茶会の場がざわめき、そしてあちこちから悲鳴もあがる。


「作法もわからないし偽物の招待状なんて……卑しい者の証ではないか! とっとと失せろ!」

「それ以上アドルフ伯爵令嬢に近づくな! 薄汚い女め!」


 貴族令息と思われる男たちも一斉に声をあげて、令嬢たちを擁護する。

 そして、その令息の横にいた賢そうな令嬢が色物を見つけたように言う。


「あら、よく見たらこの方先日ご婚約された『冷血公爵』のご夫人じゃない?」


(え?)


「『冷血公爵』の妻だって?」


 その言葉にシャルロッテは素直な疑問をぶつける。


「『冷血公爵』ってまさかエルヴィンさまのこと、ですか?」

「それ以外誰がいるんだ! 父上が言ってたぞ、冷血非道で残忍なやつだって。そんなやつが第一王子と従兄弟だなんて王族の恥だ!」

「そうだ! 『冷血公爵』もその妻もなんて恐ろしい化け物なんだ!」


 シャルロッテは頭を抱えて目をぎゅっとつぶってじっと耐える。


(やめて……私はいい、でもエルヴィンさまのことを悪く言うのはやめてっ!)


 すると、バシャッとその子息は紅茶をシャルロッテに向かって投げかける。

 それを合図に何人もの令嬢や子息が手に持っていた紅茶をシャルロッテにぶつけた。

 全身紅茶まみれになり、綺麗で長く美しい髪からぽたぽたと雫が零れ落ちる。


(……痛い、心が。でもエルヴィンさまを悪く言われるのはもっと嫌……)


 シャルロッテはそう心の中で思うのに、悔しさと喉のつまりで声が出ない。


「アロイス!! アロイス!! この怪しいものをひっ捕らえて今すぐ屋敷の外に追い払ってちょうだい!!」

「お嬢様っ! 怪しい者の侵入を防ぎきれず、申し訳ございません。すぐにこの者を外に連れていきます」


 そう言うと、執事は何人かの警備の者を呼び込み、シャルロッテを強引に引っ張り外に出す。

 シャルロッテがお茶会の最後に見たのは、アドルフ伯爵令嬢のにやりとした笑いとその後ろからでてきたシャルロッテに招待状を持ってきた執事の存在だった。

 


 お茶会が終わると、アドルフ伯爵令嬢が真っすぐに自室に向かう。

 部屋に入ると、窓際の椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲む人物のもとに足早に向かう。


「エミーリア、これでいいのかしら?」


 アドルフ伯爵令嬢が話しかけた先には、シャルロッテの妹であるエミーリアがいた。


「あなたの姉、ほんとに偽の招待状で来たわよ」

「だってあいつ、とんでもなくアホだもん! はあ~ちょっとからかってやろうと思ってやったけど思いのほかすっきりしたわね」

「聞いてた通りなんにも知らないのね、あの方」

「そうよ、だってうちでだれにも愛されなかった可哀そうな人だもん」


 その言葉が言い終わる前に、アドルフ伯爵令嬢はエミーリアに何かを要求するように手を差し出す。


「これで約束の金貨はもらえるんでしょうね?」

「ええ、どうぞ」


 そういって金貨がたんまり入った袋をアドルフ伯爵令嬢に渡す。

 令嬢は中身を確認すると満足そうに笑った。


「ま、暇つぶしにはなったわ」

「なら、良かったわ。あ~面白かったあ~!! あの紅茶まみれの汚い姿、お父様とお母様にもぜひ見せてあげたかったわ~!」


 エミーリアは高笑いしながら、アドルフ伯爵令嬢の部屋を後にした。

 しかし、アドルフ令嬢はこの事件をきっかけに人生が転落していくこととなる──。



◇◆◇



 アイヒベルク邸では豪雨の中仕事から帰ってきたエルヴィンに対して、ラウラが急いでシャルロッテの外出を伝えようとしていた。


「エルヴィン様っ!」

「どうした、ラウラ。そんなに慌てて。何かあったのか?」

「シャルロッテ様が、お茶会に一人で行かれてしまってまだ戻ってこないんです!」

「それは本当なのか、ラウラ!」

「ご不在だったとはいえ、お伝えするのが遅くなり大変申し訳ございません!」

「君のせいじゃない、どこのお茶会に向かったんだ!?」

「アドルフ伯爵令嬢から招待状が届いたとおっしゃってたので、アドルフ伯爵邸に行かれたかと」

「わかった、ひとまず私はアドルフ伯爵邸へと向かう」

「お待ちくださいっ! 外は豪雨で危険です、家の者で探しますから……」

「待てないっ! シャルロッテが心配すぎるっ! 私が行く!!」

「……かしこまりました、馬車の準備をいたします。それと、差し出がましい真似かと思ったのですが、これはエルヴィン様にお渡ししたほうがいいのではないかと」


 そう言うと、ラウラは大事に胸元にしまっていた手紙を差し出す。


「これは?」

「シャルロッテ様の書斎机の上で見つけました。エルヴィン様宛でしたので、シャルロッテ様が何か伝えたかったのかもしれません」


 エルヴィンは机の引き出しからペーパーナイフを取り出すと、手紙を丁寧に開けて読む。


「それでは、私は御者に馬車の準備をするように伝えてきます」

「頼んだよ、ラウラ」


 深くお辞儀をすると、ラウラはエルヴィンの執務室から退出した。

 一人になったエルヴィンはもう一度シャルロッテが書いていた手紙に目を通す。



『エルヴィン様へ

 秋も深まり肌寒くなってまいりました。お身体に不調などはございませんか。

 本当は自分の口でこの気持ちを伝えたいのですが、どのように話しかければ良いのかわからずに、このように筆を執ることにいたしました。

 私はこの数日、生きてきた中で一番幸せで贅沢な生活をさせていただいております。このような生活を私がさせていただいて良いのでしょうか。

 そして私はマナーや所作をうまくすることができません。

 そのような人間がこのような温かな生活を送って良いのか、と毎日思う日々です。

 エルヴィン様に良くしていただけていること、そしてラウラやこのお家の皆さんに優しくしていただいていること、本当に感謝しております。ありがとうございます。

                                     シャルロッテ』



 文章はそこで終わっていた。

 エルヴィンは手紙をそっと折り畳み大事に胸ポケットにしまうと、雨でしっとりと濡れた黒髪を揺らしながら部屋を後にした。


 ラウラが馬車の準備が整ったと報告をしたため、エルヴィンは玄関の扉を開けて外に出た。

 すると、ちょうど向こうの道から馬車が戻ってきて、そのまま玄関前で停車した。

 御者が扉を開けると、その中からゆっくりと俯いたシャルロッテが出てきた。


「…………………………」


 浴びた紅茶は降りしきる雨で一気に流れ落ち、そしてさらにシャルロッテの体に容赦なく雨粒が打ち付ける。


「シャルロッテ……?」


 自分の名を呼ばれてぴくりと肩を揺らした彼女は、虚ろな目をエルヴィンに向ける。


「エル、ヴィンさま……」


 涙か雨かわからない雫が滝のように頬を伝い落ちる。

 その瞬間、あたりがピカリと眩い光に包まれた後、大きな振動と共に轟音が鳴り響いた──。

ちょっと辛いお話になってしまいました。

必ずざまぁしますので……!!!

先に言います。プチざまあは第19話です。

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