第7話 「あなた様がこのラウラを信用できると思われましたら──」
シャルロッテがエルヴィン邸に来た数日後、彼女は自室で筆を執っていた。
「エルヴィン様へ、秋も深まり肌寒くなってまいりました、と」
彼女は一緒に住むエルヴィンに手紙を書いていた。
彼女の自室はエルヴィンが何不自由ないように揃えた部屋で、ふかふかのベッドの横には本棚と、そして彼女のことを思い設置した大きなブリックレッドの書斎机が完備されてある。
『もし言いにくいことがあれば、いつでもこの便箋に文字で書いて私に伝えてくれて構わないから』
シャルロッテがアイヒベルク公爵邸に来た日、住む場所や環境が大きく変わって緊張している彼女に向けて、エルヴィンは便箋の束を渡しながら告げた。
まだ人との関係をどう築いていっていいのかわからなかった彼女は、その好意が非常にありがたく、その感謝の気持ちをしたためるためにエルヴィンに手紙を書くことにしたのだ。
(エルヴィンさまはとても良くしてくださる。ありがたいから何か恩返しができたらいいのだけれど……)
そう思いながらシャルロッテは彼への手紙に筆を走らせる。
すると、部屋のドアのノックが鳴り、廊下からシャルロッテのお世話役を務めるメイドのラウラの声がする。
「シャルロッテ様、入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はいっ! 問題ございません! よろしくお願いします!」
シャルロッテからの了承の返事を受けると、ラウラはドアを開けてゆっくりと入り、そのまま書斎机の前で律儀に立っているシャルロッテに声をかける。
「シャルロッテ様、わたくしにはどうか気をお遣いにならずに楽にしてくださいませ」
「ごめんなさい、私、また何かマナーを間違ったかしらっ!?」
慌てる様子のシャルロッテにそっと近づくと、そのままラウラは彼女の両手をそっと握り締めた。
「ラウラさん……?」
「シャルロッテ様、エルヴィン様もおっしゃっておりましたが、ここはもうあなた様のおうちでもあります。そして、わたくしは心からあなた様にお仕えしたいと思っております。少しずつで構いません。あなた様がこのラウラを信用できると思われましたら、愚痴でも悩みでもなんでもおっしゃってください。わたくしは全力でお支えいたします」
ラウラは真っすぐにシャルロッテの目を見つめて、彼女を不安にさせないように今度はにこりと微笑む。
シャルロッテが誰にも言えずに悩んでいた「自分はこの家で歓迎された存在なのだろうか」という不安がラウラの言葉によって緩和する。
シャルロッテは握られた手をほどき、今度は自分の両手でラウラの柔らかい両手を包み込んだ。
「ラウラさん、本当にありがとうございます! 私、すごく不安でした。自分には何もないのにこんなに素敵な場所にいさせてもらっていいのかって。でも、あなたの言葉を聞いてとても嬉しくて、嬉しくて……」
「シャルロッテ様、ぜひラウラとお呼びくださいませ。わたくしはあなたをいつでも大事に思っております。どうか、それを覚えておいてくださいね」
自分の感情をどう表現していいのかわからないシャルロッテを優しく包み込むようにして告げる。
シャルロッテは初めてできた同性の信頼できる存在に出会い、心が穏やかな気持ちになった──。
そんなことがあった数日後、シャルロッテは部屋の中で先日書いたエルヴィンへの手紙とにらめっこを続けていた。
(書いたのはいいけれど、お渡しするの迷惑じゃないかしら?)
書いて封筒に入れたあと、そのままエルヴィンに渡せずにいた。
すると、部屋のドアをノックして廊下からラウラが声をかける。
「シャルロッテ様、よろしいでしょうか?」
「あ、はいっ! どうぞ」
ラウラはドアを開けてお辞儀をすると、そのままシャルロッテにゆっくりと近づいていく。
そして、手に持っていた封筒をシャルロッテに差し出した。
「シャルロッテ様宛にお手紙が届いております。アドルフ伯爵邸の執事と名乗っておいででした」
「アドルフ伯爵家のお方から、私に?」
「なんでも大事な手紙だそうで、中身はシャルロッテ様一人で見てほしいと」
ラウラはシャルロッテに手紙を渡すと、お辞儀をして「失礼します」と言って退室をした。
退室するラウラを見やると、手渡された手紙の封筒に目を向ける。
(何かしら……?)
そう思いながら、「アイヒベルク公爵夫人へ」と書かれた封筒をそっとペーパーナイフで破いて確認をする。
折り曲げられた手紙の便箋を開くと、そこにはお茶会の誘いが書かれており、日時を見るとなんと今日のお昼からであった。
(お茶会のお誘い!? しかも、今日のお昼からだわ!)
シャルロッテは急いで参加しなくてはと身なりも整えずに慌ててそのまま部屋を飛び出す。
玄関まで走っていくと、馬車の整備をしていた御者がいた。
「あのっ! すみません!」
「奥様、どうなさいましたか?」
「アドルフ伯爵邸まで行ってほしいのですが、お願いできますか?」
「アドルフ伯爵邸にお一人で?」
「はい、時間がなくて、お願いできますか?」
御者はシャルロッテ一人の外出に不信感を覚えたが、時間がないとのことで急務と判断して馬車の準備をした。
準備を終えた馬車に急いで飛び乗ると、ゆっくりと車輪が動き出した。
その瞬間、ラウラが馬車に乗ったシャルロッテを見つけて急いで声をかける。
「シャルロッテ様!? どちらに!?」
「ラウラ! アドルフ伯爵家のご令嬢よりお茶会の誘いがあったのです! 少し行ってきます!」
「え!? お茶会ですか!?」
シャルロッテの叫びをかき消すように馬車は加速して進んでいった。
残されたラウラは焦った表情を浮かべて呟く。
「エルヴィン様は夕方まで戻られないし、一体どうすれば……」
一方、馬車は山林を抜けて二時間ほどかけてアドルフ伯爵邸の玄関にたどり着いた。
「ごめんなさい、ここで少し待っていていただけますか?」
「かしこまりました」
シャルロッテは御者に待つようにお願いをすると、アドルフ伯爵邸の玄関へと走る。
すると、玄関の前には身なりの整った壮年の執事が一人立っていた。
執事はシャルロッテの格好を見て少し怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女に要件を問う。
「いらっしゃいませ、当家に何か御用でしょうか?」
「あの、アドルフ伯爵邸で開かれるお茶会への参加でまいりました」
そう言って届いた招待状を執事に手渡した。
執事は招待状を受け取り、中身を確認すると、「どうぞ、お茶会はこちらになります」と言って案内する。
ラウラが本格的に登場となります!
ぜひ覚えていただけると幸いです。彼女もたくさんこのあと活躍します!