おまけ アイヒベルク公爵家の恋事情①
今日もシャルロッテはダイニングでアフタヌーンティーのマナー練習をしていた。
すると、ラウラが何やら浮かない表情で夕食の仕込みをしていたため、シャルロッテはマナーの練習をする手を止めて、声をかける。
「ラウラ、何かあったの?」
「あ、シャルロッテ様。いえ、夕食の付け合わせのサラダを何にしようかと考えておりました」
そう言うラウラはどこか視点が定まらず、何か別のことに気を取られているようだった。
その様子をシャルロッテも感じ、続けて尋ねてみる。
「ラウラ、何か他に気になることがあるの?」
「え?」
「いえ、なんだか浮かない顔しているから」
「さすがですね、シャルロッテ様。実は……」
と、話し始めた内容はシャルロッテにとって、意外なものだった。
「レオンさまのことをっ!?」
「しぃー! シャルロッテ様、声が大きいです!」
「ご、ごめんなさい、でもまさかラウラがレオンさまのことをお慕いしているとは思わなくて」
「い、意外でしょうか?」
「悪いとかではないの!! ただ、二人はいつも軽口を叩き合って、その……恋愛をしているようには見えなかったから。私が経験ないからなんだけれども」
「……シャルロッテ様。旦那様と奥様のような恋だけが恋愛の形ではありませんわ」
(そうよね……。恋愛は人それぞれだものね。なら……)
シャルロッテは覚悟を決めたように強い目でラウラを見つめて言う。
「ラウラ!」
「は、はいっ!」
「ぜひ、お話を聞かせてちょうだい。私で力になれることがあればなりたいの!」
「シャルロッテ様……」
ラウラは拭きあげていた皿を重ねて食器棚に戻すと、ティーポットに茶葉を入れてお湯を注いだ。
それをワゴンに載せると、シャルロッテに声をかける。
「では、まいりましょう!」
「ええ!」
二人は『恋バナ』をするために、準備万端にしてキッチンをあとにした。
さて、シャルロッテの自室で悩み相談、という名の作戦会議が始まったわけだが、こうした経験のないシャルロッテはとんちんかんな質問をする。
「ど、どこで知り合ったの?」
「こちらのお屋敷で」
当たり前だ。二人ともアイヒベルク家に仕えて、ここで住んでいるのだから。
「レオンさまのどこが好きなの?」
「全部です」
シャルロッテはラウラのその言葉に感銘を受けた。
自分なら慕っている人の好きなところをこんなにすぐに即答できるだろうかと。
それに、好きだと言うだけでなく『全部好き』というところにラウラらしさを感じていた。
「二年前に街へ買い出しに行ったときに、レオン様に助けていただいたことがありました」
そう言ってラウラは当時を振り返るようにゆったりと話し始めた。
「私がメイド長になる前でしたので、夕食の買い出しに街へ行ったときです。そのときに暴漢に襲われそうになったところをたまたま通りかかったレオン様が助けてくださったんです」
当時を思い出したのか、顔を赤らめるラウラを見て、シャルロッテは驚きを隠せない。
(まあ、ラウラがこんな表情をするなんて)
「そのときに『お前のことは必ず俺が守ってやるから安心しろ』って言われて」
「まあ! すごくかっこいいです!」
「ですよね! かっこいいですよね!? わかってるんです、そのときだけの発言だったって。でもずっとこの人は私を守ってくれる素敵な騎士様なんじゃないかって思いが消えなくて」
ラウラは一口紅茶を飲むと、そのあとサンドイッチをつまむ。
それにつられるようにシャルロッテもサンドイッチをつまむと、レモンティーを一口飲んで喉を潤す。
「初めは好きな気持ちも表に出せなかったんです」
サンドイッチをほおばりながら、シャルロッテは頷く。
「でも最近は勇気を出して好きな気持ちをアピールしてみることにしたんです」
「どんなアピールをしたの?」
「さ、さりげなくお菓子やお茶の差し入れをしてみたり、あとは、自分から積極的に話しかけたり、わざとレオン様の自室の前を通ってみたりしてます」
(結構いろいろやってるのね。でも伝わらないのはやっぱり何か違う原因があるのかしら……)
シャルロッテは頬杖をついて天井を見上げると、何かを思いついたように表情を明るくする。
「ラウラ、レオンさまの好きな食べ物を作るのはどう?」
「え?」
「私もエルヴィンさまにお菓子を持っていったときに、大変喜んでくださったわ。それをやってみるのはどうかしら?」
「なるほど、レオン様の好きな物……。レオン様ってなんでも美味しいと言ってくださるのですよね。何が好きなのでしょうか?」
「エルヴィンさまに聞いてみるのはどうでしょうか?」
「旦那様に、でございますか?」
ラウラは驚いて紅茶をソーサーに置くと、後ろに上半身が下がる。
逆にシャルロッテはラウラに詰め寄るように顔をキラキラさせながら告げた。
「二人は仕事でもいつも一緒だし、何か知ってらっしゃるかもしれません」
「確かに一理ありますね」
シャルロッテは残っていたレモンティーを一気に飲み干すと、両手をテーブルにおいて立ち上がる。
「私がエルヴィンさまに聞いてきます」
「そんなっ! シャルロッテ様の手をわずらわせるわけにはまいりません」
ラウラは焦って手をあたふたと動かすが、その手をシャルロッテが握って制止する。
「私はいつもお屋敷のみなさんに、そしてなによりラウラに助けられています。何か恩返しがしたいんです! 働かせてください!!」
なんとも最後の一言がシャルロッテらしいと、ラウラは思って口元から笑みがこぼれた。
「では、お願いできますか?」
「おまかせください!!」
こうしてシャルロッテとラウラの作戦は始まりを告げた。
シャルロッテは早速レオンについての情報を仕入れるため、エルヴィンの執務室へと向かっていた。
(このお時間は確か少し休憩をなさっていると言っていたはず)
ドアを遠慮がちにノックすると、中からエルヴィンの返事が聞こえてきた。
シャルロッテが自分であることを告げると、入っても良いとの返答が返ってくる。
相変わらずそっと扉を開くと、執務机にはいつものようにエルヴィンが座っており、その手には分厚い本があった。
「お邪魔して申し訳ございません」
「いや、休憩中だったから大丈夫だよ。それより何かあったかい?」
(そういえば、なんてお話を切り出しましょう)
シャルロッテは話の切り出し方に迷い、どうでもいい世間話からはいってしまう。
「今日はいいお天気ですね」
「え? ああ、そうだね。お散歩日和だから庭園でも歩いておいで」
「え、ええ。そうですね!」
シャルロッテはその金色の目をきょろきょろとさせながら目を何度もパチパチとする。
「きょ、今日のランチは美味しかったですね!」
「そうだね、ラウラの作るランチはいつも美味しいね」
「…………」
「…………」
シャルロッテは言葉をつなげられずに、手を前にやったり後ろにやったりとまるで落ち着きのない子どのように振舞う。
その様子に違和感を覚えたエルヴィンは優しく諭すようにどうしたのかと尋ねた。
「大丈夫かい? 今日はどうしたんだい?」
「え? あ……えっと、その、レオンさまって何が好きなんでしょうか!?」
「え?」
自分でもしまったと思うほどに唐突かつ直球に聞いてしまったと自分を情けなく思った。
エルヴィンも予想外の質問だったようで少しきょとんとした顔をして黙ってしまう。
「そ、その、エルヴィンさまならレオンさまの好きな食べ物とか知っていらっしゃるかなと思いまして」
と答えると、エルヴィンは少し目を逸らして思案したあと、シャルロッテの問いに答えた。
「レオンはああ見えて甘いものが好きだよ」
「甘いもの、ですか」
「ああ、特にマーマレードの入ったお菓子を気に入っている」
「なるほど! ありがとうございます! とても助かりました。それでは、また夕食のときにお会いできるのを楽しみにしております!」
そう言って、来たときの慎重さはどこへやらといった様子で慌ただしく部屋を出ると、そのままキッチンへと向かっていった。
部屋に残されたエルヴィンがこわばった顔で見つめていたことも知らずに……。




