第3話 二人で食べる初めての食事
シャルロッテがエルヴィンの妻となった翌日の朝のこと──。
アイヒベルク家のダイニングでは、メイドと執事たちがせっせと朝食の準備をしていた。そこに起床したシャルロッテがやってきて、メイドたちに話しかける。
「あの、私も何か手伝わせてください」
「そんな、とんでもございません。奥様にそのようなことはさせられません!」
「奥様」という言葉がとてもこそばゆく、心が落ち着かないシャルロッテ。
そのような大層な身ではございません、と否定するものの、メイドたちは首を横に振ってナイフやフォークをテーブルに並べる。
シャルロッテは無理矢理何か手伝おうとするも、いざ手伝おうとすると、実家で虐げられて基本的に余り物のスープしか飲んだことがなかった彼女は手伝うにも何をすればいいかわからなかった。
きょろきょろと周りを見回しながら、邪魔にならないようにそっと、そっと壁際に後ずさりする。
しかし、その体を一人の男性が受け止めた。
「公爵様っ!」
シャルロッテの肩に優しく手を置くと、「おはよう」と爽やかな笑顔でシャルロッテに声をかける。
「おはようございます、公爵様」
カーテシーで挨拶をするシャルロッテに、エルヴィンはそっと優しい言葉で教える。
「シャルロッテ、私に対してはもうしなくて大丈夫だよ。ありがとう」
「ごめんなさい、何か私、間違っていたのでしょうか」
「間違ってないよ、大丈夫。シャルロッテは優しいからたくさんご挨拶してくれるね。でも、大変だから私には普段はしなくていいよ」
そのあまりに柔和な表情に、シャルロッテは昨日の夜のことを思い出していた。
エルヴィンのプロポーズに「はい」と返事したあと、彼は優しくシャルロッテの手を握り、微笑んで告げた。
『結婚のことはまだ心の整理がつかないだろうから、今は形式だけで構わない』
その言葉にシャルロッテは申し訳なさと、そして何より安心感を覚えた。
(私のことを気遣ってくださっている、こんなに嬉しいこと今までなかった)
目の前で今、メイドと言葉を交わすエルヴィンを見ながら、彼女はそう実感していた。
やがて、朝食の準備が整ったようで、シャルロッテはエルヴィンに呼ばれる。
「こちらにおいでシャルロッテ」
「あ、はい!」
「どうぞ」
そう言ってシャルロッテが座る場所の椅子を自ら引いて座るように促すエルヴィンに、彼女は少しドギマギとしてしまう。
こうした経験がなくまわりをきょろきょろしてしまいながらも、優しく見守るメイドたちにも促されて椅子に座った。
そして、目の前に広がる見たこともないような食事の数々に目を丸くする。
(お食事ってこんなに立派なの?)
シャルロッテの前にはグリーンサラダや野菜のスープ、バケットに入ったパンに果物のジュースがあった。
もちろん、パンくずでも切れ端や皮だけの野菜でもなく立派で綺麗な野菜だった。
だが、テーブルマナーを知らないシャルロッテはこれをどうやって食べていいのかわからない。
すると、エルヴィンがその様子を見てそっと彼女の後ろに立った。
「いいかい? カトラリーは外側にあるものから使うんだ。スプーンを持ったことはあるかい?」
「……ごめんなさい」
シャルロッテは今まで器に口をつけてスープを飲んでいたため、スプーンの存在すら知らなかった。
彼女はただ自分に優しくしてくれる彼に対して、謝ることしかできない。
それでもエルヴィンは怒ったり、笑ったりせずに「ゆっくりでいいから」とシャルロッテに告げた。
「まず今日はテーブルにあるものを好きに食べてごらん。マナーはあとから覚えればいい。まず美味しいものをたくさん召し上がれ」
「……はい」
シャルロッテは恐る恐るテーブルに手を運び、スープをいつものようにゆっくりすする。
「ずーーー」と音をたててしまう彼女を咎めることなく、エルヴィンはそっと見守りながら自らも食事をする。
バケットに入ったパンはそのまま食べるのではなく、これもスープに入れて食べあげた。
あまりの美味しさにシャルロッテは食べる勢いが止まらない。
「良かった、気に入ってくれたみたいだね」
「はい! とても、とても美味しいです。こんなに美味しいごはんは初めて食べました。ありがとうございます!」
子どものように目をキラキラさせてほおばるシャルロッテの様子を、エルヴィンは思わず頬杖をついてゆっくり眺めてしまう。
近くにいたメイドや執事たちもあまりにも彼女が美味しそうに食べてくれるものだから、皆心の中で感動すら覚えていた。
やがてシャルロッテの食事は先にスープだけがなくなり、食べ方のわからないサラダが残った。
エルヴィンは自分の席でお手本を見せるようにサラダを食べる様子をシャルロッテに見せる。
(この器具を使って刺して食べるのね)
器を持ち上げてフォークを右手に持つと、ゆっくりとサラダを食べ始める。
(こんなに新鮮で美味しいのね、野菜って)
美味しいサラダを夢中で食べているうちに、エルヴィンが席から立ちシャルロッテに再び近づく。
すると、そのままシャルロッテの頬を触り、唇の横についていた野菜くずをそっと取り上げると、ぺろっとそれを自分で食べる。
「こ、公爵様!!」
「可愛らしくつけていたのでついね。あと、私のことは公爵様ではなく『エルヴィン』と呼んでほしい」
「エルヴィン、さま?」
「なんだい?」
優しい微笑みを向けられたシャルロッテは顔を赤くして俯いてしまい、恥ずかしさを紛らわせるようにスカートの裾を握り締めた。
「まあ、徐々に慣れていってほしい。今日は結婚して最初の朝食を二人で食べたかったんだ、一緒に食べてくれてありがとう」
「…………私もです。え、エルヴィンさま」
そういうとエルヴィンは嬉しそうに笑ってシャルロッテの頭をなでた。
そして、シャルロッテはこの後、自分が婚約者に選ばれた理由を知る事となる──。
アイヒベルク公爵邸での初めての食事です!
食事シーンは書いてて楽しいです!




