第22話 「そんなに私がいなくて寂しかったのかい?」
(エルヴィンさま……!)
心から溢れ出る喜びと高揚感で、シャルロッテの手は少し震えていた。
やがて馬車が邸宅の前で停車すると、御者がドアを開けて中から人がでてくる。
降りてくる人物の漆黒の髪がシャルロッテの目に入った。
「エルヴィンさまっ!」
「シャルロッテ?」
夕暮れの中、シャルロッテは馬車のもとへ一直線に駆けていく。そうして馬車から降りたエルヴィンに思い切って抱き着いた。
「お会いしたかったです! エルヴィンさま」
「私もだよ、シャルロッテ」
そう言って二人は会えなかった分を補充するかのように深く抱きしめ合う。
溢れ出して止まらない気持ちが二人を包み込んだ。
馬車から降りたレオンは甘い状況に呆れながらも、なんだかんだ微笑ましく見守っていた。
ラウラもゆっくりと二人に近づき、エルヴィンに向かってそっとお辞儀をする。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
「エルヴィン様、先ほどちょうどバーデン公爵がお見えになりました」
「やはり先程道ですれ違った馬車は叔父上だったか。何かおっしゃっていたか?」
「それは奥様よりお話があるかと」
「シャルロッテから?」
そう言われると、シャルロッテは凛とした様子でエルヴィンに話を始める。
「バーデン公爵さまはまたの機会に伺うとおっしゃっておられました。ご様子としては急ぎの要件ではないようです。旦那さまがご用意くださっていた東方の紅茶をお出ししたところ、大変喜んでくださいました」
「おや、一緒にお茶をしたのかい?」
「ええ、ご足労いただいたのにお構いもしないのはどうかと思い、アフタヌーンティーをご一緒いたしました。それから帰り際に、その……」
それまで毅然とした態度で様子を語っていたシャルロッテが急に口ごもったのを見て、エルヴィンは心配になる。
「まさかとは思うが、叔父上に何かされたのか?」
「いえ!! そうではないのです、あの……褒めていただきました」
「え?」
「エルヴィンはいい奥さんを迎えたね、と」
そう言って真っ赤に俯くシャルロッテの頭をエルヴィンはそっとなでる。
「それは、叔父上の言う通りだ」
顔を上げると、愛おしそうな表情でシャルロッテを見つめている。
まじまじと見返すと、改めて品の良さと見目麗しい顔立ちが強調されていて、シャルロッテは息を飲んだ。
その思いを隠すようにあたふたとしながら、次の言葉を紡ぐ。
「今度はうちにもおいで、お茶会でもディナーでも一緒に楽しもう、とも仰っておられました!」
「ああ、それはいいね。叔父上の屋敷にもしばらく足を運んでいなかったから挨拶がてら行くのもちょうどいいかもしれない」
未来のスケジュールを組んで、楽しそうに自身の顎に手を当ててうんうんと頷く。
その様子をシャルロッテは嬉しそうに見つめる。
仲睦まじい様子にエルヴィンの後ろで控えていたレオンも微笑んだ。
すると、ラウラがポンと手を叩き、思い出したかのように、そして少しわざとらしく大声で話し始めた。
「ああ、そうそう。シャルロッテ様ったら、毎夜毎夜、亡霊のように玄関に向かわれて、旦那様のお帰りを今か今かと待っていたのですよ?」
「えっ! 気づいていたの!?」
「もちろんでございます。シャルロッテ様のお世話役でございますから、奥様のことはなんでも知っております」
えっへんとでも聞こえそうなほど、胸を張って誇らしげにするラウラに、シャルロッテは開いた口が塞がらなかった。
(全部バレてたなんて……じゃあ、こっそりエルヴィンさまのお部屋のベッドのシーツを触りにいっていたのも……)
「もちろん旦那様のお部屋のシーツをなでなでと愛おしそうに触っては、顔をすりすりと小動物のように身を寄せていたのも知っていますよ」
「心を読んだの!?」
「おや? シャルロッテ様も思っていたということはやましい自覚があったのですか?」
「ち、違います! 決してそのようなことは……!」
シャルロッテがこれでもかというほど頭を振って否定する横で、エルヴィンはにやりと笑ってシャルロッテに告げる。
「おや、そんなに私がいなくて寂しかったのかい?」
「そ、それは、とても……」
その瞬間、その場にいた皆が目を見開いた。
あまりに素直に寂しさを伝えるシャルロッテの言葉に、エルヴィンのみならずラウラとレオンも目を丸くして驚く。
そしてラウラとレオンは目を見合わせてお互いに口角を上げると、レオンがわざとらしい口調でエルヴィンに話しかける。
「申し訳ございません、エルヴィン様。私は少しこのまま街へ仕事に向かいますので、恐れ入りますがこちらの手荷物の運び込みをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、それは構わないが、もう夜になるよ。大丈夫かい?」
「大丈夫です! すぐに戻りますから! あっ! エルヴィン様の今日のお仕事はすべて終わっておりますので、ゆっくりお休みください」
そうエルヴィンに伝えると、ちらっとシャルロッテに目を向けて微笑んだ。
シャルロッテはそれがレオンの気遣いだとわかり、ありがたそうにお辞儀をする。
もちろん、エルヴィンにもレオンのそれが自分たちを気遣ってのことだとわかって何も言わない。
「ラウラ、今日は私の部屋でシャルロッテと二人で夕食を取りたいのだけれど、お願いできるかい?」
「もちろんでございます。すぐにご用意いたします」
「ありがとう」
エルヴィンはお辞儀をするラウラに礼を告げる。
「さあ、じゃあ行こうか」
「は、はい!」
エルヴィンはシャルロッテの手を引いて、屋敷の中へと入っていった──。




