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第21話 おもてなしの証とエルヴィンの帰還

「大変お待たせいたしました、バーデン公爵」

「おや、これはもしや奥様でしょうか」

「はい、お初にお目にかかります。エルヴィンの妻のシャルロッテでございます」


 そう言って、しなやかなカーテシーを見事に披露する。

 その様子を見たバーデン公爵も帽子を胸の前に持ってきて軽くお辞儀をする。


「ご足労いただき大変申し訳ございませんが、主人はただいま仕事で家を空けておりまして、もし私で預かれるものがございましたらそのようにさせていただきますが、いかがいたしましょうか」

「ああ、そうか。エルヴィンは第一王子からの命で北方のほうへ遠征されていましたな。それは大変失礼した。またエルヴィンには別日に要件を伝えるとして……」


 空を見上げて少し考える仕草をしたバーデン公爵は、軽く頷くとシャルロッテに対してある申し出をする。


「奥様、良かったら奥様とお話をさせていただきたいのですが、お願いできますか?」

「私で務まりますなら、ぜひうちでお茶を召し上がってくださいますとわたくしも嬉しいですわ」

「良かった、では少しお邪魔するとしよう」


 シャルロッテは少し後ろに控えていたラウラにお茶の準備をするように合図をすると、ラウラは「かしこまりました」というように頭をゆっくりと下げてお辞儀をして去っていく。

 それを見届けると、シャルロッテはバーデン公爵を応接室へと案内した。



 応接室もこの邸宅の雰囲気に合うようにシックに作られており、ブラウンを基調にしたインテリアが取り揃えられていた。

 深みのあるグリーンの上品な模様が描かれたなめらかな質感のソファに案内すると、バーデン公爵はゆっくりと腰を下ろした。

 その横には五十代ほどの彼の執事がなんとも上品に立っている。

 シャルロッテは客人(きゃくじん)が座ったのを見届けると、自分も席に着く。


「久々に来たが、ここは相変わらず落ち着きがあって好きだよ」

「ありがとうございます、主人も喜びますわ」

「早速だが、私はエルヴィンの叔父に当たるんだ。最近は仕事の関係で東方の辺境地に住んでいるため、なかなか会うことができなかったんだよ」

「東方のほうといいますと、ワインが美味しいと伺っております」

「おや、お詳しいですね。あそこは初め何もない土地だったんだが、領地改革のおかげでよく作物が採れるようになってね。それもこれもエルヴィンのおかげだよ」

「主人の、でございますか?」

「ああ、あそこの土地がもともと肥沃な土地でよく農作物が採れたことを調べて私に教えてくれてね。おかげで最近はその土地の農産物を扱ったマーケットが有名になり、各地から人が来るようになって、財政的にもだいぶ安定したんだよ」

「左様でございましたか」


 そういった話をしていたところ、ラウラはワゴンに載せて紅茶と軽食のケーキを持ってくると、バーデン公爵とシャルロッテの前にそっと置く。

 そして、そのまま並べたアフタヌーンティーの説明をする。


「本日は東方の珍しい茶葉にドライフルーツの香りをつけたフレーバーティーと、その紅茶に合うラズベリーのケーキをご用意いたしました。ごゆっくりどうぞ」

「おお、ありがとう」


そう言ってラウラがそっとワゴンを引いて去っていくと、バーデン公爵はゆっくりとフレーバーティーに口をつけた。


「香りもいいし、うまいな」

「ありがとうございます」

「それにしてもエルヴィンのことだから、私が来ることも見越して東方の茶葉を仕入れていたのだろうな。さすがの気遣いっぷりだ」

「喜んでいただけたようで何よりでございます」

「奥様、いや、ここは親しみを込めてシャルロッテと呼んでいいかな?」

「もちろんでございます」


 バーデン公爵はソーサーにカップを置くと、ソファに背中を預けて深く座った。


「エルヴィンから少し君のことを聞いていたのだよ」

「わたくしのことですか」

「ああ、エルヴィンがあまりにも楽しそうに君のことを話してくれたことがあってね。どんな子なのだろうかと気になっていたんだよ」


 シャルロッテは黙って興味深いといった表情でふんふんと頷きながら聞く。


「君も聞いたかもしれないが、エルヴィンの両親は彼がまだ十七の頃に亡くなった」

「ええ、聞いております」

「あのときの彼はもう手がつけられないほどひどく落ち込み、その後反動で責任感が強すぎる振る舞いをするようになった。それが、いつ頃からか和らぐようになり、そして君と出会ってまた彼は変わった。優しくなったよ」


 バーデン公爵は「少し口が滑ったかな」とぼやきながら、紅茶のカップに手を運んで一口飲む。

 飲み終わった頃に、バーデン公爵の耳に慈母のような優しい声色が聞こえてきて、思わず顔を上げた。


「エルヴィンさまは私にとって、かけがえのない恩人でございます。それにあのお方は優しく素晴らしい、私にはもったいないお方です。いえ、もったいないと自分を卑下するとまた怒られてしまいますね。私はあのお方と一緒にいられて幸せでございます」


 その眩しい笑顔を見せるシャルロッテの優雅で美しい、絵にかいたような立派な様子に、バーデン公爵は思わず目を見開き、そして微笑んで頷いた。


「やはり、エルヴィンが羨ましいよ」

「え?」

「こんなに美しく、そして自分を思ってくださる女性が傍にいることは幸せだ。今度会ったときに言わなければならないな」


 バーデン公爵は紅茶を飲み干して立ち上がると、隣に控えていた執事からコートと帽子を受け取る。

 シャルロッテもソファから立ち上がり、控えていたメイドに合図を送る。

 メイドは両手を前に添えてお辞儀をすると、ドアへと向かった。


「もう少しゆっくりお話したいのだが、仕事が詰まっていてね。今度はエルヴィンもいるときにお邪魔させてもらうよ」

「楽しみにしております。たいしたお構いもできずに、申し訳ございません」

「いやあ~、十分堪能させてもらったよ。それに、エルヴィンはいい奥さんを迎えたね。今度はうちにもおいで、お茶会でもディナーでも一緒に楽しもう」

「喜んで。主人にも伝えておきますわ」


 玄関では御者がバーデン公爵の乗ってきた馬車をすでに動かす準備をしていた。

 その馬車のすぐ前まで行き、バーデン公爵は振り返る。


「それでは、またお会いしましょう。素敵な時間をありがとうございました」

「こちらこそ、ご足労いただきましてありがとうございました。ごきげんよう」


 そう言ってお辞儀でバーデン公爵を見送る。

 バーデン公爵を乗せた馬車は次第に姿が見えなくなり、アイヒベルク家の玄関には静けさが戻った。


 シャルロッテやラウラ、そして数人のメイドと執事たちの間に沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、先ほどまでの凛々しい声とは違った、か細いシャルロッテの声だった。


「私……お、おもてなし、できた……?」


 それを聞いたラウラはいつにも増して大きな声と笑顔でシャルロッテに声をかけた。


「やりましたよ! よくお一人でもてなされましたね!! 奥様!!」

「ラウラ! 私、うまくできたかしら?」

「もう完璧です!!」

「よかった! とても緊張したけれど、バーデン公爵も優しくて私自身が楽しんでしまいました」

「それが素敵なおもてなしの証ですよ!」

「あれ? ラウラ、どうして泣いてるの?」


 ラウラの目からは涙が零れ落ち、その涙をシャルロッテがそっと拭う。


「涙を流すときは目をこすったらダメなのよ?」

「ふふ、もしかしてエルヴィン様にしてもらったのですか?」

「え?」


 思わぬ反撃を受けてシャルロッテは顔を赤くして俯く。

 その様子をぐすんぐすんといいながらも、にやけ顔でからかうラウラ。

 まわりの執事やメイドたちも二人のやり取りを微笑ましく見つめていた。


 すると、メイドの一人が声を出して遠くの道を指して言った。


「シャルロッテ様、ラウラ様、あれはもしかして……!」


 皆顔をそちらに向けてよく見ると、エルヴィンとレオンを乗せた馬車がこちらに向かってきていた。


「あれって……!」

「シャルロッテ様! エルヴィン様がお戻りですよ!」


 ラウラは嬉しそうにシャルロッテに語りかける。シャルロッテは思わず口元を両手で覆い、目を細めて口角を上げた。

エルヴィン様のご帰還です!!!

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