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第20話 あるお客人の訪問

 今日もアイヒベルク邸では、この家の公爵夫人であるシャルロッテが庭園でのんびりアフタヌーンティーをして過ごしていた。

 横には彼女のお世話役メイドであるラウラがおり、和やかに二人で談笑している。


「今日はいい天気ね、ラウラ」

「はい、シャルロッテ様。ここ数日雨が続きましたが、今日はよく晴れておりますね」


 そう言いながらラウラはシャルロッテのティーカップにレモンティーを注ぐ。

 品良く流れ落ちる雫は太陽の光に反射して光っている。

 シャルロッテは目をつぶって注がれたレモンティーの香りを楽しむと、ゆっくりと静かに口に運ぶ。


(はあ、やっぱりレモンティーはすっきりして落ち着くわね)


 カップを置いてサンドウィッチに手を出したときに、ラウラが声をかける。


「シャルロッテ様もだいぶマナーが身につきましたね。このお屋敷に来られたときからは想像がつかないほど立派になられたと思います」


 その言葉を受けて、シャルロッテはサンドウィッチを急いで飲み込んで返事をする。


「そう!? 自分ではあまり実感がないのだけれど」

「こちらにいらしたときも十分素敵なお方だと思いましたが、今はそうですね……とても強い女性になられました」

「強い女性?」

「ええ、どんなに苦しいときもシャルロッテ様は弱音一つ吐かずに頑張って来られました。それだけでもなかなかできないものです。素晴らしいことだと思います」

「あ、ありがとう」


 シャルロッテはラウラの真っすぐな瞳と輝く笑顔から紡がれた言葉に、少し照れるように俯きながらお礼を言った。

 照れ隠しのように、今度はスコーンに手を伸ばすと、クロテッドクリームをバターナイフでつけて食べる。

 スコーンの香ばしい香りとサクッとした食感に、クロテッドクリームのなめらかさとしっとりさが加わる。

 シャルロッテはこのラウラの焼くスコーンが大好きだった。


「今日のスコーンも美味しい」

「ありがとうございます」

「今度、私に作り方を教えてくれない?」

「シャルロッテ様にですか!?」

「ええ、やはり私には難しすぎてダメかしら?」

「いいえ!? そうではなくて奥様自らキッチンに立たれることなどあまりないことですから」

「そういうものなの?」

「そういうものです!」

「新しい勉強になったわ」


 そう言うと、シャルロッテは再びスコーンを手に取って、今度はベリージャムをつけて口に運んで、満足そうに微笑む。


 すると、スコーンを食べるシャルロッテのもとに執事の一人が急ぎ足でこちらに向かってきた。


「どうしたのですか?」

「シャルロッテ様、旦那様へのお客様がいらっしゃっているのですが、いかがいたしましょうか?」

「え? エルヴィンさまへのお客様ですか?」

「はい、旦那様が懇意にしているバーデン公爵でございます」

「確か、バーデン公爵って」

「はい、旦那様の叔父にあたります」

「まあ、すぐにお通ししてください」

「かしこまりました」


 要件を伝えに来た執事はシャルロッテに向けて丁寧にお辞儀をすると、踵を返して玄関のほうへと向かって行った。

 執事が去った後のガゼボには、一瞬の沈黙が訪れる。

 その後、シャルロッテは自らの行動によって窮地に立たされたことに気づいて、混乱した。


「どうしましょう! お客人(きゃくじん)を通してしまったということは、おもてなしをしなければならないのよね?」

「左様でございます」

「エルヴィンさまはいない」

「左様でございます」

「もしかして、私がお客人をおもてなしするの?」

「左様でございます」


 ラウラの復唱のように繰り返される言葉に、シャルロッテはだんだん顔を青くして硬直していく。

 そして、少しの間ラウラと目を合わせた後、じっとレモンティーの表面に映る自分の顔を見つめる。


(だめよ、ここで怖気づいてはいけない。エルヴィンさまがいない今、屋敷を守るのは私。きちんと対応しなくては)


 レモンティーは覚悟を決めた強い目を映し出した。


「ラウラ」

「はい、シャルロッテ様」

「私、やります。がんばってやるので、ちょっとお手伝いをお願いできますか?」

「かしこまりました」


 唇をぎゅっと噛みしめるシャルロッテに、ラウラは優しい微笑みで賛同した。



 シャルロッテはお茶をしていた庭園から、客人であるバーデン公爵のいる玄関へと向かった。

 長い廊下を歩きながら、心の中でアルマに教わったマナーを何度も何度も復唱する。


(まずは失礼のないようにカーテシーでお辞儀をする。それから、えっと……)


「カーテシーでお辞儀をして、カーテシーでお辞儀をして」

「シャルロッテ様、カーテシーばかりで止まっております」


 次第に心の声が口に出ていたシャルロッテはラウラの指摘で気づき、はっとしながら口に手を当てる仕草をする。

 そこで、アルマと交わした言葉を思い出す。



『シャルロッテ様、マナーはどうしてあるかわかりますか?』

『どうして、ごめんなさい、わかりません』

『マナーは【人を不快にさせない】ためにあります。だから皆マナーを学ぶのです』



(マナーは【人を不快にさせない】ため……それなら真心を込めればきっと相手に伝わるはず)


シャルロッテは一旦その場に立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をすると、もう一度心を整えてもう目の前まで見えている玄関に向かう。


「大丈夫、やれます」

「その意気です、奥様」


 『奥様』呼びになったラウラの発言を聞き、シャルロッテも気を引き締める。

 そして、シャルロッテの目は玄関で執事と待つバーデン公爵の姿を捉えた。

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