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第19話 ヴェーデル伯爵家の崩壊の始まり

 ヴェーデル伯爵邸では、エミーリアがとてもご機嫌に廊下をスキップするように歩いていた。

 欲しかったエメラルド色のジュエリーを父親に買ってもらったエミーリアは早速身に着けてウキウキな気持ちで飛び跳ねるように廊下を進む。


「やっぱりこのジュエリーって最高だわ~!」


 「あ!」といいことを思いついたように、笑顔で手をポンと叩く。


「ハンナに今すぐ見せに行こー! ちょっとー誰か来てー」


 友人である伯爵令嬢の邸宅に行って見せびらかそうと考えたエミーリアは、馬車の準備をさせるためにメイドを呼ぶ。


「お待たせいたしました! どうされましたか?」

「もうっ! 遅いわよ! 呼んだらもっと早く来てちょうだい!!」

「申し訳ございません、幾分メイドの中で最近辞める者が多くて……」

「言い訳はいいから! ハンナの家に行くから今すぐ馬車の準備をして!」

「ですが、御者の一人が怪我をして休養中、一人は本日休暇となっておりまして」


 メイドが申し訳なさそうに言うと、エミーリアは明らかに機嫌悪そうにメイドに突っかかる。


「なんで休みなんて取ってるのよ! 今すぐ呼び戻して!」

「ですが、お嬢様、それは……」

「私の言うことが聞けないって言うの!?」

「いえ! かしこまりました、すぐに御者に伝えてまいります」

「ふんっ! 素直に最初から行ってればいいのよ」


 ふんぞり返りながらエミーリアは走って去っていくメイドを見やると、支度をするために自分の部屋へと戻っていく。

 エミーリアがある書庫の近くを通りかかったときに、彼女は父親の姿を目にした。

 その様子はどうやら焦っており、非常に青い顔をしている。


「お父様、こんなところでどうしたの?」


 ヴェーデル伯爵はエミーリアのほうに振り返ると、そのまま彼女の腕を取り書庫へと入る。


「お父様っ! 急にどうしたの?」


 こそこそと自分を書庫に連れ込む父親に、エミーリアは疑問をぶつける。

 すると、ヴェーデル伯爵はまわりに誰もいないことを確認すると内緒話をするように手の平を口の前で開いてこそこそと話し始めた。


「ないんだよ!」

「ないって何が?」

「この書庫に隠してあった財産の中身がすっかりなくなっている!」

「え!?」


 予想外に事が重大な話だったので、エミーリアは大きな声を出して驚いてしまう。


「しっ! 声が大きい!」

「ごめんなさい!」


 二人で体を丸めながらひっそりと会話する様はなんとも怪しげである。

 エミーリアとヴェーデル伯爵は急いで部屋の奥に歩みを進めて、ある仕掛けを解除する。

 この部屋の本棚にある隠し細工を外すと、中から金庫があらわれるようになっており、ヴェーデル伯爵はいつものように細工を解除する。

 しかし、そこには確かにいつもあるはずの財産がからっぽだ。


「なんで!? どうしてなくなっちゃったの!?」

「わからん! 数日前まであったのに、今日の朝見たらなくなってたんだ」

「お父様が使ったんじゃないの?」

「私があれだけの財産を使うわけない!」

「え~、ほんとう~?」

「信じなさい、私を!!」


 娘に信じてもらえない滑稽な父親があたふたとしてその場に立ち尽くす。

 すると、手をポンと叩いて「ああ」というようにエミーリアが発言した。


「お母様じゃない? 最近綺麗な指輪やネックレスを新調しているのを見たわ」

「え!? まさかあいつが!?」

「ええ、そうよ。お母様だわ」

「考えてみればそうだ! ここの金庫の隠し細工のことを知っているのは、私たち夫婦とお前しかおらんからな」

「そうよ、知ってるのはお父様とお母様とわた……あ……」


 エミーリアは何かを思い出したように目を大きく開けたあと、一瞬思考が停止したように動きが止まった。

 その様子を父親であるヴェーデル伯爵は見逃さなかった。


「エミーリア、どうした? 何か思い当たることがあるのか!?」

「い、いえ! 何も!!」


 明らかに目が泳いでその場から立ち去ろうとする娘の挙動不審さに、ヴェーデル伯爵は待ったをかける。


「エミーリア、ちゃんと話しなさい」

「………………はい」


 そう言うと、エミーリアはわなわなと小刻みに震えながら静かに語り始めた。



 それは彼女──エミーリアがシャルロッテへお茶会の偽の招待状を送ったときにさかのぼる。

 彼女の脳内にシャルロッテへ偽のお茶会の招待状を送ったときのことがよぎった。


 エミーリアは自分の家の書庫である執事を招き入れて話をしていた。

 彼はアドルフ伯爵令嬢付きの執事であり、その日はアドルフ伯爵邸で行われるお茶会にシャルロッテを呼び出す算段を伝えていた。


「こちらの招待状をシャルロッテ様にお届けしたら良いのですね?」

「ええ、伯爵令嬢にはたんまり金貨を渡しておくわね」

「エミーリア様の私財でございますか?」

「いいえ、お父様のものよ。うちにはいくつも金庫があるくらい財産があるの! しかもどれも隠し細工でわからないようにしてるから安心よ!」

「そうなのですね、隠し細工……」

「そ、だって本なんて読まないんだから本棚があっても意味ないでしょ? せめて活用しなきゃ!」

「本棚ですか……そうですね。でもここの書庫は立派ですね」

「ええ、まあ、私もお父様たちもみんな本読まないけどね」

「そうなのですか?」

「そうよ。何が楽しいのかしら本なんて」


 そう言いながら、執事は書庫を見回すと一か所だけ不自然に本がへこんでいるところがある。

 その執事はエミーリアが背を向けている隙ににやりと笑った。



「バカかお前は!!!! なんてことをしてくれたんだ!!!!」

「申し訳ございません……」


 ヴェーデル伯爵はエミーリアをすごい勢いで怒鳴りつけ、顔を真っ赤にしている。

「じゃあ、その執事とやらにかすめとられただけでなく、アドルフ伯爵令嬢にまで多額の金貨を渡していただと!?」

「はい……」

「それにシャルロッテに手を出したとあれば、『冷血公爵』になにをされるかわからんぞ!! わかっておるのか!!」


 エミーリアは涙を浮かべ、その場にぱたんとへたり込む。

 しかし、ヴェーデル伯爵の怒りは止まらない。


「泣いて済むと思っているのか!! あの金庫は一番財産を多く入れていた金庫なんだ!! うちの財政が傾いてもいいのか!?」

「お許しください、お父様! エミーリアは悪気があったわけじゃないんです」

「悪気があるない関係あるか!! お前にやった装飾品やジュエリーは全て回収させてもらう!」

「そんなっ!!!」

「当たり前だ!! それくらいで済むことに感謝しろ! それと、今後しばらくは家から出ることを禁ずる!」


 エミーリアは目を見開き、大粒の涙を零しながら床に手をつく。

 ヴェーデル伯爵はその様子を気にも留めず、近くにあった美術品の長細い壺を叩き割って去っていった。


 シャルロッテのいなくなったヴェーデル伯爵家に、崩壊の気配が漂っていた──。

ここからヴェーデル伯爵家はどんどん崩壊していきます…!

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