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第2話 少女は冷血公爵の妻となる

 シャルロッテは妹に連れられ、自我が目覚めてからは初めてヴェーデル伯爵邸の本邸に足を踏み入れた。

 豪華なシャンデリアに真っ白い壁、絵画や骨董品やらの美術品の数々が廊下を彩る。

 あまりにも慣れない光景にシャルロッテは目をしぱしぱさせて、まわりをきょろきょろしながら進む。その姿はまるで泥棒かと思われるほどに猫背で不審者のようだった。


「あんた、ほんと気持ち悪いわね」

「も、申し訳ございません」


 シャルロッテは自分の妹に深々と謝罪をする。その謝罪も一切見届けずにエミーリアは廊下を進み続ける。慌ててシャルロッテは小走りで先を歩くエミーリアに駆け寄った。


 やがて、エミーリアは豪華な両開きのドアの前に立つと、そのまま大きな声で中に呼びかける。


「お父様、お母様、入りますわよ」

「ああ」


 中からは四、五十代ほどの男性の低い声で返事が届く。

 エミーリアはドアをノックしてその部屋の中へと入る。

 中には大きな本棚にこれまた豪華なシャンデリア、そしてブラウンの重厚な執務机があった。


 そこにはヴェーデル伯爵が座っており、その横に上品に扇子を顔の前に持ったヴェーデル伯爵夫人が優雅に立っていた。

 しかし、部屋の豪華さに気圧されてシャルロッテには執務机にいる自分の父親と母親の存在に全く目がいっていなかった。


(すごい豪華なお部屋……)


 シャルロッテは自分の住む世界と全く違う明るい世界に、そわそわとして落ち着かなかった。そして一通り部屋を見回した彼女はそこで初めて、執務椅子に人が座っていることに気づいた。


 慌ててシャルロッテは昔に家庭教師から教わったカーテシーで挨拶をするが、誰もそれを気に留めない。

 そして、まるで無視するかのように妹であるエミーリアはヴェーデル伯爵と伯爵夫人に話しかけた。


「お父様、お母様! シャルロッテを連れてきましたわよ」

「ご苦労だったな」


 ヴェーデル伯爵は手紙を書いていた手を止めて、エミーリアのほうを見つめて言った。

 そして隣にいた夫人は手で顔を覆い、上半身を後ろに引いて、汚物を見るような目でシャルロッテに視線を送る。


「まあ、相変わらず汚い身なりだこと」

「ヴェーデル伯爵、伯爵夫人。は、はじめまして、シャルロッテと申します」


 シャルロッテは、再び教わったカーテシー披露して挨拶をするが、うろ覚えの彼女はうまくできない。


「まあ、この子まともな挨拶もできやしないのね」


 ふん、というように夫人が蔑んだ目でシャルロッテを見る。その横で全くどうでもいいというような反応を見せるヴェーデル伯爵は時間が惜しいのか、すぐに本題に入った。


「エルヴィン・アイヒベルク公爵からお前に婚約の話が来ておる。行ってくれるな?」

「え? それはもちろんですが、私が公爵様に嫁ぐなど……そのような大変ありがたいお話よろしいのでしょうか?」

「ああ、なんたって今日はお前の十八歳の誕生日だからな。親としてできる限りの『最後の』プレゼントをしないと」


 ヴェーデル伯爵は「最後の」という部分を強調して言うと、近くにあった紙で鼻をかむ。


「ああ、そうそう。で、もう馬車の準備はしてある。まあ、ありがたいことに公爵様は何も持参せずお前の身一つでいいと言ってくださっている。だからそのまま出て行っていいぞ」

「……かしこまりました」

「わあ~おねえちゃんだけ羨ましい~! エミーリアも公爵様に嫁ぎたいわ~」

「あなたにはもっと素敵な、そうね~第一王子との婚約を持ってきてあげるわよ!」

「お母様、ほんとう!? 第一王子様って見目麗しくて素敵な方なんでしょ! エミーリア楽しみ~!」


 どうしていいかわからず立ち尽くすシャルロッテに、エミーリアがにらみを利かせる。


「ていうか、早く出て行ってよ! もうあんたに用はないわよ」

「申し訳ございません! すぐに退出いたします」

「そうしてちょうだい~! じゃあね~、お・ね・え・ちゃ・ん」


 エミーリアは手をひらひらとさせながら、楽しそうにシャルロッテに向かって手をふる。

 「早く出ていけ」と言うヴェーデル伯爵の言葉を聞き、シャルロッテはメイドに連れられて急いで玄関へと向かった。


(早く向かわなくては。ここにいては皆さまのご迷惑になるわ)


 そう心の中で呟きながら、めんどくさそうに玄関まで先導するメイドの後に続いて歩いていった。



 一方、シャルロッテのいなくなった執務室では、家族がけたけたと笑っていた。


「やりましたわね! お父様、お母様!!」

「ああ、ようやくあの忌々しいやつをこの家から追い出せたぞ!」

「それにしても嫁ぎ先のお方のことを何も教えないなんて、ずいぶん可哀そうなことをするわね~」

「エミーリアも思ったわ! だって、嫁ぎ先ってあの『冷血公爵』なんでしょ!? 何されるかわかんなくて、エミーリアこわ~い」


 エミーリアが母親の腕に掴まって、わざとらしく大げさなリアクションをする。


「まあ、これでうちは安泰だ! アハハハハハハハハ!!!」


 廊下に聞こえるほど家族の大きな笑い声が響き渡っていた──。



 シャルロッテはメイドに促され、玄関につけていた馬車に乗り込む。彼女が乗ったことを確認すると、メイドは乱暴に扉を閉めて御者に合図をした。


「うわっ!」


 馬車が動き出したと同時にシャルロッテは態勢を崩し、窓に頭をぶつける。ぶつけた箇所をさすりながら、ようやく席に着いた。


「これが馬車というものなのね、気をつけないと危ないわ」


 こうして、馬車はまっすぐにアイヒベルク公爵家へと向かった。



◇◆◇



 シャルロッテを乗せた馬車は夕方頃にアイヒベルク公爵家に着いた。


「馬車が止まったわ、着いたのかしら」


 窓の外を眺めようとしたところで扉が開く。


「うわっ!」


 シャルロッテはまたしても態勢を崩して今度は馬車から落っこちそうになった。

 しかし、なんとか踏みとどまり、御者に促されて慌ただしく馬車の階段を下りる。


「ようこそお越しくださいました」


 身なりの整った執事が丁寧な所作でシャルロッテを迎える。


「こ、こんばんは……」


 咄嗟にカーテシーでお辞儀をすると、その執事も手を胸の前に当てて笑顔でお辞儀をする。


「さあ。馬車での旅はお疲れでしょう。旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ」

「ええ、ありがとうございます」


 シャルロッテは執事に案内されるがまま、周りをきょろきょろしてアイヒベルク邸の中を進む。

 白を基調としたシンプルな長い廊下の奥に、両開きの豪華な扉が見えてくる。執事はノックをしたあとゆっくりと扉を開けて中にいる人物にお辞儀をする。


「お連れしました、旦那様」


 本棚が高くそびえたつ前には、年季の入ったチェスナットブラウンの大きな執務机がある。

 執務机には身なりの整った姿をした二十代くらいの男性が座っていた。

 艶やかな黒髪に深い蒼色の瞳は美しく、品よく輝いていた。

 その男性は椅子から立ち上がると、ゆっくりとシャルロッテのほうに近づく。


(とても背が高いお方……)


 そして、シャルロッテのもとに到着すると黒髪の男性はシャルロッテの目を見て告げる。


「いらっしゃい。よく来たね、シャルロッテ。私はエルヴィン。今日からここが君の家だ」


 エルヴィンはダンスを誘うように優雅に手を差し伸べると、わずかに微笑んで言う。

 シャルロッテは差し出された手をとっていいのかわからず、あたふたとする。


(困りました……これは手をおけば良いのでしょうか)


 悩んだ末にシャルロッテはカーテシーでたどたどしく挨拶をする。

 その様子をとても愛おしそうに見つめると、エルヴィンは優しい声色で言葉を紡ぐ。


「ありがとう、シャルロッテ。一八歳のお誕生日おめでとう。それから……」


 そういって一呼吸置き、彼女の前に跪く。

 そして、優しい微笑みでそっと顔をあげると、シャルロッテの目を真っすぐに見て告白する。


「私の妻になってくれますか?」


 初めての経験にどうしていいかわからないまま、シャルロッテは小さな声で「はい」と返事をした。


 シャルロッテは十八歳の誕生日の夜、一人の男性の妻となった──。

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