幕間 ある日記『金色の目』
ある晴れた日の午後、その人物は書庫から目的の本を取り出した。
書庫は地下にあって薄暗いため明かりをつけてから本を読む準備をする。
脚立の階段に腰かけたその人は慣れた手つきでページをめくって読み始めた。
それは青い表紙かつ題名の書かれていない本で、薄くもなければ厚くもない持つのにちょうど良いサイズの本だった。
その本はこの国の伝記の一つであり、かなり古い紙が使われた本でお世辞にも綺麗な本とは言えない。
日記形式で綴られたそれを静かにその人は黙々と読む。
『この国には数百年に一度、金色の目をした少女が生まれたようだ。その瞳はまさに黄金の輝きを放ち、この世の全てを見据えたような、預言者のようなそんな厳かな雰囲気を漂わせている。
私はその金色の目の少女の記録係としてこの日記を記すことになった。
王歴658年、11月16日。
金色の目をした少女が教会に生まれた。
彼女はグレータと名付けられ、育てられることになった。
王歴660年、5月17日。
グレータが教会に来た老婆に触れたところ、たちまちその老婆の病気が治り元気になった。
彼女はその日から不思議な力を持つ少女としてもてはやされる。
王歴662年、3月7日。
グレータはその不思議な力を使って人々を癒すことを始めた。
人々は彼女に会うために教会にやって来た。
そして彼女を一目だけでも見ようと噂を聞きつけた辺境の地からも人が押し寄せる。
王歴675年、9月28日。
グレータの体調に異変が生じる。
彼女は床に伏せるようになり、動けなくなった。
王歴675年、10月8日。
グレータはシスターたちに見守られながら息を引き取った。
私が生きている間は、彼女以外で金色の目は現れなかった。私も病に倒れ、死の間際にこれを書き記している。金色の目の少女を自分の目で見られることができて幸せだった。
追記:記録係は王歴693年、亡くなった』
ページをめくると、今度は筆跡が変わって新しい記録が始まっていた。
『グレータの誕生から300年後に金色の目の少女が生まれた。そのことについて記す。
王歴937年、7月16日。
金色の目の少女がある貴族のもとに誕生した。
名をエルフィという。
王歴939年、3月12日。
やはり、グレータと同じで不思議な加護があり、触ったものの病気を癒す能力を持っていた。
その日訪問した老人の傷を治すだけでなく、持病である疾患も治したらしい。
王歴947年、8月8日。
エルフィを「聖女」として崇拝し、生まれた家はもちろんその地域の信仰の中心となる。
王歴955年、7月6日。
エルフィは突然病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった』
さらにページをめくると、また筆跡が変わった文字の羅列が現れる。
『エルフィの誕生から200年後、金色の目の少女が生まれたと報告があったため、ここに記す。
王歴1220年、5月7日。
ヴェーデル伯爵家に金色の目の少女が誕生する。
名をフローラと言う。
王歴1224年、8月19日。
やはり今回も「聖女」のようで、治癒能力を保持しているようだ。
王歴1237年、12月1日。
フローラは急に自室で倒れたまま、亡くなった』
本を読む手が一度止まると、そっと一息つく。
ページをなぞるように『ヴェーデル伯爵』という場所を触ってじっと見つめる。
ページをめくるとまだ文字があり、再び目を通し始めた。
『それ以降、ヴェーデル伯爵家でしか金色の目の少女は生まれなくなった。
そういった運命か、あるいは神の悪戯か。それは我々にも図りかねる。
王歴1450年、6月6日。
ヴェーデル伯爵家に金色の目の少女が誕生する。
名をイルゼと言う。
王歴1455年、9月17日。
「聖女」として近くの教会でイルゼは奉仕活動をすることになる。
王歴1466年、1月17日。
イルゼの部屋から出た火が家中を燃えつくして、ヴェーデル伯爵邸は跡形もなく消えた。
そして、イルゼはこの火事によって亡くなった』
そのまま今度はよく似た筆跡で続きが書いてあった。
『王歴1745年、10月29日。
ヴェーデル伯爵家に金色の目の少女が誕生する。
しかし、イルゼのことをきっかけにヴェーデル伯爵家では金色の目を持つ少女を忌子として扱い、幽閉するようになった。詳しいことは不明だが、どうやら今代の少女も若くして亡くなったらしい』
そして、今度は比較的新しいインクで書かれた文字が現れた。
『王歴1970年、11月26日。
ヴェーデル伯爵家に金色の目の少女が誕生する。
今代はどうやら屋敷の外にある離れに幽閉されているらしい。
王歴1988年、11月26日。
その少女はエルヴィン・アイヒベルク公爵に嫁いだ』
本の文字はそこで終わっており、それ以降は真っ白なページが続いていた。
「皆、十八歳までに亡くなっているが、今代は十八歳を超えている。ヴェーデル伯爵家は災いのもととして彼女を追い出したが、これはやはり……」
そう呟いたそのとき、書庫の向こうから中の人物に声をかける人がいた。
「クリストフ様、陛下がお呼びでございます」
「ああ、今行く」
この書庫には王族しか入れないため、仕える者は皆外から声をかける決まりになっていた。
クリストフは読んでいた本を閉じて本棚に戻すと、入り口のほうへ向かった。
(さて、今代の金色の目の少女はどんな運命をたどるのか、見届けさせてもらうよ)
そっと微笑んだクリストフは心の中で、幼馴染とその妻を思い浮かべて謁見の間へと向かった──。




