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第16話 お茶会の記憶と少女の異変

 今日はランチの後からもマナー講座が開かれ、ランチ後の練習の内容はお茶会のマナーだった。

 ランチを食べて自室に戻るシャルロッテは心の中で『あの日』の出来事を思い出す。


(お茶会と言えば、やはりアドルフ伯爵邸でのお茶会を思い出すわ。私はあのお茶会しか知らないけど、あんなひどいお茶会はないのよね?)


 廊下を歩き、自室のドアノブに手をかけたときにまた違和感を覚えた。


(何かしら、今日はやけに視界がぐらりとする。どうして?)


 その場にしゃがみ込み、目をつぶって耐えると直に楽になり、シャルロッテは再び立ち上がって部屋の中に入った。


(今日はどうしたのかしら)


 不思議に思いながらもシャルロッテは気にすることなく、そのままアルマの到着を待った。


 やがて、アルマはワゴンを運ぶラウラと共に部屋に現れる。


「お待たせして申し訳ございません! お茶会の準備に手間取ってしまいまして」


 そう言いながら、ラウラと協力してテーブルの上にお茶会のセットを置いていく。


「シャルロッテ様、少し失礼いたします」


 その言葉と共に今度はシャルロッテの服の上からティーガウンを着せて、お茶会の雰囲気を出す。


「まあ、やっぱりシャルロッテ様はなんでも似合いますわ~!! もう素敵すぎて殿方たちを誘惑できそうですわ!」

「アルマ様、それはうちの主人が大変ご立腹なさいますので、控え目な衣装にしていただきませんと」


 ラウラが横からエルヴィンの心情を慮って言う。


「大丈夫ですよ! きっとエルヴィン様もそんな素敵な衣装を来たシャルロッテ様を内心見せびらかしたいと思っているはずですよ」

「ああ、それは確かにそうかもしれません」


 ラウラは納得したように手をポンと叩くと、シャルロッテに語りかける。


「シャルロッテ様、今日はお稽古ですが今度お茶会に参加されるときのために、エルヴィン様に衣装を頼んでおきましょう。きっとノリノリで選んでくださいますわ」

「そ、そうかしら?」


 前のめりの二人に困惑しながらも、シャルロッテはお茶会のドレスをじっくりと見つめてみる。あまり締め付けのないドレスで着やすく、社交界のドレスよりかは心地良く感じていた。


(本当はこんな衣装を着てあの日行かなくちゃいけなかったのね……)


 シャルロッテはアドルフ伯爵邸でのお茶会に着て行った自分の装いを思い出し、恥ずかしくなった。

 それを察してか、アルマはそっとシャルロッテの両手を握ると、彼女が安心するように語りかける。


「先日のお茶会のことはエルヴィン様から聞いております。さぞお辛かったかと思います。お茶会は本来そのような苦しく楽しくない場ではありません。素敵な場所ですから、どうか安心なさってください」

「ええ、ありがとう。アルマ先生」


 シャルロッテは前を向くと、気持ちを切り替えるようにふっと一息ついた。


「外でのお茶会と室内でのお茶会がありますが、今日は室内でのお茶会のマナーを学びましょう」

「よろしくお願いいたします」

「基本的にはお茶会には主催者の方がいらっしゃり、その方がリードをしてくださいます。今回は招かれたという設定で勉強してまいりましょう」

「はい」


 アルマはテーブルにある紅茶のカップを手に取ると、シャルロッテに見えるように目の前に持っていく。

「お茶会で最初に出てくるのが『ウェルカムティー』です。これは『今日は来てくださってありがとうございます』という主催者側からのご挨拶ですので、ゆっくり上品に飲みましょう」

「わかりました」


 シャルロッテはそっとゆっくり紅茶を飲むが、またしてもスープと同じように音を立ててしまう。


「シャルロッテ様、ゆっくりで構いませんので音を立てずに飲むように心がけてください」

「ごめんなさい、やってみます」


 今度は音を立てずに飲むことができたシャルロッテは、アルマに視線を送ると、合格の微笑みと頷きが返ってくる。

 シャルロッテはその後もゆっくりと飲んで紅茶を堪能した。


「飲み終わっても勝手に自分で二杯目を注いではいけません。きっと主催者の方が入れてくださるので、お話を楽しみながらそれを待ちましょう」

「待つのですね。わかりました」


 すると、シャルロッテに徐々に異変が起こって来る。


(なんだか紅茶のせいかしら、体が熱いわね)


 顔の火照りに加えて身体の内側がひどく熱く頭がぼうっとする感覚に襲われた。


「シャルロッテ様、次にティーフーズについてですが……」


(あれ? アルマ先生の声がうまく聞こえないわ……それに、目の前が真っ暗になる)


 シャルロッテはアドルフ伯爵邸での出来事を思い出していた。



『作法もわからないし偽物の招待状なんて……卑しい者の証ではないか! とっとと失せろ!』

『薄汚い女め!』

『「冷血公爵」もその妻もなんて恐ろしい化け物なんだ!』



 あの日の記憶がフラッシュバックし、シャルロッテの脳内にこだまする。


(やめてっ! 痛い……心が痛くて苦しい……どうしてなの?)


 シャルロッテの様子の変化にアルマとラウラが気づき、必死に声をかけるが、シャルロッテの耳には届かない。

 紅茶をかけられて連れ出され、そして気づいたら馬車で帰ってきていた。

 激しい雨の中に轟く雷の叫びが頭痛と共に呼び覚まされる。


(助けて、怖い……怖い……)


 頭を抱えてがばっと立ち上がるシャルロッテに、ラウラが必死に駆け寄り肩を抱いて意識の確認をする。


「シャルロッテ様!? しっかりしてください!」

「やめてっ!! もう誰も傷つけないでっ!!」


 大きな叫びと共にシャルロッテはテーブルの上に上半身を乗せて倒れ込むと、そのまま体でティーカップを落とす。

 陶器の割れる甲高い音が響き渡り、アルマとラウラの悲鳴が上がった。

 そして、そのままシャルロッテは目を閉じると、床に倒れる。


「シャルロッテ様っ!!」


 ラウラの声が部屋の中を超えて廊下まで響き渡った。


「騒がしいが何かあったか? ──シャルロッテ!」


 騒ぎに気づいたエルヴィンがやって来ると、倒れたシャルロッテを見てすぐさま彼女のもとに駆け寄る。


「シャルロッテ! しっかりしなさい!!」


 エルヴィンは彼女の体温と呼吸が正常でないことを確認すると、ラウラに医師を呼ぶように指示を出す。


「ラウラ! 医師を早く頼む!」

「かしこまりました!!」

「アルマ先生、今日は申し訳ございませんが、ここで練習を終わらせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。私は一人で帰れますので、どうかシャルロッテ様のお傍にいて差し上げてください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 そう言ってエルヴィンはシャルロッテを抱きかかえると、そのままベッドに寝かせた。


「シャルロッテ……」


 医師が到着するまで、エルヴィンはシャルロッテの手を握って無事を祈った──。

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