第15話 子爵令嬢が挨拶に来ました。どうされますか?
かなり朝の冷え込みが厳しくなってきた頃、シャルロッテは変わらずほぼ毎日マナーを学んで繰り返し行っている。
今日はアルマが教えに来る日で、シャルロッテは到着を待ちながらカーテシーを何度も実践して練習していた。
「ラウラ、だいぶ上手になったかしら?」
「ええ! 綺麗な形になっていますよ!」
「良かった~。まずは挨拶がきちんとできなきゃ意味ないわよね」
そう言ってスカートの裾を持って何度もお辞儀を繰り返す。
すると、メイドの一人が部屋のドアをノックして声をかける。
「アルマ様がご到着されました」
「わかりました、ご案内をお願いできますか?」
「かしこまりました」
メイドはドアの前から立ち去ると、アルマが待っている玄関へともう一度向かった。
やがて、ドアが再びノックされ、メイドの声がする。
「アルマ様をお連れしました」
「どうぞ!」
その言葉を聞くと、メイドはゆっくりとドアを開く。
シャルロッテはドアが開いてアルマと対面すると綺麗なカーテシーを披露して見せる。
「ごきげんよう、アルマ先生」
「ごきげんよう、シャルロッテ様。とても綺麗で凛とした美しいカーテシーになりましたね」
「ありがとうございます!」
アルマは部屋の中に歩みを進めながら、シャルロッテを褒めた。
胸に手を当ててホッとしたような仕草を見せるシャルロッテは、アルマに今日の授業の内容を聞こうとする。
すると、シャルロッテは自分の視界に違和感を覚えた。
(あれ、なんだか今先生が二人に見えました。きっと気のせいよね……)
そう思いながら、アルマに今日の授業内容を聞く。
「アルマ先生、今日はどんな授業になりますか?」
「そうですね、シャルロッテ様も家で不自由しない程度にはマナーが身についたのではないでしょうか?」
「確かに、先日エルヴィンさまにも『マナーができているね』と言われました」
「さすがですね、シャルロッテ様! そのままどんどん覚えていきましょう」
早速ですが、とアルマはドレスをシャルロッテに纏わせて準備を始める。
「アルマ先生? このドレスは?」
「雰囲気が出るかと思い、持ってきました」
着せられるがままのシャルロッテにどんどんドレスやら装飾をつけていく。
あっという間に社交界のようなドレスの格好が出来上がり、シャルロッテは自分が自分でないような感覚に陥る。
(こんな衣装を着たの初めて……社交界では皆さんこんな煌びやかな衣装を着るのですね。素敵な衣装です……)
生まれて初めてまともなドレスに身を包んだシャルロッテは、自分でくるくる回りながらひらひらするドレスを眺めて楽しむ。
その様子に、「ああ、なんて可愛いの! 持ってきて良かったわ~!!」とアルマは恍惚とした表情でシャルロッテを眺めた。
ドレスのレースの部分を不思議そうに眺めて触ってみては、生地の感触を確かめて楽しそうにするシャルロッテに、後ろで見ていたラウラも微笑ましくなる。
──と同時に、「あ、これもしかして自分が最初にドレスを着せたかったのにな」とかめんどくさい拗ね方を主人がするのではないかと頭の中で想像が膨らむ。
シャルロッテが「見て! 見て!」とラウラに見せるときに脳内ではそのようなことがよぎってしまい、あとでなんと弁明しようとかと考えを巡らせていた。
「さ、シャルロッテ様、それでは社交界のマナーを順番に教えていきます」
「よろしくお願いします!」
「まず、社交界とは貴族の皆様が交流を深める場所です。そこで問題です」
突然の問題にシャルロッテはごくりと飲み込み、構える。
「シャルロッテ様に子爵令嬢が挨拶に来ました。さてシャルロッテ様はどうされますか?」
「え?」
シャルロッテは少し悩んだ後、いつものようにカーテシーでお辞儀をして挨拶をする。
「ご、ごきげんよう」
すると、アルマは首を横に振った。
その仕草に自分が間違えたことを自覚して何がいけなかったのかと考え込む。
(あれ? 令嬢様が挨拶にいらしたのだから、カーテシーで挨拶よね? これは良くないのかしら?)
心の中でそう思うシャルロッテは、アルマに「わかりません」と素直に告げた。
それを見て、アルマは優しく語り出した。
「シャルロッテ様は社交界でどういう立場でいらっしゃるかわかりますか?」
「え? 私は私ではないのですか?」
「いいえ、あなた様は『アイヒベルク公爵夫人』なのです。それを忘れてはなりません。それを踏まえて、紹介がなければ気軽に下の者に挨拶をしてはなりません」
「どういうことでしょうか?」
シャルロッテはアルマの言うことがいまいち理解できずに聞き返してしまう。
「社交界では爵位が下の者は許可なく上の者に話しかけてはいけないというルールがあります。シャルロッテ様は公爵夫人ですので、子爵令嬢からの挨拶に紹介なしで気軽に応えてはなりません」
(そんな決まりがあるのね……厳しい世界だわ)
「ですから、シャルロッテ様が基本的に社交界で挨拶をするのは同じ公爵の位の方々か、あとは王族の皆様です」
(王族、クリストフさまとかですね! 元気にしていらっしゃるかしら?)
シャルロッテがわずかに気を逸らした瞬間をアルマは見逃さなかった。
「シャルロッテ様! 何か別のことをお考えでしたね!?」
「ぎくっ!」
「社交界にはいろいろありますが、基本的にはエルヴィン様のお傍を離れないことが一番良いかと思います。いくつかこれからお教えしていきますが、イレギュラーなことも起こりますので、そんなときはエルヴィン様に頼って良いかと思いますよ」
アルマは手をあげて演説をするように語ると、シャルロッテに優しく微笑みかけた。
「安心してください。あなたの旦那様はそういう礼儀に長けた人です。もっと頼っても良いと思いますよ」
(エルヴィン様を頼る。確かに、自分一人で頑張ろうとしていたけれど、社交界になると一緒に行くのよね、エルヴィンさまと息を合わせないとだわ)
シャルロッテは今ここにはいないエルヴィンのことを思い、共に社交界に参加する様子を思い浮かべた。
(エルヴィンさまにドレスを見せたら、喜んでくれるかしら)
そんなことを思いながら社交界のマナー講座は続いた──。




