第13話 幼馴染の訪問と嫉妬
シャルロッテが「立派な妻」修行を始めてすぐの頃、アイヒベルク邸にはお客が来ていた。
自室で挨拶マナーの練習をしていたシャルロッテは、聞きなれない声を聞きつけてエルヴィンの自室前にいく。
(お客さんだけでも珍しいのに、知らないお声がします)
そっとドアに耳をつけると、中からは若い男性とエルヴィンが談笑する声がして、気になったシャルロッテはドアを少し開けて覗いてみた。
「あのときは死んだかと思った」
「あはは、お前が俺の代わりに父上に叱られてな!」
「ああ、あのときは私の人生が終わったかと思った」
「子供のすることなんだから大目に見ればいいものを」
「いや、さすがに国の文書に落書きをしたら国王陛下だって怒るぞ」
幼い頃の話で盛り上がる二人の様子を、ドアの隙間から覗くシャルロッテ。
(何やらめんどくさがりながらも、楽しそうなエルヴィンさま。それに隣のかなり身なりの良い方は、どこかの貴族様でしょうか?)
シャルロッテが二人の様子を窺っていると、エルヴィンがその視線に気づいてにこりと表情を和らげる。
「シャルロッテ、何かあったかい?」
「あ、いえ! なんでもございません! 仕事のお邪魔をして申し訳ございません」
シャルロッテはあたふたとしながら謝ると、頭を下げたときにドアに頭をぶつける。
「うう……いたい……」
「大丈夫かい!? シャルロッテ!」
ぶつけた反動で勢いよくドアが開くと、シャルロッテの姿が二人の前にさらされる。
すると、エルヴィンの横にいた身なりの良い若い金髪碧眼の男性が嬉しそうに声をあげた。
「君が噂のシャルロッテ嬢か! 会えて光栄だよ!!」
そう言って彼はシャルロッテに近づいていく。
(どうやら私をご存じなんでしょうか)
近づいて来る金髪の男にシャルロッテはひとまず練習中だったカーテシーで挨拶をする。
彼はそれを見ると、すかさず品良く胸の前に手を当てて足を交差して引き、一礼した。
すると、執務机に座るエルヴィンは座ったまま声をあげて金髪の男をけん制する。
「クリストフ、お願いだからシャルロッテを怖がらせるなよ?」
「まるで俺が悪いやつみたいな言いぐさじゃないか!」
「実際そうだろう」
「ひどいっ! エルがそんなことを言うなんて、幼馴染として悲しいぞ」
エルヴィンは大げさなリアクションを取るクリストフを放置し、シャルロッテに「おいで」と言って部屋に招き入れる。
シャルロッテは邪魔じゃないだろうか、と心配しながらゆっくり中に入ってエルヴィンのもとへと近づく。
その後ろからクリストフも机のほうへと戻っていった。
役者が揃うと、エルヴィンはシャルロッテに客人の紹介をする。
「こいつはクリストフ。これでもこの国の第一王子だ」
「王子様っ!?」
シャルロッテは驚いて思わずもう一度カーテシーで挨拶をしてしまう。
「その言い方はひどいぞ、エル。従兄弟の仲じゃないか」
「従兄弟さま、ということはエルヴィンさまも王族の方なのですか?」
「いや、私の父親が王の弟だったから公爵の位にいさせてもらっているだけだよ」
(なるほど。ではお二人ともやはりすごいお方)
すろと、クリストフが手を大きく上げて告げる。
「お前がたいそう溺愛していると聞いたからどんなご令嬢かなと思ったが、やはり可愛らしいお方だな」
そういってクリストフはシャルロッテに近づくと、彼女の前に跪き、手の甲に唇をつけてちゅっとする。
「え?」
「なっ!」
シャルロッテが初めての経験に戸惑いを覚えている一方、エルヴィンはその行為の裏にある『意図』を受け取って顔をひくつかせる。
エルヴィンだけ彼の『意図』が自分へのからかいだと気づいてわかり、余計に敵意むき出しの顔を見せるが、一瞬でその表情を引っ込めて何もないかのように涼しい顔をする。
クリストフはすくっと立ち上がると、一礼をしてシャルロッテに挨拶をした。
「シャルロッテ嬢、ぜひこのクリストフとも仲良くしていただきたい」
「え、ええ。もちろん。よろしくお願いいたします」
さきほどの行動の意味がわからないシャルロッテは慌ててお辞儀で返すが、ただのお辞儀かカーテシーかわからない中途半端な礼をしてしまう。
その様子を見てクリストフは優しく微笑むと、そのあとシャルロッテに見えないように自分の顔を隠し、そのままエルヴィンに話しかける。
「なるほど、これは溺愛する意味もわかるな」
「……」
エルヴィンの顔はひくひくと引きつってクリストフに怒りの視線を向ける。
「お前がそこまで感情を露わにするのを初めてみるよ」
「感情的になどなっていない」
「その否定がすでに感情的だ」
シャルロッテは見たことがないエルヴィンのすねたような表情に、驚きつつもその表情を見られたことに胸が高鳴っていた。
(エルヴィンさま、こんな表情もされるんだ。ほんとに気を許した方なのね)
「じゃあ、名残惜しいけど公務があるから失礼するよ。邪魔したね」
「ああ、もう十分いすぎるくらい邪魔をしたから帰れ」
「ちょっとそれはひどいんじゃないか!? 仮にもおさななじ……」
「ああ、幼い頃に少しだけ一緒にいた従兄弟だな」
「なんかエルが冷たい!!」
そう言いながらシャルロッテに縋りつこうとするクリストフをかわす様に、シャルロッテを自分のもとに抱き寄せる。
「エルヴィンさまっ!?」
「その手にはのらん」
「ちぇっ、シャルロッテ嬢に近づけると思ったのに」
「お前は人の妻に手を出す下衆なやつだったのか」
「まさか!? 冗談だよ。今度は全員でお茶でもしよう」
「お前のその性根が治ったらな」
「俺を悪いもの扱いして! もうエルなんて知らないっ!」
まるで恋人に向かって言うように口をとがらせて言うと、そのままクリストフはエルヴィンの執務室から出て行った。
まるで嵐のように現れて去っていく彼の退室を見守った二人。
部屋にはシャルロッテとエルヴィンが残された。
(とても不思議なお方です。それにエルヴィンさまもとても表情が柔らかかった。気心が知れているのね)
そっと抱き寄せた腕を離すと、エルヴィンはため息を一つ吐く。
「すまない、あいつがいろいろとちょっかいを出して」
「なんだか賑やかなお方でした」
「王子なのにちょっと落ち着きがないというかなんというか。まあ、公務ではそんなことはないんだがな」
エルヴィンは再び執務椅子に座ると、シャルロッテにはベッドに座るように促す。
「どうぞ」とベッドへの着座を許されたシャルロッテはそのままゆっくりふかふかのベッドに座る。
「でも、素敵なお方ですね」
シャルロッテの言葉にふと手紙を書く手を止めると、机の上で頬杖をついて部屋の奥にある本棚を見つめて言う。
「そうだな、いいやつなのは間違いない」
「そうなのですね、エルヴィンさまが楽しそうでした」
「私が?」
シャルロッテはベッドを立ち上がって、エルヴィンに近寄り話を続ける。
「とても気を許されているのだろうなと」
「ああ、それは確かにそうだな。あいつは私が両親を亡くしたときにずっと傍で励ましてくれた」
「ごめんなさい、聞いたら悪いことを聞きました」
「ああ、大丈夫だよ。もう昔のことだから」
そう言うと静かに昔話を語り出した。
第一王子クリストフがついに登場です!!
彼は書いてて楽しいんです(笑)
皆さんは誰が好きなのかな……
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