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第1話 虐げられた少女の運命の出会い

本作は『人生で一番幸せになる日』の書籍版をベースにした作品です。

(2023年に発売、2025年2月に引き下げましたので、掲載します)

「今日はパンが入っているの!? 嬉しいわ、ありがとう!」

「…………」


 少女のお礼の言葉に対して、メイドはまるで聞こえていないかのように何も返事を返さない。


 メイドがなぜこんな態度を取るのかというと、この家のメイドは基本この少女と言葉を交わすことを禁じられているからだ。

 この家のメイドは皆、少女をこのように雑に扱う。

 それがこの家、ヴェーデル伯爵家の決まりであり、この家の当主であるヴェーデル伯爵が決めた少女の待遇であった。  

 

 信じられないほどの酷な待遇を受けているこの少女はれっきとしたこの家──ヴェーデル伯爵家の令嬢であり、名をシャルロッテ・ヴェーデルという。


「ずーーーー」


 シャルロッテはメイドから配給されたスープをはしたなく音を立てて飲む。

 今日は特別にパンを切り分けたときに出た、切れ端にも満たない、切りくずのようなパンが入った野菜くず入りのスープだった。

 彼女はなんのためらいもなく器に口をつけて飲んだあと、底のほうに残った野菜の残りは自らの手で手繰り寄せて食べる。

 その様子をまるで汚物を見るような蔑んだ目でメイドは見つめていた。


「はぁ……、今日も美味しい」


 スープを飲み干すと、スープで汚れた手を自らのスカートで拭き上げた。

 メイドは冷めた目で見つめながらも全て飲んだことを確認すると、すぐさまスープの器を下げる。


「美味しかったわ、ありがとう」

「…………」


 メイドはシャルロッテと目も合わせないうちに、早々にドアを開けて去っていく。

 建付けの悪いドアがまた不規則にガタガタと音を立てて閉まった。


 メイドが去った後、シャルロッテはうんと伸びをする。


「さあ、今日もがんばりましょう!」


 シャルロッテは椅子から立ち上がり、スープが一滴零れて濡れている机を、自身の着ている薄汚れたエプロンで綺麗に拭き上げる。

 彼女は満足そうに笑みを浮かべると、机のすぐ横に置いてあった木の物置きの上にあるペンとインクを取って、机の上の定位置に並べる。


 そうして彼女は、『ノルマ』の達成に向けて作業を開始するのだった。


 机の引き出しから真っ白な紙を取り出すと、ペンにインクをつけてすらすらと文字を書いていく。彼女はいつもヴェーデル伯爵家から出す手紙の代筆を全て一人でおこなっていた。


(私にできるのは手紙を書くことくらいなんだから、しっかりお役に立たないと)


 そう言って、彼女は長年の代筆で培った速さと流れるような美しい文字をひたすらしたためていく。

 ところが、暖房器具などないこのボロ小屋では寒さがより身体に沁みる。今日は木枯らしも吹き、一気に気温が下がっていたこともあって、肌寒い温度になっていた。


 シャルロッテは自分の手で口元を覆うと、息を吹きかけて温める。


「はぁーー」


 この小屋はドアの隙間だけではなく、各所から隙間風が入る建付けであり、雨が降ったときには当然雨漏りもしてしまう。


 明かりは薄暗く、小さな窓から入る光を頼りにシャルロッテは器用に文字を書く。

 彼女の作業机はただの木の板を重ねただけのため、机の上がへこんでいたり溝ができていたりとデコボコして書きづらい。

 それでもシャルロッテはそのデコボコの具合に合うように紙を置き、上手に文字をしたためる。


「次は男爵家へのお手紙ね」


 シャルロッテは手紙を書く上で最低限の知識や教養は、ヴェーデル伯爵夫人の命で来た家庭教師より教えられている。

 しかし、逆に言えばそれ以外のことは何も教えられていなかった。メイドどころか、彼女は自身の家族までもから虐げられていた。


 なぜ、このような境遇に彼女は身を置くことになったのか。

 それは彼女の「容姿の秘密」が関係していた。



◇◆◇



 ────十七年前。


 シャルロッテはヴェーデル伯爵家の長女として生を受けた。


「奥様、可愛い女の子ですよ」

「まあ……嬉しい……」


 しかし、抱き上げたメイドが元気に産声を上げるシャルロッテに違和感を覚える。


「この子……目が……」


 メイドたちが不思議がる様子を不安に思い、ヴェーデル伯爵夫人は苦しい身体を必死に起こして、メイドが抱きかかえる赤子を覗く。


「ひいっ!」


 ヴェーデル伯爵夫人は言葉を失い、手で口元を覆った。


「金色の……目……」


 ヴェーデル伯爵夫人が見たものは、シャルロッテの『金色の目』だった。

 我が子の目を見て恐れおののき、そして力なく彼女はへたり込む。メイドは床に座ってうなだれる彼女に声をかけた。


「奥様……旦那様には……」

「あの方には、私からお伝えします。あなたはこの子をすぐに『離れ』に連れて行きなさい」

「かしこまりました……」


 こうして赤子──シャルロッテはすぐさま『離れ』へと連れていかれた。

 伯爵夫人がこうしたのには訳があった。


 ヴェーデル伯爵家にはある言い伝えがある。

 『金色の目』を持つ者が生まれた場合、その子は一族に災いをもたらすと──。


 ヴェーデル伯爵は、夫人から生まれた子供が『金色の目』であったことを伝え聞くと、自分の子であるシャルロッテを一目見ることもないまま『離れ』に幽閉することを正式決定した。


「旦那様、奥様。シャルロッテ様はミルクを規定量無事に飲み終え、本日は一五時間お休みになりました」

「別に仔細の報告はしなくて良い。生きているかそうでないかだけ伝えよ」

「……かしこまりました」


 こうして今日まで生きるぎりぎりの生活を強いられたシャルロッテは、家族や家に仕える者たちに冷遇されながらなんとか毎日を生き延びていった。



◇◆◇



「できあがった!」


 シャルロッテはヴェーデル伯爵より与えられた手紙の代筆という『ノルマ』を終え、伸びをする。

 すると、突然乱暴に離れのドアが開けられて、外の光がぶわっと中に差し込んだ。


「ゴホッ! ゴホッ! 何これ、埃臭い……」

「エミーリア……様」


 エミーリアはシャルロッテの実の妹であり、『金色の目』を持って生まれて虐げられたシャルロッテとは違い、本邸で暮らし、両親からそれはそれは大切にされている。


「もう! なんで私がこんな汚いとこにこなくちゃいけないのよお~」


 エミーリアは床にはった蜘蛛の巣を嫌がるように、靴を上げる。


「わざわざ来ていただいて恐縮です。ありがとうございます。……何かわたくしの仕事に不備がございましたでしょうか?」

「不備? そんなことは私にはわかんないわよ。私はただお父様にあんたを呼んでくるように言われたから来たのよ」

「わたくしを、でしょうか?」

「そうよ、あんたに婚約の話が来てるのよ!」

「わたくしに、婚約……?」


 この婚約がシャルロッテの運命を大きく変えることになる──。


読んでくださってありがとうございます!!

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