第30章 記憶の影、静かな謎【前編】
王都での新生活が始まって数日が経った。
この日、セラは魔族街の細い路地を歩いていた。
情報集めも兼ねて久しぶりに馴染みの菓子店を覗くと、店の前で懐かしい声がした。
「……もしや、セラ様?」
振り返ると、落ち着いた雰囲気の魔族の男性――グリモがいた。
髪にわずかな白が混じる30代半ば、今では魔族街のまとめ役として尊敬されている人物だ。
「グリモ。立派になったわね」
セラが微笑みを向けると、グリモも少し恥ずかしそうにうなずいた。
「子どもの頃、西門で転んで泣いていた僕に、セラ様はいつも手を差し伸べてくれました。
祖母のミリエルも、母も、“セラ様は変わらない方”だと、家族みんなで語り継いできたんです」
「ミリエルのパンは、よく焼きすぎて香ばしくなっていた。あなたのお母さんが小さな頃、よく台所で粉まみれになっていたのも懐かしいわ」
グリモは驚きと感慨の入り混じった表情を浮かべる。
「まさか、母の子ども時代のことまで……。
祖母が“セラ様に会うと、時代が巡る”と話していましたが、本当にその通りなんですね。
私が成長し、大人になり、家族を持った今も――セラ様は何一つ変わらず、こうしていてくださる」
「あなたの家族は、時代を超えてずっと私の支えになってくれた。思い出は尽きないものね」
「祖母も母も、“どんな時代もセラ様がいれば大丈夫”と、本気で信じていました。
私も同じ気持ちです。……どうか、これからも変わらずこの街にいてください」
セラはやさしいまなざしでうなずいた。
「ありがとう、グリモ。あなたたち家族の記憶も、私の大切な宝物よ」
***
広場の端でそのやりとりを目にしていたカイたちは、しばらく言葉もなく見つめていた。
「今、“祖母のころから”って……本気で何世代も前から知り合いなんだな……」
ジークが思わず低い声でつぶやく。
「セラって……どれだけ長く生きてるんだろう」
リュナが不安そうにカイに寄り添う。
カイは静かに息をのみながら、
(目の前のセラは――本当に時代を超えてここにいる存在なんだ)
と、ゆっくり胸に落とし込むのだった。
「記憶の影、静かな謎【前編】」をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、セラが王都・魔族街で出会う古い友人グリモとの会話を通じて、
“変わらない存在”であるセラの長い年月や、彼女を取り巻く人々の温かさ、そして彼女自身の孤独や優しさを描きました。
グリモが家族の思い出や祖母の言葉を語ることで、セラの存在が「伝説」や「不思議」ではなく、
誰かの人生の大切な一部として受け継がれている――
そんな繋がりと、時の重みを少しでも感じていただけていたら嬉しいです。
次回後編では、カイたちが感じた謎や衝撃が、さらに物語を動かしていきます。
セラ自身もまた、自分の“過去”と“仲間”のあいだで、ささやかな一歩を踏み出すことになるはずです。
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これからも『魔導密度戦記』をよろしくお願いします!




