プロローグ 天邪鬼はすぐそこに
人間には誰しも、嘘というものがある。
嘘をついたことのない人間なんて殆ど、いや、いない、と言い切っても過言では無いのだろうか。
そして、自分自身も、嘘をついたことがある。取り返しのつかない、人生が狂った原因ともなった嘘を。
「...あれ?」
いつの間にか眠っていたのか、電車の中で目を覚ました。
周りを見渡して見るが、誰もいない。ここは終点、というわけでもなければ、目的地で降り忘れた、という訳でもない。しかし、この時の自分は眠気で判断力が鈍っていたのだろう。何も考えず、本能のままに電車を降り、気付けば街中を歩いていた。
街の中は、驚くほど静かだった。店が閉まっている、という訳ではない。ただ、歩いている人を見かけないだけなのだが、それでも、強く孤独を感じさせられた。
しばらく歩いていると、人影が見えた。距離が不十分なのか、ピントが合わず目をよく凝らす。
すうると、向こう側にいる人物が何かに気付いたかのように、こちらに向かって走ってきた。
...こちらに走ってきてるのを見た自分は、何故か、振り返って駅に向かおうとしていた。
特に考えたわけではなかった。ただ、体が動いたから。ただそれだけの理由だ。
だが、そんなくだらない理由でも、動くには十分だった。しかし、ゆっくりと歩いている自分が、走っている人物に追いつかれるのは当然のことで...
「あの!!」
後ろから声を掛けられる。
流石に、声をかけられて振り返らないのは失礼だろう。
「...どうか、しましたか。」
「どうかしましたかって...!!」
「なんで、私から逃げるの!!」
「逃げる?僕はそうしたいと思ったから振り向き、歩いただけですが?」
「嘘を付かないで!!」
「嘘、といいますが...」
「私はただ、貴方と話がしたいだけなの!!」
「話...失礼ですが、何方でしょうか?」
「え?」
「僕はあまり、初対面の方とお話しするのは得意ではないので。」
「そうして...そうして、貴方はいつまでも逃げるの!?」
「だから、僕は逃げているわけでは...」
「...そう、意地でも本当の事を言いたくないのね。」
「はぁ...」
「...じゃあ、待ってて。私があなたを救ってあげるから。」
救う?彼女は、一体何を言っているのだろうか。
僕が救われる...なんて...
僕は十分救われてるんだよ
それに...僕は"救う側"だ。
僕には、夢があった...救いたい人がいる。
その人はきっと、救われることをいやがる。
それでも、やらないわけにはいかないんだ...
左腕を軽く撫でて、呟く。
「僕が、必ずお前を救う」
僕がお前を救う時、その時初めて───
──────僕は、救われるんだ。──────