9 思考停止
旧校舎。文芸部の部室の前に行くと、『※入部希望者が定員に達した為、募集は締め切りました』との張り紙が見えた。また隣にある写真部の部室にも、同様の張り紙がしてあった。
「あらら、空振りだね。どうする?」
「確か、すぐ近くに玩具部がござった。そこへ参ろう」
玩具部の部室の扉には、締め切りを示すような張り紙はなかった。ノックするが応答はない。中から人の気配はする。カタカタと音がするだけだ。許可はないが、とりあえずドアを開けてみると、パソコンが並んだ部屋で6人程の男子生徒が、ディスプレイを睨みつけるようにして、キーボートを叩いていた。
「……あの、……部活見学なんですが……」
「どうぞ」
すると、一番手前にいた男子生徒。おそらく先輩だろうが、チラリと目線だけを寄こし、それだけ言って、またディスプレイに視線を戻した。
聞こえてくるのは、『カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ』というキーボードを叩く音だけ……。
しばらくボクたちはその様子を茫然と眺めていたが、誰一人こちらを向く様子もなかったのもあって、そのまま「失礼します」とオモチャ部の部室を後にした。
「何だか、凄かったな……」
「ふむ、さすがの拙者も怖れ慄いてしまいもうしたわ。えっと、気を取り直して、釣り部に行ってみましょうぞ」
旧校舎を出て、裏門の方へと回る。釣り部は活動が校外になることが多い為、門近くにあるそうだ。現在の学校警備は警備会社に依頼していたが、ひと昔前まで教師が当番制で泊まり込んでいたらしく、その為の宿直室が今の釣り部の部室になっているとのこと。
部室の扉は開いたままになっていた。中を窺うと、手前は土間のようになっており、奥半分の小上がりに畳が敷いてあった。その畳の上に数人の男子生徒が寝転がって、何やら談笑していた。数人だが女子部員もいるようだ。
「すいません。部活動見学に来たのですが」
釣り部の部室の扉の外から声を掛けると、釣り部の部員たちは跳ね起きて「オォォォ」とボクたちに向って拍手をした。オモチャ部と違って歓迎ムードだった。
そして畳の上に迎えられたボクたちは、廃品を拾ってきたような丸いちゃぶ台の前に並んで座らされた。冷たいお茶が振舞われ、6人程の釣り部の先輩たちに囲まれた。
「釣り部のメリットはね。餌を保管する為に部室に冷蔵庫があることなんだ。凄いだろ~」
「……はぁ」
何とも答えようのない自慢である。
「ようこそ、釣り部へ。君、背が高いね。釣りにあまり関係ないけどね」とハハハと笑う。
「釣りが好きなの?」
「餌釣り派? ルアー派?」
「い、いえ、釣りはしたことはないのですが……」
一応、面接のようなものなのかもしれないが、誰かが代表して訊ねてくるのではなく、全員から捲くし立てられる。
「そうなの? ビギナーなの? でも大丈夫。ちゃんと教えるから。俺が魚を釣らせてやるから」
右の方から、ボーズ頭の釣り先輩がサムズアップした。
「……はぁ」
「イヤイヤ、釣りは運だから。ボクはね、――釣れるんじゃない、釣ってるんだ――とか言う奴、大っ嫌いなんだよね。自然への感謝の気持ちがないよね。そう思わない?」
今度は左から、ちょっと理屈っぽそうな眼鏡の先輩が呆れたような顔をしてヤレヤレポーズ。生まれて初めてヤレヤレポーズをナマで見た。
「……はぁ」
「何だと、コノヤロウ。前途有望な一年生に日和った釣りを教えてんじゃねーぞ。勝負するか?」
「ふっ、自然への感謝がないヤツに負ける道理がない」
ボーズ頭の先輩と理屈っぽそうな先輩は、それぞれ釣り竿を握り締めて部室を出て行った。
「ねえ、ねえ、入部するの?」
女子部員の先輩が話し掛けてくる。
「い、いえ、見学に来たのですが。活動日程とか、土日は休めるか、などをお訊ねしたいのですが」
「……ぁん!?」
「ムフフ、我が釣り部にそんなものはないよ。俺たちが決めることじゃないからね。いつ釣りをするのかは、お月様が決めることなのさ」
ドヤっという顔をする角刈りの先輩。
「……はぁ」
「釣りはさ、釣れなきゃ面白くないでしょ? だから釣れるには、いつ? どこで? 釣りをするかってことになる。わかるかな?」
複数からぐちゃぐちゃに言われて、何が何だか判らない。
「……はぁ」
「まあ、場所に関しては、もちろんビギナーの君たちには入部記念にそれなりに釣れるポイントは教えてあげるよ。だけど本当に大切な釣場ってのは、釣人にとって宝物なのさ。誰にも漏らしたくない秘密なんだ。だから君たちには、是非、自分の足でフィールドを回って開拓していってほしいんだよね」
「……はぁ」
「でもね、いつ釣るかは、そんなに難しくないんだ。もちろんそのポイントによって釣れる時間やその水位なども関係してくるけど、大凡、潮の流れで決まって来るからね。当然、干満差が大きい方が流れが強くなるし、魚の活性が上がる。まあ、いろいろ自然相手だから、雨が降ったり、気圧が関係したり、一概には言えないんだけど、まずは潮が大きい日に釣りに行こうか」
そして、小さな小冊子のようなものを手渡される。釣具屋で無料配布されている潮見表らしい。爺ちゃんとよく潮干狩りに行っていたのもあって、スマホにタイドグラフは入っていたが……、とりあえず頂いておいた。
「この潮見表を見て、そのポイントで釣れた時の潮の大きさや水位なんかを確認するといいよ。そしたら、次、いつ釣りに行けば判るからね」
「……はぁ」
「つまりね、釣り部が活動する時間は、釣りがしたいと思ったその時なのさ。昼でも夜でも、授業中でも、釣れると思ったらフィールドに立つのが、俺たち釣り部なのさ」
釣り部の先輩は、――良い事言った――という顔でこちらを見ていたが、何が――つまり――なのか?? その反応に困って固まってしまった。
「釣の種類も、餌釣り、ルアー、フライ他、いろいろあるからさ。その辺は経験していくうちに、好みの釣り方を模索していくといいよ。まずは是非、釣り部に入部してくれたまえよ」
帰り際、ルアーを見せられた。つまり疑似餌だ。どうやらバルサ材を削って先輩自ら作ったお手製のモノらしく、その作製うんちく話もかなり長かった。
が、この辺りからボクは思考を停止させた。




