17 彼女カラ強烈ナ性欲ヲ感ジタ
ボクと入れ替わってユーゴが学校へ行ったその翌日、園田は忍者のようにススっと近寄って来た。
「報告。昨日のミッション、恙無く遂行できたでござる」
園田は腰をかがめ何かを期待しているような目でジッとボクを見上げた。……これはノッた方が良いのか? 世話になったからね、仕方ない……。
「うむ。ご大儀であった!」
これで良いのか判らなかったが、殿様っぽく言ってみた。
すると園田の顔がパッと輝く。どうやら正解だったようだ。
「ただ……然したる問題はなかったでござるが、一つだけ奇妙なことがあったでござる」
園田は首を傾げて思いを馳せる。
朝、姉ちゃんに送られて教室へ入って来たユーゴを、園田は席まで案内してくれたそうだ。すると、そこへいつもの様に花子が朝の挨拶に来たらしい。
その時のユーゴはマスクを着けていたそうで、表情ははっきり窺い知れなかったが、花子の方をジッと見ていたらしい。
園田は、話が出来ないユーゴに代って――風邪をひいて声が出ない――旨を花子に伝えていたそうだが、その時突然ユーゴは指先から血を流し、その手を花子に向けたそうである。
すると花子はユーゴのそのいきなりの講堂に驚いたのか、一歩二歩後退って、そのまま顔を覆って立ち去ってしまったらしい・
「ユーゴはどうして怪我したの?」
「それが……判らんのでござるよ。すぐに絆創膏を渡したでござるが、その時にはすでにユーゴ殿の指先に傷はなかったでござる……キツネに抓まれたようでござった」
小さな切り傷や擦り傷ぐらいならユーゴは一瞬で治す。朝練の時に何度も見た。これは夏穂が言う治癒や回復ではなく、魔力で細胞を活性化させて自己再生を早めているのだそうだ。それにしても絆創膏持ち歩いてる……園田の女子力高い。
「何だか良く判らない話だね……」
園田も首を傾げる。
「そうでござろう? その後はいつも通り昼休みと放課後に何人かの女子が告白してきたでござるが、風邪を理由に拙者が断っておいたでござる。罵倒まではされませなんだが、凄い目で睨まれたでござるよ」
「ごめんね。今度、きちんと御礼するから」
「いやいや、拙者はすでにご褒美を頂戴してるでござるよ。悠里隊長から手作り弁当を頂戴したでござる。しかもお昼をご一緒出来たのは光栄の極みでござった」
有難そうにしている園田には申し訳ないが、お弁当を作ったのは母さんである。
帰宅してすぐに花子のことをユーゴに訊いてみようと思ったが、やめておいた。どうも話が複雑そうであり、通訳の夏穂がいる時の方が良いと思ったからだ。
そして休日。土曜日の朝練。是非参加したいという薫子さんも今日は来ていた。そしてなぜか全員が『CCC』のロゴマークが入ったカンタ〇リーのジャージを着ていた。
ボクとユーゴはいつものお揃いの黒で、姉ちゃんはボクが中学時代に着ていた赤と黒のツートーン。夏穂は、どこで買って来たのか? ピンクのカンタ〇リーだった。
そして薫子さんまでも紺色のカ○タベリーのジャージを着ていた。以前から持っていたのだそうだ。ボクのラグビーの試合観戦をする際、保護者に紛れる為に買ったとのことだ。
「カオルコにも魔力あるよね?」
薫子さんは「へっ?」という素っ頓狂な顔をしていたが、それを聞いた姉ちゃんは愕然と膝をついた。
当初は朝練に参加していた姉ちゃんだったが、いくら「ファイヤーボール」と声を張り上げようが、「ストーンバレット」と叫ぼうが、当然だけど何もおこらなかった。
そして遂に魔法を諦めた姉ちゃんは、近頃はひたむきに受験勉強をしている。国の最高学府も狙っているらしい。だから今は息抜きでたまに顔を出すだけになっていた。
「霧島さんまで……、なんで私だけ魔法が使えないのよ……」
負けん気が強い姉ちゃんの泣きそうな顔を見るのは、観ていて切ない。ちょっと心に来るものがある。
「私にこのジャージを着る資格はないわ」
姉ちゃんは胸にある『CCC』のマークを握り潰して、慙愧に堪えないって顔しているけど、魔法とカ〇タベリーは一切関係ないからね。
そもそもが魔力を持っている人はとても少ないのだそうだ。ユーゴは魔力を持っている人を見ればすぐに判るらしいが、街を歩いていてもほとんど見掛けることはないそうだ。たまたま近くに夏穂と薫子さんがいただけ、ということらしい。
「私も判るわよ 。ウチの学校ならユウトとカオルコでしょ。それからボランティア部の……名前知らないけど、ギャル? その二人だけね。中等部には私以外にいないわ」
ギャルというのは、副部長の小坂悠さんだろうか? ほぼ毎日顔を合わせているが、ボクにはさっぱり判らない
「イヤ、モウ一人イルゾ」
「えっ? 誰? 私、気づかなかったんだけど??」
「田中花子ダ」
「えっ、うそだ! アイツは魔力持ってないよ。だって小さい頃から知ってるもん。性悪ってだけだよ」
「意識的カ無意識カハ判ラナイガ、隠シテル?」
そこでボクは園田からの報告を思い出した。
「そう言えば、先日ユーゴが学校へ行った時のことなんだけど、どうして花子に血を見せたりしたの?」
「アァ、実ハ彼女カラ強烈ナ性欲ヲ感ジタ」
強烈な性欲?
「えっ、なに、なに、どうしたの?」
そこで園田から聞いた話を皆に説明した。すると、ユーゴは内容が少し複雑になりそうだったのか、ミドドルーエ語で夏穂に話し始めた。
「そうなんだ……やっぱユーゴはさすがだね」
しばらく経って、夏穂は日本語で感嘆の声を上げた。そして納得したように腕組んでフムフムと唸っている。
「……で? はやく説明しなさいよ」
姉ちゃんが夏穂の脇腹をツンツンと突く。
「くすぐったいでしょ! ちょっと待って。今、纏めてるところだから、ま・りょ・く・で!」
魔力と言われた瞬間、姉ちゃんは清々しい朝の空を死んだ目で見上げていた。
どうやら花子がユーゴに寄って来た時、夏穂が言ったようにユーゴも最初は魔力は感じなかったそうだ。ただ花子は――強烈ナ性欲――を体から発していたらしい。
「発情期ノ魔物臭ガシタ」
それはフェロモンのようなものだろうか? 人にそう言った行動をする魔物はごく限られていて、サキュバス、ヴァンパイア、ハーピー、セイレーンのそのどれかではないか? とユーゴは言っているとのことだ。
そして、それらの魔物に共通するのが、巧妙に魔力を隠すことと血に飢えていることらしい。
だからユーゴは、花子に血を見せることで、その正体を探ろうと考えたそうだ。
「それで、どうだったの?」
「ワカラナカッタ。見極メル前ニ去ッテイッタ。ソノ後ハ、オレヲ避ケルヨウニ 近ヅイテ来ナカッタ。タダ血ヲ見テ狼狽エテイタノハ間違エナイ」
そう言われてみると、ユーゴと入れ替わった日の後ぐらいから、花子に話し掛けられなくなっていた。
ユーゴが言うには、前世がそのいずれかの魔物だったのではないかとのことだ。つまり夏穂のような転生者。ただその自覚があるかどうかは判らないそうである。
ユーゴがそう言うのならそうなのだろうが、子供の頃から見知っている幼馴染とも言える花子が魔物の生まれ変わりと言われても、ボクには今一ピンと来ない。
ただ今は人間であることは間違えないのだから、気にする必要はないのかもしれない……とも思う。
魔法の朝練を始めてひと月半が経ち、12月も半ばになった。川原を吹く風も冷たくなり、ジャージだけでは少し肌寒く感じるようになってきていた。
その頃ぐらいから、夏穂は朝練に顔を出さなくなった。猫はコタツで丸くなるのが常識なのだそうだ。
姉ちゃんも漸く受験に本腰を入れ始めたようで、部屋に籠って勉強をしている。
代わりにと言っては何だが、すでに隣街の女子大への推薦入学が決まっていた薫子さんが週に何度か朝練に参加するようになっていた。
最初は戸惑っていた薫子さんだったが、体内にある魔力を意識できるようになってからは、その上達は早かった。お世辞にも運動神経が良いとは言えなかった薫子さんが身体強化して動く姿は見事と言わざるを得なかった。
「薫子ハ凄イナ……」
ボクとユーゴの視線の先にあるのは、縦横無尽に暴れまくっている薫子さんの胸である。「……薫子さん……まさか、ソレ、ワザとやってます?」と言いたくなる程、堂々と巨大な胸を揺らしていた。
ユーゴ曰く、薫子さんの魔力は聖女セーナ以上だそうだ。つまり益田聖奈と同等或いはそれ以上の魔力を持っているらしい。血の繋がった姪と叔母だから、そんなこともあるかもしれない。目鼻立ちとしては薫子さんの方がかなり優しい感じだが、似ていると言えば似ている。長身であるこや胸も。
そう言えば以前、夏穂が治癒魔法や回復魔法について訊いたことがあった。その時、ユーゴは無いと答えていたけど、だったらアノ母親はなぜ聖女だったのだろう? 聖女と言えば治癒ってイメージだけど……。
それについてはユーゴもよく判らないそうだ。勇者は父・悠升より以前にも何名かいたことが文献に残っているそうだが、聖女などと言うモノはいなかったそうである。
ユーゴの教育係であるファリーという人が言うには、自分でそう名乗っていただけでニックネームのようなものなのだそうだ。勇者の指輪をつけていたこともあり、実は彼女の方が勇者だったのではないかという話もあるのだそうである。実際、彼女が治癒や回復の魔法を使っていたという話は聞いたことがないそうだ。
ユーゴと二人だけの時は、爺ちゃんが買ってくれた木刀を使って剣の稽古ばかりしていた。
剣を交えながら、ユーゴは異世界のいろんな話をしてくれた。
ユーゴに剣を教えてくれたのは、ラーという人らしく、姉ちゃん憧れのダークエルフなのだそうだ。オッパイが大きくてとても優しい人なのだそうである。またユーゴにはファリーという教育係がいて、この人は人族で貧乳だがとても頼りになる人なのだそうだ。
辺境の村を出て王都へ行ってからのユーゴは、父・悠升の屋敷でその二人とずっと暮していたとのことである。
また王立アカデミーという貴族の学校に通っていたという話もあった。その学校は親の地位でクラス分けされているのだそうで、タカナシ公爵令息だったユーゴは一番上のクラスに在籍していたそうだ。また授業であったことや、決闘をした話なんかもしてくれた。
また魔力量は桁違いに大きく、幼い頃から魔物が蔓延る魔岳で遊んでいたいユーゴにとって、普通の魔力しか持たない子供が通う王立アカデミーは退屈だったとのことである。
「ユーゴは凄いんだね」
「イヤイヤ、オマエモダカラナ……。技量ハトモカク、魔力量ハ母親ノ腹ノ中デ決マル。成長ヤ努力デドウコウナルモノデハナイ。ソノ点、父ト母ニハ感謝ダナ」
ボクが感心していると呆れた目で見られた。が、実はユーゴも辺境の村を出るまで、自分が特別強いとか、魔力が飛び抜けて強大だとか、あまり自覚はなかったのだそうである。
とても眩しそうに空を見上げながら異世界の話をするユーゴからは、その望郷の念が垣間見えた。




