13 プルメリアの水
台風休暇が明けたその翌日、薫子さんに――ボクの本当の母親が益田聖奈ではなかった――ことも含め、ある程度の事情を話した。
あまりに非現実的な話に、信じて貰えないかもしれないと思っていたが、薫子さんはボクの話を真剣に受け止めてくれた。
「そうだったのですね……。いろいろ教えて下さってありがとうございます。それに……誘拐ですか。叔母が大変申し訳ないことを致しました」
薫子さんはわざわざ自転車から降りて頭を下げた。
「いえいえ。ボクに益田聖奈さんを責める気持ちはありませんよ。もし彼女がいなかったら、今の生活もなかったわけで……」
それは半ば本心とも言えた。
ボクの記憶にあるのはあのボロアパートで暮した数か月間。辛くなかったと言えば嘘になるが、誘拐された時のことも、誘拐される以前の思い出もなかった。ボクにとって何より大切なのは、今の家族であり、今の暮しだった。
だから、もし益田聖奈に誘拐されていなければ――、日本に連れて来られていなければ――、爺ちゃんとも逢えなかったわけで、感謝はさすがに言い過ぎだとしても、結果的に良かったのではないかと思ってしまう。
「それで……。このことは……」
「そうですね。秘密厳守というわけではありませんが、あまり他人には言って欲しくないです」
近頃、語尾が消えゆくように話す薫子さんの話し方にも慣れて、その意図もうまく掴めるようになった。
「はい。わかりました。……あっ、アレ……」
すると薫子さんは突然スマホの操作を始めた。おそらく何かを思いついたのか、思い出したのだ。
「これを見て下さい。これは6月半ばに悠斗くんを撮影した……と思っていた画像なのですが……。」
そして見せられたのが、やや遠目から河川敷グラウンド越しに河川を写したものだった。
「何枚かあるので、スワイプして下さい」
画像を送っていくとそれは連続写真になっていた。そこにはオペラでも歌いそうな昔のヨーロッパ風の格好をしたボクではなく――
「たぶん、これ、ユーゴですね」
おそらくユーゴが異世界から転移させられて来たばかりの頃のモノだろうと思う。ピンチアウトして顔に焦点を合わせると、今よりやさぐれているというか、やつれているというか、眼光だけがギラギラした鋭い目をしたユーゴが写し出されていた。
「やっぱり……。少し変だと思いました」
薫子さんと別れ帰宅すると、貴族服ではなくカン〇ベリーのジャージを着たユーゴが、ボクの帰りを待ち兼ねたように玄関先で出迎えてくれた。ゴルゴンゾーラと並んで嬉しそうにシッポをブンブン振っている(ように見える)。
警察から任意同行させられた翌日のことであり、今日一日、家中で大人しくしていたそうだ。
「コノカミノケ ガ ヨクナカッタ」
ユーゴは、さも結論が出たとばかりに、唐突にボクに訴えかけた。
何を言っているのかと?? 首を傾げて何度か訊き返していると、どうやら髪型のことを言っているらしかった。警察が――長身長髪の若い男性――という特徴でユーゴを捜していたからだそうだ。身長と年齢はどうにもならないが、髪型だけでも何とかしたいらしい。
「エイヘイ ニ ツカマルノハ モウ ゴメンダカラナ」
エイヘイとは警察のことを言っているようだった。
「オレ ノ カミ ヲ キッテクレ」
と言われても……ボクは髪を切ったことはない。上手く切る自信もないで、商店街にある行きつけの理容室へユーゴを連れて行くことにした。
ボクら二人がお揃いの黒のカ〇タベリーのジャージを着て店に入ると、床屋のおじちゃんはボクとユーゴに何度も目を行き来させていた。
「……悠斗は双子だったのか?」
散髪中、高校でラグビーをしていた床屋のおじさんとはいつもラグビー談義で盛り上がるのだが、今日のおじさんはそれどころではなかった。
「つまり悠斗は悠合さんに引き取られ、お兄ちゃんの悠五呏君はお母さん……つまり聖奈ちゃん? に育てられてたってことか?」
「ん~、まあ、何となく。そんな感じかな~?」
根掘り葉掘りと訊かれるが、誤魔化すのが大変だ。別に秘密にしたいわけではないが、話せば話す程訳が判らなくなるだろう。
異世界には床屋のようなものがないのか、辺りを見渡しユーゴが戸惑っていたので、ボクから先に切って貰うことにした。いつもと同じく横と後ろを短く刈り上げ、上部はふんわり立つぐらいの長さに切り揃えて貰う。
「で、お兄ちゃんの方はどうする? かなり長いが……」
後ろで縛ってある紐を解くと、ユーゴの髪は、尻に届くほどあった。
「ユート ト オナジデ オネガイスル」
「勿体無いね、ホントに切っちゃって良いのかい?」
「タノム」
斯くして一時間後。同じ顔、同じ体形、同じ髪型、同じジャージを着た二人が出来上がってしまった。
「まったく見分けがつかんな。我ながら良い仕事した」
散髪した床屋のおじちゃんはボクとユーゴを見比べて満足そうな顔をしていた。確かに二人並んで鏡に映る自分たちの姿を見ても、その違いが判らない程だった。
ゆーたいりだつーう が出来そうな感じである。
床屋のおじちゃんには一応、口止めしておいた。別に知られて困ることではないが、一応だ。面倒は御免だ。
帰宅して、ボクらを見た母さんは腹を抱えて笑っていた。
「そこまで同じにする必要があったかしら?」
「まったく見分けられんな……」
爺ちゃんは笑いを堪えながらも少し困惑していた。確かにボクやユーゴの顔にはホクロか傷なんかの特徴もなく、簡単に見分けるような特質した点が一つも無かった。
「まあ、良くみればユーゴの方が、目つきが鋭いわね。悠斗はぽやぽやしてるもの」
ぽやぽやと言われ、ちょっとムッとして姉ちゃんをキッと睨んでみたのだけれど「なんか、違うのよね。たぶん悠斗には場数が足りないのよ」と頭をヨシヨシ撫でられた。
「ところで、あんたたちは、何の為に教会へなんて行ってたわけ?」
今更隠すこともないので、ユーゴが魔法を使う為に魔素を探していることを姉ちゃんに話した。
「なるほどね。で、ユーゴはそのミネラルウォーターのパッケージデザインは憶えてないの?」
今一、通じていなかったので、嚙み砕いて、「水の見た目は憶えてる?」と訊ねる。
「シロイハナ ガ アッタ」
白い花?
姉ちゃんがタブレットを持って来て、「これ?」と画像を見せた。それは海外セレブがご愛飲していることで有名なプルメリアの花が描かれたお高いミネラルウォーターだった。飲んだことはなかったけれど。
「ソウダ コレダ! マチガエナイ」
するとユーゴは目を丸くしてタブレットを指した。
「……」
一発で見つかってしまった……。
わざわざ教会へ行き、警察沙汰(?)にまでなった昨日の騒動は何だったのだろう……。 最初から姉ちゃんに相談すれば解決していたのだ。
数日後に届いたプルメリアの水を飲んだユーゴは満面の笑みでウンウンと頷いていた。
ボクも飲んでみた。確かに胸の奥が沸き立つような感覚があった。川原にぼんやり居るだけより、直接的に――胸の奥にある熱い力――が活発に躍動しているのが分かった。
ボクはプルメリアの水のパッケージにある成分表を見た。
プルメリアの水とコンビニで売っている水や夏穂が持ってきたブルーのボトルとの大きな違いを知る為だ。そしてそこにケイ素の表示を見つけたのである。
もし――魔素と似たナニカ――が原子番号14 Si ケイ素だったなら……。
早速、翌日の学校帰りに薬局に寄ってケイ素のサプリを買って帰った。サプリを使えば、もっと効率的に――魔素と似たナニカ――を摂取できるのではないかと考えたからであった。
だが……違った。
まったく何もおこらなかった。胸の奥が沸き立つような感覚も、躍動する感じもなかった。一度経験してしまえば、ボクでもその違いは判る。
驚かせてやろうと、ユーゴに言わずにケイ素のサプリを買って来たのだが、逆に言わなくてよかったと思う。
――魔素と似たナニカ――って、一体何なんだろ?
大気には殆ど含まれない――が、川原には極微量漂っている――プルメリアのミネラルウォーターにだけ入っている――が、成分表示表には記載されていない。
途方に暮れるしかなかった……。
それでもプルメリア水の効果もあって、ユーゴの日本語は飛躍的に向上した。言語能力に魔力を使ったのだそうだ。
「頭ヲ使ウコト、体ヲ動カスコト、自分ガドレダケ魔力ニ依存シテイタカ、コッチヘ来テ身ニ染ミタ」
片言であることは変わりないが、言いたい事が、以前より断然伝わるようになった。
その後、プルメリアのミネラルウォーターをネットで購入した。1.5リットルのお得サイズだ。
ところがである。この1.5リットルは開封した当初は確かに在った――魔素と似たナニカ――は、冷蔵庫に保管しているうちに消失した。普通の水になってしまっていた。
つまり――魔素と似たナニカ――とは、開封と同時に炭酸のようにジワジワ放出されてしまうモノということなのだろう。
結局――魔素と似たナニカ――を効率良く摂取するには、330ミリサイズがベストという結果に至った。




