12 警察に捕まった
駅で、悠五呏の分の切符を買って、ボクと夏穂は通学用の定期券を使った。9月に買ったボクの定期券は11月まで残っている。
教会は、この街と大都市である隣街のちょうど中間にあり、地元のから駅4つ目の場所だった。北頭学院最寄りの駅の一つ先である為、その差額分を支払い電車を降りた。教会と言えば、この辺りではそこぐらいしかないとのことだ。
これまで隣街へ行く時に通り過ぎることはあっても、降り立つは初めてだった。ボクらが住む街と同じくいわゆるベッドタウンと呼ばれる街であるが、戸建てが多いボクらの街と比べると背の高いマンションが多い。台風の影響はあまりなかったようで街路樹の葉が散っている程度だった。
駅からスマホを観ながら山手の方へすこし歩いた坂の上に教会はあった。何となく尖った屋根の建物を想像していたが、四角い普通のビルだった。教会らしさと言えば、出入口に十字が描かれていたことぐらいである。
「あら、あらあら、久し振りね。元気だった?」
中へ入ると すぐにカウンターの側にいた妙齢のシスターが笑顔で歩み寄って来た。事務員さんが着る制服のようだった。シスターと判ったのは服の色に合わせた紺色のベールを冠っていたからである。
そしてボクとユーゴを見比べて、もう一度「あら」と言った。
「ミズ ハ コノヒト カラ モラッタ アノトキ ワ セワニナッタ」
ユーゴがボクらにシスターを紹介する。
「そうね。あなたが出て行く前に渡したわね」
シスターは胸の前で手を組み祈るようにして、にこやかに頷きながら、それに答える。
「あのね――「初めまして、高梨悠斗と申します」」
夏穂が話そうとしたところでボクが割って入った。夏穂が話すと、魔素とか、異世界とか、話が進まない可能性があったからだ。
「以前は迷子になった兄がお世話になりました。実は兄は外国から帰って来たばかりで、こちらで頂いた水が故郷の水と似ていたらしく、どうしてももう一度飲みたいそうなんです。それで今日は、その水の銘柄を知りたいと思いまして、お伺いさせて頂きました」
こういう時、いつものボクなら他人任せにして後ろに黙って立ている。ボクらしくないことをしているは判っているけれど、日本語を上手く話せないユーゴと、喋ると周囲を混乱させる夏穂とだったら、口下手なボクの方が幾分マシだろうと、そう思ってのことだ。
「はじめまして。お兄さんにあげたお水は寄付で頂いた物なんだけど……どんなのだったかしらね? 全く憶えてないわ……あっ、そうだわ。寄付で頂いたものはノートに記してあるから、何か書いてあるかもしれないわ。ちょっと待っててね」
シスターが奥に引っ込み、ボクらは教会のエントランスに置かれた椅子に座って、シスターを待っていた。それから20分ほどが経った時だろうか。教会の出入口から厳めしい顔をした3人の男性が入って来た。そしてボクらの前に立ちはだかった。
そこに突き出されたのは警察手帳だった。
「こんにちは。あなたは益田聖奈さんをご存じですか?」
問い掛けているのは、ユーゴに対してである。ただボクの顔を見て、少しびっくりもしていた。
「シッテイル」
「えっ……と、日本語は話せますか?」
「スコシ ナラ ワカル」
「すいません。ボクは弟なんですが、兄はまだ日本へ帰って来たばかりで……」
ボクが口を挟もうとすると、警官に手で遮られた。
「すいませんが、少し詳しい事情を訊きたいので、署までご同行願えますか?」
ユーゴはコクリと頷くと立ち上がった。
「イッテクル」
慌てて追い掛けようとしたが、ボクと夏穂は別の警官に止められ名前や住所を訊かれた。そうこうしているうちにユーゴはパトカーに乗せられ教会の前から消え去ってしまっていた。
取り残されたボクたちの前に、気まずそうな先程のシスターが戻って来た。
「ごめんなさいね。増田聖奈さんが行方不明になったのは知ってるでしょ? 私たちには通報する義務があるの。それから、ノートを見てみたけど『ミネラルウォーター』としか書かれてなかったわ」
アンタ、売りやがったな……と言いたいところだが、そんな余裕はなかった。相手が警察となれば、一刻も早く爺ちゃんに知らせなければならない。ただ状況がまったく掴めなかった。
「どうした? 悠斗が電話をしてくるなんて、珍しいな?」
教会から飛び出したボクはすぐに爺ちゃんのスマホに電話をした。
「大変だよ。ユーゴが警察に連れて行かれた」
「……な、なぜじゃ?」
すると夏穂が、電話をしていたボクの体をよじ登るようにして、スマホを奪った。
「あのね、ユーゴが日本に来てすぐの頃この教会で拾われたんだって。そこでユーゴが益田聖奈の名前を出したら、たまたまシスターと知り合いだったみたいで、益田聖奈がユーゴを迎えに来たらしいのよ。その後、しばらく一緒に住んでいた――って言ってた」
夏穂は、何とか爺ちゃんに情報を伝えようと、早口で捲くし立てた。
「なるほど、事情は判った。あとはワシに任せておきなさい。悠斗と夏穂ちゃんはおウチに帰りなさい」
さすが爺ちゃんは、夏穂の説明だけで、ある程度状況を理解したようである。
帰りの電車の中、夏穂はユーゴから聞いたという話を詳しくしてくれた。昨晩は訊かれなかったので話さなかったとのことだ。
ユーゴが異世界から転移させられたのは今年の6月半ばのことだという。場所は川原だったそうだ。あの川原は父やアノ母親の時に一度使ったルートであり異世界とのゲートが開きやすくなっているとのことだ。突然地球へ飛ばされたユーゴは異世界との大気に違いに体が追い付かずかなり苦しんだそうである。地球の大気に心肺が慣れるまで丸一日掛かったと言う。動けるようになったユーゴは川原にある遊歩道を通って下流に向かったのだそうだ。そこでスラムを見つけたと言っていたそうだが、おそらく橋の下に住むホームレスの小屋のことだろうと夏穂は言った。ユーゴはその橋の下で一晩を明かしたそうだ。そして朝になり、ホームレスを訪問した教会のボランティアの人から弁当を貰ったとのことだ。ただユーゴはこちらの世界の食料に体が慣れていなかったのもあり、食べた矢先に気絶しまったのだそうである。気が付いたら教会のベッドの上だったらしい。その時、身振り手振りでいろいろ訊かれ、日本語が全く話せなかったユーゴには、日本と繋がりのあるワードと言えば『セーナ・マスダ』『ユウショー・タカナシ』その二つしかなかった。ただ運良くというか……益田聖奈とシスターはたまたま知り合いだったそうである。シスターは、益田聖奈が働くカラオケスナックの常連だったとのことだ。その後、教会から連絡を受けたアノ母親は教会まで来たとのことである。最初、益田聖奈はユーゴをボクだと勘違いしていたそうだ。それからユーゴは2ヶ月ほど益田聖奈と暮らしている。が、8月15日の夕方。アパートのすぐ下にあるマンホールを基点に魔法陣が広がり、アパートにいた人間全員が異世界に召喚されてしまったとのことだった。魔力を持っていなければ召喚の魔法陣からは弾かれるとのことだ。つまりアパートに住んでいた住民すべてが、たまたま魔力を持った人たちばかりだったということらしい。ユーゴはというと、魔力の異常な揺らぎに気がつき、アパートから咄嗟に離れたとのことだ。弟のボクを捜し出すまで異世界へ帰るわけにかいかなかったからだ。と語っていたらしい。
「マンホールって……本当に危なかったんだ」
「だから、言ったでしょ」
夏穂は得意げな顔で白い尻尾を揺らしていた。
それから爺ちゃんとユーゴが自宅へ戻ったのは、夜9時を過ぎてからだった。
「いやいや、ユーゴが正直に話してたものだから大変だったわ」
爺ちゃんが警察署に到着した頃には、ユーゴは自分が異世界から来たことや、失踪者は異世界へ召喚されたことなどをすでに話してしまっていた後だったらしい。
ただ警察がそれを信じるはずもなく、頭を抱えていたそうだ。
「まあ、少々強引じゃったが、警察が悠斗を見ておったお陰で、話が通し易かった」
爺ちゃんは、ボクとユーゴは兄弟であり、この際、益田聖奈を二人の母親ということにしてしまったとのことである。書類上はボクの母親ということになっているのだから、ウソにはならない。ただ外国から日本へ帰って来たばかりで、唯一の頼みとしていた母親が突然いなくなり、少々混乱していると話したそうだ。
現在、ユーゴは父方の実家である高梨家で暮しており、ユーゴとアパート住民の失踪には何の関係もない。――弁護士として、そう口述したそうである。
警察もユーゴと事件の関係を裏付ける証拠を持っているわけではなかった為、所在さえはっきりしていれば、そもそも勾留までするつもりはなかっただろうと爺ちゃんは言っていた。
ユーゴと目が合うと苦笑いしていた。おそらく警察から同じことを何度も何度も訊かれ、正直に答えても信じてもらえず、疲れてしまったのだろう。爺ちゃんからも――異世界云々はあまり言わん方が良い――と注意されていた。ヘタすれば精神疾患を疑われる。
「ユーゴって、アノ母親……益田聖奈と暮していたの?」
つい癖でアノ母親と言ってしまった。
「コッチノセカイ ヘ キテカラ シバラク セワニナッテイタ ニホンゴ モ ナラッタ イゼンヨリ イイヤツ ニ ナッテイタ」
どうやら夏穂が言っている通り、『アパート住民集団失踪事件』の失踪者である益田聖奈、理事長の娘さんである北頭誠子、リハビリの先生だった近藤清吉、薫子さんを誘拐しようとした土方正臣は、間違えなく異世界にいるとのことだ。
そして、その召喚は自分が原因だろうとも言っていた。父・悠升の魔力が込められた指輪が目印になってしまっていたのではないかと。
「カレラニワ モウシワケナイ コトヲシタ ダガ オレ ガ カナラズ タスケル」
葦原の中に父と母の指輪を隠したのも、テントを張る場所をちょくちょく移動させていたのも、いきなり転移させられることから身を護る為だったそうだ。
「ユート ト アウマデ カエル ワケニワ イカナカッタ」




