9 真実
ボクとユーゴが双子として生まれたのは、ミドドルーエ王国の果てに聳える魔岳という大きな山の麓にある『辺境の村』と呼ばれる小さな村だそうだ。
そこで兄の悠五呏と弟であるボクは――魔王を倒し世界を救った勇者の子――として育ったとのことである。当時ボクはニノ君と呼ばれていたそうだ。ちなみに悠五呏は一ノ君。
母は勇者パーティーの大魔導士であり、『辺境の村』で領主代理を務めていたリリアという女性とのことだ。
「えっ? ちょ、ちょっと待って」
ボクは、ユーゴの話を淡々と通訳する夏穂の話を遮った。
「ん? なに? 判りにくかった?」
淡々と話していたユーゴも何か不都合があったのかと、不安そうにボクと爺ちゃんを眺める。
「いや、そうじゃなくてね。ボクら双子なのは判った。顔を見れば一目瞭然だし、納得もできる。だけど、母の名前だけど……、その大魔導士のリリアって人は、アノ母親――益田聖奈のこと? それとも別の人?」
すると悠五呏は考えるような素振りを見せた後、じわじわと顔に嫌悪を滲ませた。
「セイジョ ワ オレタチ ノ ハハデワナイ」
それから悠五呏は身振り手振りを交えて、かなり長い時間を使い、夏穂に懇々と説明していた。
「えっとね。簡単に言うよ。ユウトは3歳の頃に益田聖奈に誘拐されたんだって。ユウトの本当の母親はリリアという別の女性らしいよ」
それなのに夏穂の説明は10秒と掛からなかった。
ボクはすーっと気が遠くなっていくような、そんな感覚に見舞われていた。色んな感情がぶわっと溢れてきた。
「フヘヘッ」
その時、ふに乾いた笑いが耳に入った。笑っていたのはボクだった。作り笑いしか出来いボクが――本気で笑わないボクが――笑っていた。
「悠斗、大丈夫か?」
爺ちゃんが心配そうな顔でボクを見ていた。
ボクがショックを受けたと思ったのかもしれない。だけど、全然そんなことはない。アノ母親に愛着もクソもない。和菓子好きの爺ちゃんの好物の金平糖が、実は洋菓子だったぐらいの驚きはあるが、それぐらいのものだ。
これまでずっと――。アノ母親の血が流れていることに忌避感があった。いつかボクもアノ母親のようになってしまうんじゃないかという怯えもあった。だから大人になってもお酒は飲まないと固く決心していた。異性に対しても慎重を期した。だから紗枝とも健全にお付き合いをしてきたつもりだ。
それなのに、なんだろ? 清々したはずなのに、何て言えば良いのだろう? ずっと母だと思っていたものが母ではなかった。この感情をどう表現すれば良いのか、今のボクには判らなかった。
疑うことなく信じていた事が、大して劇的でもなく、呆気なくあっさりと覆っていくことに、すこし戸惑いを覚えただけかもしれない。
「ごめんね。いろいろ混乱しているけど……大丈夫だよ」
ボクが変な声を出してしまったせいで話が中断してしまったが、改めて本当の母の話に戻った。
母の名はリリア・エブライン・ダインソワー・テル・ランバード・ピイナクワイ・タカナシ。というやたら長い名前だった。エルフの国ピイナクワイ大公国の公女だそうだ。魔王討伐の際に父・悠升が率いる勇者パーティーに参加し、戦後、父・悠升と結婚したとのことである。
「エルフ? 耳が長いあのエルフ?」
ボクが訊ねると、悠五呏がコクリと頷く。
ふとボクは自分の耳に触れてみる。判っていたことだが、当然、普通の人間の丸い耳である。
ただ爺ちゃんは何か思い当たることがあったのか、「あ~、そういうことか……」と溢した。
誰にも言ってなかったそうだが、ボクが爺ちゃんに引き取られた際におこなわれたDNA検査で、ボクの遺伝子に幾つか不明な点があったのだそうだ。ホモ・サピエンスではない別種の遺伝子が多分に混じっていたとのことである。
ボクが誘拐された後、本当の母親であるリリアは、病床に伏してなお、『辺境の村』を護りながらボクとボクを捜しに村を出たミーナの帰りを、ずっと待っていたとのことだった。
「サイゴ ハ ソウゼツ ダッタ」
そしてボクが誘拐されてから2年後。悠五呏が5歳の時に、その『辺境の村』で亡くなってしまったとのことである。
夏穂の隣で静かに話を聞いていた黒猫のミーナは、一瞬だけ目を見開いて、ガクンと首を落とした。一回り小さくなってしまったかのように萎れていた。
悠五呏の言った「ハハノナカマ」のことを(夏穂の通訳で)詳しく聞いてみると、ミーナは母・リリアの従者だったとのことである。異世界でのミーナは人の姿をしていたそうだ。
「一応、言っておくけどアタシはミーナの妹のミーリア。前世は魔石研究者だったんだよ。小さい頃のアタシはそのことをすっかり忘れてたんだけど、ユウトと初めて逢った日から夢を見るようになって、それでいろいろ思い出したんだよ。……だから、ユウトはてっきり勇者様の生まれ変わりだと思ってたんだけど……」
そう言えば、夏穂に最初に会った時、――あなたは勇者様?――と訊かれた記憶があった。
「悠升は? 我が子が拐われ、奥さんが病気になっている時に、アイツは、どこで何をしておったのだ?」
明るい感じで話す夏穂とは裏腹に、爺ちゃんは語気を強めた。顔色に怒りが滲んでいる。
「100マン ノ タミ ヲ マモル タメ。オコラナイデ ヤッテホシイ」
勇者である父・悠升は、王都で起きた事件解決の為、長らく『辺境の村』を離れ、王都都市部に出来てしまったダンジョンに潜っていたとのことだった。悠五呏も、父・悠升と初めて会ったのはごく最近になってからのことだそうである。それまでは母・リリアと。その後、王都へ出てからは、父の部下の人たちと暮していたのだと言っていた。
「だとしても……家族を……」
爺ちゃんは、膝の上に置いた拳をグッと握り締め、息子の不義理を詫びるよう悠五呏に向けてヒシと頭を下げた。
それからの悠五呏は消息を絶ったボクの行方をずっと捜していたそうだ。とは言っても、子供だった悠五呏には成す術がなく、母・リリアの父、母方の祖父である賢者クルゴンと父の部下である勇者オールブラックスの人たちがいろいろと協力してくれていたそうだ。
「アタシもお姉ちゃんも勇者オールブラックスだったんだよ。凄いことなんだよ」
夏穂が胸を張る。
父・悠升もラグビーをしていたとは爺ちゃんや母さんから聞いていたが、オールブラックスって……。
「オマエ ヲ サガスコト ガ ハハ ノ ネガイ ダッタ」
そして悠五呏は、笛が入っていた鞘袋から取り出した紙束のうち、さっきとはまた別の紙を広げた。当然、なんて書いてあるか判らない。短い一文だった。
「なんて書いてあるの?」
ボクが訊ねると夏穂がマジマジと紙を眺める。
「――二人は私の宝物――かな。……あとは文字が乱れてて読めない」
息子の悠升が行方不明になり20年以上も探し続けてきた爺ちゃんには、悠五呏のその気持ちが痛い程判るのだろう。貰い泣きするように、鼻をズッと啜った。
そして悠五呏は、ミドドルーエの王族に騙される形で日本へ転移させられてしまったのとのことだった。
結果、ボクが見つかって良かったと、笑っていた。
父・悠升について、悠五呏は「オレガ ナントカスル マッテイテホシイ」と真剣な眼差しで爺ちゃんにに言った。
普段なら絶対に信じないような話の数々だった。が、妙にストンと納得している自分がいた。
「いやはや、驚愕の一日じゃったわ」
爺ちゃんはそう言い残すと、疲れ果てたように自室へ戻っていった。言い忘れていたが、夏穂の家には爺ちゃんがきちんと連絡を入れている。
リビングにとり残されたボクと悠五呏は、しばらく二人で見つめ合っていた。それから手のヒラを合わせたり、同じポーズを取ってみたり。何をやってるのか、自分たちも訳が分からなくなって、同時に笑ってしまった。
これまで双子を見たことがなかったわけではないが、それが我が身となると、何とも不思議な気がした。
「ムカシノヨウニ イッショニ ネルカ?」
ニヤリと笑っているので冗談だろう。
「ユート ハ シアワセ カ?」
「うん。爺ちゃんや母さん、姉ちゃんのお陰で、ずっと幸せだったよ」
「ソウカ ヨカッタ」
悠五呏はとても嬉しそうに微笑んだ。それはまるで慈愛に満ちた母の様だった。
本当の母の顔も憶えていないのに……。




