4 姉ちゃんの不満
それから6人での食事は和やかに進み、食べ終えるとアルコールが入った母さんと由美さんのトークが弾んでいたのもあって、ボクは薫子お姉ちゃんを自分の部屋へ招待することにした。
「へぇ~、これが悠斗くんのお部屋なんですね」
薫子お姉ちゃんに部屋中を見渡されるが、8畳スペースに熱帯魚の水槽以外は、机とベッドだけの飾り気のない部屋だ。服などの衣類はクローゼットの中に仕舞ってある。書籍などは、特別なモノを除いて、捨てることにしているので溜まることはない。
「これがボク自慢の水槽です」
薫子お姉ちゃんは水槽に顔を近づけてじっと見ていた。
するとそこへドアをバンと開いて、ゴルゴンゾーラを片手抱きした姉ちゃんが入って来た。空いた手を突き出すその姿は正義を執行するヒーロー差乍らである。
「二人でコソコソ何をやってるのよ?」
姉ちゃんは瞳を眇め、さも訝し気に訊ねる。
「ん? 薫子お姉ちゃんに水槽を観せてたんだけど?」
「それにしても……アンタたちが従姉弟だったとはね……。だったら、アンタたちは、結婚できないわね」
おいおい、姉ちゃん? 藪から棒に何を言い出した?
「えっと……宜しいでしょうか?」
一瞬、呆気に取られていた薫子お姉ちゃんだったが、ビッシっと小さく手を挙げ、姉ちゃんに発言の許可を求めた。
「なっ、なによ?」
「結婚できないのは3親等までで、4親等である従姉弟の婚姻は……、法的に認められています」
「遺伝子的に良くないわ。モラル的にもね。法は関係ないわ」
弁護士を目指している人の発言とは思えない……。
「誰も結婚の話なんかしてないんだけど?? でっ、姉ちゃん、何か用事?」
「うっ、まあ良いわ。それより悠斗。あんた霧島さんのことを――薫子お姉ちゃん――って呼んでるみたいだけど?」
「そうだけど?」
「私のことは?」
「姉ちゃん?」
「なんで、霧島さんにだけ『お』が付いてるのよ?」
姉ちゃんがかな~り面倒臭いモードに入っている。
「なら、公美お姉ちゃんって呼べば良いの?」
「悠斗の姉は私だけなんだから、今まで通り、――姉ちゃん――でかまわないわよ」
あー、かなり面倒臭い。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「霧島さんは従姉なんでしょ? だったら――お姉ちゃん――なんてつける必要はないんじゃないかしら? ……と私は思うわ」
「えっと……もう一つ宜しいでしょうか?」
再びビッシっと小さく手を挙げた薫子お姉ちゃんが、姉ちゃんに発言の許可を求める。
「なっ、なによ?」
「大変申し上げ難いのですが、高梨さんのお母様と悠斗くんのお父様が御兄妹ということは、高梨さんも従姉ということになりませんか?」
姉ちゃんは衝撃とばかりに後退る。
いやいや、どうして――今知った――みたいな顔してるの?
「あっ、だったら、私と悠斗は結婚できるってことね?」
「何を言い出してるの?」
姉ちゃんがすんごいゾーンに入ってる……。
同じ従姉とは言え、最近交流を持つようになった薫子お姉ちゃんはまだしも、3歳の頃から姉弟として育ってきた姉ちゃんを、今更、女性としてはさすがに見れない。
「えっと、わたし、――お姉ちゃん――で無くて良いです。出来れば『薫子』と呼び捨てして貰った方が、……嬉しいかも……です」
収拾がつかないと思ったのか、薫子お姉ちゃんが妥協案を出す。
「それはダメよ! それだと……恋人か、……夫婦みたいじゃない!」
「……夫婦って……そんな……」
薫子お姉ちゃんが照れてる……。状況はさらに混乱を極める。
「えっと……だったら『薫子さん』と呼ぶのはどうですか?」
呼び方で揉めているなら、ボクが打開案を出さねばならないだろう。途轍もなくどうでも良いことで、これ以上ギスギスするのは……どうなんだろ?……と思う。
「まあ、妥当ね……悠斗のお姉ちゃんは私ひとりで十分なのよ。他のお姉ちゃんは全て駆逐してあげるわ」
姉ちゃんの思考がちょっと怖い。
「はい……私もそれで……お願いします」
霧島先輩改め薫子お姉ちゃんさらに改め薫子さんは、姉ちゃんの姉としての独占欲にかなり引いていたが、これで呼び方については、何とか解決したようだ。
そこで薫子さんは気持ちを改めるように背筋を伸ばすと、ポケットから徐にナニかを取り出した。
「それで、実は……。今日は……コレを持って来ました」
彼女のてのひらに乗っているのはUSBメモリのようだった。
「何ですか、それ?」
「えっと、私が悠斗くんを隠し撮りしていた……写真です……」
ボクが「あー」と納得の感嘆をあげると、「あんた、自分からバラしたの?」と姉ちゃんは驚愕していた。
「心苦しかったので……嫌われるのも已む無しと言う覚悟で告白しました」
「で、悠斗、あんたは?」
「何が?」
「許したの?」
「許すも何も、ずっと誰かに写真撮られてるなぁ~って気が付いていたけど、悪意を感じたことは無かったし」
「ストーカーされてたのよ?」
「それって迷惑行為のことでしょ? 薫子さんから迷惑をかけられた覚えはないよ」
「……まあ、あんたが良いのなら、別にいいけど。で? 霧島さん、そんなモノを持って来て、どうするの? 処分するの?」
「いえ、悠斗くんが、観てみたいと仰っていましたので、持っている写真すべて持って来ました。5万枚以上あります」
「ゴ、ゴマンマイは凄いわね……」
姉ちゃんはドン引きしてるが、現状、姉ちゃんの方が異常に見える……。
「折角だし、今観てみましょうよ」
ボクが提案すると、薫子さんはボクの部屋をキョロキョロ見渡した。
「えっと、パソコンはありませんか?」
「あっ、ボク、タブレットとスマホしか持ってなくて」
「……そうですか……では、どうしましょう」
「いいわ、私の部屋へ来なさい。私のパソコンで見ましょ」
ということで、すぐ隣の姉ちゃんの部屋へ移動したんだけど……「な、なに、これ?」 姉ちゃんの部屋へ入って、ボクは呆気にとられた。




