pr.5 異世界転移させられちゃった? ~side夏穂
アタシが中等部の2年生になると、高梨悠斗は北頭学院高等部へ入学してきた。どうやらトップの成績で合格したようだった。おそらく試験でも魔力を使ったのだろう。
かく言うアタシも当然テストでは魔力を使っている。胸の奥にあるトロっとしたモノ、いわゆる魔力を意識をするだけで、簡単に記憶力や応用力が格段に向上するのだ。使わない手はない。
それは兎も角として、アタシの通う中等部と高梨悠斗がいる高等部は校門が同じであり、校舎も隣り合っていてる。3階の渡り廊下で繋がってもいる。護衛対象者である高梨悠斗と同じ学校に通えるのは、彼の守護者たるアタシとしては歓迎すべきことだった。
だが、些末ではあるが、一つ問題もあった。
アタシが知らぬ間に、高梨悠斗と坂下紗枝が恋人同士になっていたのだ。
なぜ、あんなバカ女と……。
アタシとお姉ちゃんには勇者様の生まれかわりである高梨悠斗を守る使命がある。当然、彼とは密な信頼関係を築いていかねばならなかった。
それなのに坂下紗枝の干渉は以前にも増して強くなっていた。アタシが少しでも近づこうものなら、独占欲を剥き出しにして獣のように噛みついてくるのだ。
入学早々から手を繋いで見せつけるように登下校をする二人だったが、ゴールデンウィーク明けぐらいから、坂下紗枝が一人で下校する姿をよく見かけるようになった。
聞くところによると、高梨悠斗はラグビー日本代表U16に選抜されたのだそうだ。その所為で、学校も休みがちになっており、夏休みも海外へ遠征するとのことだった。
そして高梨悠斗がいない夏休み。
地元で少し奇妙な事件があった。お盆だったこともあって、アタシはママの実家がある東京へ行っていたが、その事件については全国版のニュースで流れた。
『アパート住民集団失踪事件』
隣街のとあるアパートで、そこに住むすべての住民が、忽然と姿を消したというのである。
「なんか怪しいよね?」
お姉ちゃんも――そうだな――と言わんばかりに頷く。
ママの実家からおウチへ帰ったアタシは、早速お姉ちゃんと電車に乗って隣街の事件現場へ調査に行くことにした。こんな時、お姉ちゃんをキャリーバッグの中へ押し込めなければならないのが、少し心苦しいのだけれど……。
「狭いけど、少しだけ我慢してね」
――気にするな――とでも言うようにお姉ちゃんはウインクをした。
隣街の駅を出て、調べておいた地図を観ながら現場であるアパートへ到着すると、周囲にはバリケードが設置されていて近づくことが出来なかった。
そのアパートは都心から程近い場所にありながら、奥まった路地裏にあり駐車スペースが無かったことから、安く貸し出されていたそうだ。
一階と二階を合わせて部屋は4つしかなく、部屋の内装は、向い合せに全て同じ作りになっていたという。多少修繕は施されてあったらしいが、畳の部屋が3つとダイニングがあり、殆ど建った頃のままの状態だったそうだ。
アタシとお姉ちゃんは、バリケードに張り付いて中の様子を窺っていた。
すると面倒臭そうな顔をした警官が近寄って来た。
追い返されるな――とそう思った時だった。
突然、お姉ちゃんはバリケードの隙間からアパートの敷地の中に飛び込んでいった。
つい「あっ」と声を出すと、警官の目はお姉ちゃんの方へ注がれた。
「お嬢ちゃんの猫かな?」
警官の問いにアタシは頷く。
「ちょっと待っててね」
そう言って、静かにお姉ちゃんに近づく警官だったが、そこからお姉ちゃんと警官との壮絶な追っ掛けっこが始まった。
その内、他の警官も加わり、何とかお姉ちゃんを捕えようと駆け回っていたが……。道具も使わず人のスピードで猫が捕まるわけがなかった。しかもお姉ちゃんは魔法が使える妖精猫のケットシーだ。土台無理な話である。
ヘトヘトになった警官が再びバリケードの側に立つアタシのところへやって来た。
「君、自分で捕まえてくれるかな?」
警官がバリケードを少し開けてくれて、アタシはアパートの敷地へ入ることが出来た。なるほど! お姉ちゃんの狙いはこれだったのだ。
アタシは、お姉ちゃんを追い掛ける……と言うより導かれるようにアパートのすぐ下まで来た。そして辿り着いたその先にあったのは、マンホールだった。
外付けされた錆びた鉄製の古い階段のすぐ下にあるそのマンホールからは禍々しい程に強い魔法の残滓があった。
……やはりこの失踪事件には魔法が関わっている。
そう結論つけると同時に、お姉ちゃんはアタシの腕の中にスポンっと戻ってきた。
警察は、漸くかとばかりに、汗を拭ってた。
アタシは警官に頭を下げてアパートを後にした。
「……何があったんだろ?」
お姉ちゃんは神妙な顔をしていた。
「アパートの住民は魔法で消されちゃったのかな?」
お姉ちゃんの反応は曖昧だった。
お姉ちゃんが、アタシにマンホールを見せたかったことは判る。だけど的確な質問をしなければ、お姉ちゃんのその意図は伝わってこない。
何なんだろ? マンホールにあった強烈な魔法の残滓……。これと似たような気配は、子供の頃に遊んだ川原にもあった。アタシの中にある魔力が上昇していくようなこの感覚も同じだった。
「まさか、失踪者は異世界転移させられちゃった?」
お姉ちゃんは神妙でありながらも、意を得たりとばかりに静かに首肯した。
「マジか……」
アタシの場合は転生だったが、そりゃ転移もあるだろう。あるとは判っていても、目の当りにしていしまうと、怖気だつような気持ちになった。
だったら、川原でも以前、同じような異世界転移があったのかもしれない。
実際に異世界転移されるのって、どんな気分なんだろう?
心の準備もなく、いきなり別の世界へ連れて行かれるなんて、アタシだったら嫌だ。異世界へ行きたくないとかではなく、意思を確認するぐらいの手順を踏んで欲しいものである。
閑話休題
夏休みが終わり、オーストラリアから帰って来た高梨悠斗が学校へ来るようになった。
お姉ちゃんはそっと優しく見守る方針のようだが、アタシとしては出来ればもっと近くで守備しつつも、勇者(?)の覚醒を促していければ……と思っている。
近頃見た夢の中では、老賢者様と呼ばれるエルフのイケメンに、アタシは召喚の魔法陣を前にしてレクチャーを受けていた。どうやら魔王が討伐された後の話のようだ。
夜な夜な出掛ける賢者様が気になったアタシは、そっと後を追い掛けるのだ。その時のアタシは白い体を隠すように黒のポンチョを着ていた。
賢者様は大きな峡谷に掛かった橋を渡り、土を固めただけの街道を歩いていた。
すると賢者様は、街道の途中で、忽然と姿を消してしまったのだった。
谷底へ落ちてしまったのかと、アタシが慌てて駆け寄ると、そこには下へ下へと続く階段が隠されていた。
夢の中のアタシは怖がっていた。
だが、その強い好奇心に逆らえず、アタシは谷底へ続く階段を降っていった。
長い階段の先にぼんやりとした灯火が見えた。岩陰からそっと覗いたところで、「誰だい?」と誰何されてしまう。
見つかってしまった夢の中のアタシは、しょんぼりとして姿を現す。賢者様は前世のアタシの直属の上司だった。
「あー、ミーリアかい。こんなところで何をしているんだい?」
賢者様が怒っていないことに、夢の中のアタシはホッとしていた。
「賢者様が夜な夜なお出掛けになるので、……気になってしまって」
「あぁ、そういうことか。ケットシーは好奇心の旺盛さには困ったものだね」
賢者様は朗らかに笑っていた。
見ると、そこには複雑な文様が重なり合うように描かれた巨大な魔法陣と濃い青い石と複数の淡い青い石。
夢の中のアタシは、魔石や魔法陣の知識に自信があったようだが、王立アカデミーなんかでは見たこともないような難解な魔法陣に困惑していた。
賢者様は――このことは誰にも言っちゃダメだよ――とまるで、子供にでも言い聞かせるように唇に人差し指を当てていた。
どうやらこの魔法陣は国家機密情報だったらしく、それを見てしまった夢の中のアタシはアワアワと焦っていたが、そこから授業でもするかのように賢者様の解説が始まった。
どうやらこの大きな魔法陣は王城にある召喚の魔法陣とほぼ同じものらしい。目的は聖女様を日本へ返還させる為のモノとのことだった。
お城にある召喚魔法陣はその規模が大きすぎて使えないのだそうだ。
そこからもいろいろ賢者様による説明が続くが、今のアタシに魔法陣や魔晶石の知識はちょこっとしかない所為で、あまり記憶に残ってない。ただ夢の中のアタシは十全とは言わないまでも理解しているようだった。
つまり、アタシが何が言いたいかと言うと、前世いた異世界には召喚の魔法陣が存在すると言うことだ。
そして勇者様と聖女様は日本から召喚されている。
だったら勇者様の魂を持つ高梨悠斗は、おそらく狙われやすい存在ではないかと、アタシは思うのだ。
勇者に覚醒していない今の高梨悠斗は多少魔法が使えているとは言え、まだまだ覚束ないところがある。正直、アタシよりお粗末と言ってよい。
だからアタシは『北頭学院・異世界転生部』を旗揚げしたのだ。
高梨悠斗の為だけでなく、いつ、どこで、だれが、どの様なカタチで召喚されるのか何も判らない現状、その注意喚起は必要だと思った。
またいきなり召喚されたとしても、異世界で困らないように、向うで恙無く生きていけるように、その準備ぐらいは確りしておくべきだと考えているわけである。
偉いでしょ?




