pr.2 もしかして……お姉ちゃん? ~side夏穂
ともあれアタシがすべき事は、その勇者様の転生体である高梨悠斗を守ることなんじゃないかと思う。前世の記憶を夢で見せるのも、魔力という稀有な力があるのも、その為なんじゃないかと……。
誰が? どんな理由で? アタシにそれをさせようとしているのか判らないのだけれど、のっぴきならない事のように思っている。とにかく彼が勇者として覚醒を果たすまで、アタシは雛鳥を守る親鳥のように彼に寄り添うつもりでいる。
その為にも身近に一つ片付けなければならない問題があった。
夢を見るようになってから、アタシは魔力を持つ者を感知できるようになっていた。おそらくそれは人口の1%にも満たない程ごく少数だろうけど、日本にも魔力を持つ者は普通にいた。
ただし持っていたとしても、その魔力は微量で、魔法が使えるわけではない。ファイヤーボールなど論外だ。それでも有ると無いでは大違いで、記憶力や思考力を向上させ、言葉に魔力を込めることで説得力が増したりもする。中には身体強化する者もいれば、気配を消す者もいた。
それを彼らは――自分が特別なナニカを持っていることには薄々気が付いているだろうが―― 魔法や魔力とは知らず無意識に行使しているのである。
ただ、それは良い。それだけなら良いのだ。持っているモノを使うのは当然のことである。かく言うアタシも勉強やスポーツで魔力を使っていた。
問題なのは――魔力を持つ者が挙って悪者――だということである。
魔力で他人を翻弄し、欲望のまま好き勝手生きている者たちばかりだった。またそれが癖というか、習慣のようになってしまっているので、人を傷つけても、不法な行為であっても、罪悪感も持たない。
そんな魔力持ちをアタシは許さない。
無意識だとしても彼らは悪者であり、それを止められるのは、同じ魔力持ちであるアタシだけなのだから。
ちなみに高梨悠斗も魔力を持っている。ただし彼の場合、正義の味方である勇者様の生まれ変わりということで、悪者――というそのカテゴリーからは除外している。
話を戻すと、今世の父親であるパパが運営する宮田総合病院に、その魔力持ちが一人いるという話である。
男の名は近藤清吉 。宮田総合病院の理学療法士だった。奴が何を企んでいるのか、何をしようとしているのか、まだ何も判らないが、アタシは彼を警戒していた。
そんな折にタイミング悪く高梨悠斗は入院してきたのだ。当然、アタシは注意喚起を怠らなかった。
ただし、ここで勇者に覚醒していない高梨悠斗に――魔力――と言っても理解が追い付かないだろうから、アタシは魔力を持つ者のことを妖と呼ぶことにした。まったく違うようで、意外とシックリくるネーミングだと思う。――人を惑わす――というところは妖怪も魔力持ちも同じだ。もしかすると、日本に古くからある妖怪の伝承は魔力と関係していたのかもしれない。
それなのにアタシがちょっと目を離した隙に、高梨悠斗は魔力を持つ理学療法士・近藤清吉と接触していたのだ。
「おい、ユウトから離れろ! キサマが妖の類であることは判っているのだ」
アタシは激昂した。そして剣に魔力を込めて近藤清吉を攻撃し、その隙に高梨悠斗の手を取って走った。片足を負傷していた彼もケンケンでついて来てくれていた。
とにかく病院の外へ逃げなければと思っていた。ところが、屈強な女看護師たちに取り押さえられ、アタシは身動きが取れなくなった。とは言っても、魔力を持たない彼女たちに悪気はない。ただ何も知らないだけなのだ。
「ヤツは妖の親玉ぬらりひょんに違いない。このままではユウトまでもが妖に……」
そして敢え無く捕まったアタシは、パパに抱きかかえられて、そのままおウチに連れ戻された。近頃はあまり叱られなくなった。ただ呆れたような眼差しを向けられるだけである。
その夜、家族が寝静まってから、アタシはおウチをそっと抜け出した。非常階段がある入口から病院内へ忍び込むと、夜勤の看護師たちの目を搔い潜り、高梨悠斗がいる病室へ向った。
「今夜、妖どもが動き出すかもしれない。……今は逃げるしかない。判ってくれ」
理解してくれたのか、高梨悠斗は黙ってアタシが用意した車椅子に乗ってくれた。
病院を上手く脱出したアタシは、高梨悠斗が勇者へ覚醒する切っ掛けになればと、車椅子を押してあちこち色んな場所を巡った。何となく魔力の気配がする川原を通り、海にも行ってみた。
終始楽しそうにしていた高梨悠斗だったが、結局、前世の記憶を取り戻すことも、勇者として覚醒することもなかった。
朝になって高梨悠斗と共に病院へ帰ると、あまり叱らなくなっていた今世の父が、顔を真っ赤にして怒っていた。学校へ行く以外の外出を禁止され、しばらく自宅で謹慎させられることになっていた……のだが。
それから一週間も経たずに、入院患者の保護者から訴えがあり、あの理学療法士・近藤清吉が小さな男の子に猥褻行為をしていたことが発覚したのだ。
その後、近藤清吉が逮捕されたかどうかは判らないが、宮田総合病院からは姿を消した。
「夏穂ちゃんは判っていたんだね。疑ってごめんね」
屈強な女看護師たちはアタシを見ると駆け寄って来て謝ってくれたが、今世の父はすこし気味悪そうな目でアタシを見ていた。
それが免罪符となってか、アタシの自宅謹慎は有耶無耶になった。それからは、学校から帰ると毎日川原へ遊びに行くようになった。
北頭学院の初等部に通うアタシは、地元の小学校に通っている高梨悠斗に会うには川原へ行くしかなかったからである。
そこでの日々は楽しい思い出ばかりだった。
アタシが高梨悠斗に抱きつくと、坂下紗枝から無理矢理引き離された。何の権利があって? と問うと、幼馴染の権利だそうだ。幼馴染にそんな権限はない。
また吸血鬼の館に棲む西園寺花子もアタシを睨むように見ていた。ただし目が合うと、ヤツはスッと逸らす。
紗枝はただのおバカだが、花子はかなり性悪な臭いがしていた。二人とも魔力を持っているわけではないので、アタシの関心外ではあるが。
それから高梨悠斗にはストーカーがいた。キリシマ書店の薫子だ。彼女からは微弱な魔力を感じていた。監視は怠ってはいないが、今のところ近寄って来る気配がないので捨て置いている。
また川原で高梨悠斗と遊ぶようになってから、アタシの夢は格段に具体的になっていった。やはり勇者様の転生体である高梨悠斗とアタシがみる異世界の夢は、何かしらリンクしているのだと思う。
そんな、ある日のこと――
黒猫がジッと観察するようにアタシを見ていた。目が合い、しばらくそのまま見つめ合った。
以前から宮田総合病院の敷地内に大きな黒猫が住み着いていることは知っていた。看護師たちが餌をやっているのを見掛たこともあった。が、気にも留めていなかった。
だが、この時初めて、まさか……と思った。
その黒猫から魔力を感じたからである。ただ言っておくと、魔力持ちの猫は割りと多い。野良猫の半数ぐらいは魔力を持っている。だけど、その黒猫の目には明らかな知性があった。もし、それが夢で逢った黒猫なら……。この時はまだ半信半疑だった。
が、アタシは堪えきれずに黒猫に問い掛けた。
「もしかして……、お姉ちゃん?」
黒猫はニャ―とは泣かずに、――やっと気がついたか――とばかりに鷹揚に頷いた。その顔はニヤリと笑っているようにさえ見えた。
アタシは、前世の姉の生まれ変わりであるだろう黒猫に駆け寄り抱きしめた。
ずっと会いたかったお姉ちゃんが今、目の前にいるのだ。嬉しさで涙が止まらなかった。
「あれれ、クロちゃんが抱っこされてる!」
餌を持ってきた看護師が驚いていた。クロちゃんと呼ばれていた猫の姿をしたお姉ちゃんは、これまで誰にも体を触れさせなかったのだそうだ。
「だって、アタシのお姉ちゃんだもん。それに名前はクロちゃんじゃなくて、ミーナだよ」
それからお姉ちゃんは、建前上アタシが飼うとこになった。パパやママには反対されなかった。基本的にアタシには甘々なのだ。
それからお姉ちゃんは、アタシの良き相談相手になった。前世と違って、喋れはしないが、その意志は何となく伝わって来た。
またお姉ちゃんが現れた効果か、前世の言葉や文字を思い出すことが出来た。夢の内容がより明確に理解できるようになったのも、その頃からである。
ただ――高梨悠斗は勇者様の転生体だと思う――と言うアタシの意見に、お姉ちゃんは静かに首を振った。
「えっ? 違うの?」
お姉ちゃんは――そうだ――と言わんばかりに首肯した。
「お姉ちゃんは黒猫に転生したんでしょ?」
お姉ちゃんはそれも否定した。
「アタシとお姉ちゃんは、勇者様の生まれかわりである高梨悠斗を守る使命を帯びている。その為に夢をみてるんじゃないの?」
お姉ちゃんは肯定するような、否定するような、何とも曖昧な反応だった。
質問を繰り返し突き詰めていくと、高梨悠斗は勇者様の生まれ変わりではない――。またお姉ちゃんも転生したわけではない――。アタシたち姉妹が高梨悠斗を守る使命を帯びている――というのだけが、当りらしい。
……だけど……アタシは腑に落ちなかった。お姉ちゃんはそう言うけれど……納得出来なかった。
最初に高梨悠斗と遭った時のことは今でもはっきり憶えていた。不思議な力に吸い込まれるように、アタシはいつの間にか彼の傍にいた。そして何も知らなかったはずのアタシは彼に訊ねたのだ。
「ねえ、あなたは勇者様なの?」
だからやっぱりアタシは……高梨悠斗は勇者様の生まれ変わりなんだと思う。




