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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第2章 彼女は物陰からひっそり彼を見る
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ep.7 妖怪ヌルヌル ~side薫子

 翌朝、私は暗いうちから家を出ました。悠斗くんとの待ち合わせ場所は、自宅から目と鼻の先にある最寄りの駅前です。


 空が白み始めた頃、悠斗くんが駅に到着しました。


 しばらく振りに電車に乗るということで、私の体はカチンコチンに緊張していました。が、突然、悠斗くんは私の手からキャリーバッグを奪い取ると、反対の手で私の手を握りました。


 心臓を鷲掴みされたようにドキリとしました。


 悠斗くんをそっと見上げると、何だか使命感に燃えているような、そんな顔をしていました。


 電車の中でもずっと手を繋いだままでした。


 ただ……です。


 久し振りに電車に乗る緊張からなのか――悠斗くんとお手々繋いで電車デートをしているからなのか――私の手からは止めどなく手汗が吹き出していました。


 繋いでいる手は、ジットリからヌルヌルに変わるのに、そう時間は必要ありませんでした。


 恥ずかしいやら、申し訳ないやら……。


 まもなく電車は隣街の駅へ到着しました。改札口を通る時に手が離れた際、私はサッと手汗をハンカチで拭いました。すでにヌルヌルを通り越してビショビショでした。


 悠斗くんは一切気にする素振りを見せませんが、心の中ではどう思っているのでしょう。――手汗女――とか――妖怪ヌルヌル――などと呼ばれているかもしれません……。


 改札口を出ると、再び悠斗くんに手をガッシリ掴まれました。


 バスに乗り込むと、漸く悠斗くんの手が私から離れていきました。悠斗くんも先程までの厳しい顔が少し緩んでいます。


 私は悠斗くんに見えないように、そっと手のひらを拭いました。


 「どうですか? 問題なさそうですか?」


 悠斗くんが優しく気遣ってくれます。あれだけの手汗です。気づいていないわけがありませんよね。ですが、さすがモテ男は違います。手汗のことはスルーして頂けるようです。


 出来れば、私の手汗で汚れた悠斗くんの手も拭って差し上げたいのですが、手持ちのハンカチはすでに濡れ雑巾のようにビショビショになっていました。予備の綺麗なハンカチは、先程悠斗くんが頭上の棚に乗せてしまったキャリーバッグの中です。


 「はい。悠斗くんの傍にいると落ち着いた気分になれます。電車の中では手を繋いで戴いて安心しました。ありがとうございました」


 手汗のことが気になって、それどころではなかったというのが本当のところですが、お陰で人混みにいるという恐怖が半減されたのは事実です。もし悠斗くんに手を繋いで貰っていなかったなら、私は電車の中、或いは隣街の駅の雑踏で気を失っていたかもしれません。


 そして羽田空港へ到着すると、悠斗くんは再び私の手を握りました。今はまだサラサラですが、5分も経たぬうちに、またヌルヌルになることでしょう。


 「すいません。ちょっと相談があるのですが」


 悠斗くんはカウンターにいる綺麗なお姉さんに話し掛けていました。


 その間に私はキャリーバッグを開けて、中から新しいハンカチ……では間に合わないと思い、吸水性抜群のフェイスタオルを取り出しました。手汗用ではありませんでしたが、持って来て良かったです。


 「……ぁん!?」


 私がホッと一息ついていると、カウンターの向う側から例の声が聞こえました。おそらく悠斗くんがお姉さんに笑顔を向けたのでしょう。


 私もそうですが、悠斗くんに笑顔を向かられると、魔法にでも掛ってしまったかのように、「……ぁん!?」と言わされてしまうのです。


 「……ぁん!? 少々お待ちくださいませ」


 また笑いましたね……。


 「御二方とも出入口から遠い席になってしまいますが、並んだ空席がございます。こちらに変更されますか?」


 「はい。よろしくお願いします。お姉さんのような優しい方に当たって幸運でした」


 「……ぁん!? いえいえお役に立てて何よりです」


 当初、悠斗くんは博多へ行くつもりはなかったのだそうです。だから先に予約していたお祖父様とは席が離れていたのだそうですが、私の為にその交渉をしてくれていたようです。とても有難いことです。


 が……、その時の悠斗くんの表情が気になりました。交渉が上手くいってホッとしたと言うよりも、何だか、してやったりといった顔をしていました。


 まさか……、まさかですが……。いえいえ悠斗くんに限ってそんなはずはありません!


 「……悠斗くん……まさか、アレ、ワザとやってます?」


 「はい……いや、まあ、そうですね」


 ワザとでした……。あざとカワイイことを自覚していました。私は今、従姉弟と判明した時よりも、強いショックを受けています。



 福岡空港へ到着してすぐ、悠斗くんは封書に書かれてあった住所をスマホで検索していました。私はまだ上手くスマホを使いこなせていません。殆ど悠斗くんとのLINEだけにしか使っておらず、スマホを片手で操作する悠斗くんがとてもカッコ良く見えます。


 「ここから、かなり近いみたいですね……」


 悠斗くんはそう言いつつも、私の手を引いてタクシーに乗り込みました。


 タクシーは5分程で停まり、狭い一方通行の標識のある道路の前で降ろされました。


 その時、近くでラグビーの試合をしている声が聞こえてきました。


 何年も悠斗くんのストーカーをしていると、見なくても、聞くだけでサッカーとラグビーの区別がつくようになったのです。ボールを蹴る音だけでは判別できませんが、試合中に選手が出す掛け声のようなものが違うからです。


 そして以前から疑問に思ていた『ヤンボー、マーボー』の正体も、ここで悠斗くんに教わって判明しました。アレは『ユアボール、マイボール』と言っているのだそうです。


 「少し見て行きますか?」


 悠斗くんがソワソワしていることに気づいていました。北頭学院にはラグビー部がありません。本当はラグビーを続けたかったのでしょう。


 「良いのですか?」


 悠斗くんがぱっと華やいだ笑顔になりました。


 「……ぁん!? はい。折角ですから」


 ワザとやってると判っていても、悠斗くんの笑顔に抗うことは出来ません……。どうしても……ぁん!? と言わされてしまいます。


 悠斗くんは学校のフェンスにしがみついて試合を観戦していました。後姿ですが、その様子はまるで小さな子供のようでした。


 するとグラウンドの方からお相撲さんのように大きな方がこちらへ歩み寄ってきました。どうやら足を怪我をされているようで松葉杖を突いています。


 「あれ? おまえ高梨やん。こげんところで  なんしよーと?」


 お相撲さんは驚いたように笑顔満面で悠斗くんに話し掛けました。方言でしたが、大体判ります。おそらく『あれ、君は高梨じゃないか? こんな所で何をしているんだい?』と言ったのだと思います。


 「ちょ、ちょ、ちょ、そんなとこおらんで、こっち入って来ーよ」


 『ちょっと、ちょっと、ちょっと、そんなところにじゃなくて、グラウンドに入って観戦しなよ』と言ってるのだと思います。


 「えっ? いいの?」


 「いいくさ。俺たち仲間やろうもん」


 『くさ』 とは何でしょうか?……おそらくですが、『良いに決まってるだろ。俺たちは仲間じゃないか』と言っているのだと思います。つまりこのお相撲さんは悠斗くんのお友達だったということです。


 「あれ? 高梨やん! なんしょーと?」


 「観に来たと? ウチに転校してくると?」


 グラウンドに入ると、悠斗くんは次々に声を掛けられていました。初めて来た土地に知り合いがいるなんて、ラグビーネットワーク恐るべし! です。


 「風神やん? なんで博多におると?」


 しかも悠斗くんは風神なんて呼ばれています。少年漫画の登場人物みたいで……カッコは良くはありませんね。悠斗くんも苦笑いしていました。


 「ちょ、ちょっと高梨、女連れやん! ここ男子校なっちゃけど!」


 ラグビーを観戦する悠斗くんの目はキラキラしていました。ただ、さすがに無視しすぎではないでしょうか? ムキムキむっちりしたランプから出て来る魔人のような人たちから代わる代わる話し掛けられいますが、悠斗くんは一向に試合から目を離す気配がありません。


 気が小さい私はこういう状態に堪えられないのです。


 「あの~、悠斗くん、何だかずっと話し掛けられてますけど……大丈夫ですか?」


 すると悠斗くんは我に返ったように周囲を見渡していました。


 「ごめん。つい見入ってしまってたよ」


 「「「……ぉふ!?」」」


 野太い声が響きました。


 ……悠斗くんの笑顔は魔人すら魅了する効果があるようです。


 その後、最初に悠斗くんを見つけたお相撲さんから案内して頂き、和風造りの一軒家の前に到着しました。本当にラグビーグラウンドのすぐ側でした。


 ただ私も悠斗くんもなかなか踏ん切りがつかず、しばらく門の前で立ち尽くしていました。

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