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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第2章 彼女は物陰からひっそり彼を見る
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ep.3 スマホがあれば…… ~side薫子

 仔犬たちを抱えてリビングへ戻ると、悠斗くんは目も口も大きく開けたままデレデレになっていました。5万枚を超える私の悠斗くんコレクションの中には、こんな表情のモノは一枚もありませんでした。

 

 「……ぁん!?」


 出来れば自室からすぐにカメラを持って来て、センセーショナルなこの瞬間を激写したいところですが、そう言うわけにもいかないのが、口惜しいところです。


 「……ぁん!?」


 もし手元にスマホがあれば、たった今思いついたかのように、「記念に~」などと写真が撮れたのかもしれません。――スマホぐらい持っておきなさい――という母親の言葉を頑なに拒み続けて来たことを、今更ながら悔やんでいます。


 「……ぁん!?」


 「へぇ~、兄弟なのに、みんな、個性的なんですね~」


 「ジャック・ラッセル・テリアは……、遺伝的多様性が高い犬種なのだ……そうです」


 悠斗くんの笑顔の破壊力にうわの空だった私でしたが、何とか質問に答えることが出来ました。


 悠斗くんは仔犬を抱きかかえながら、まるで赤ちゃんをあやすように、唇を尖らせ変顔をしています。


 写真が撮りたいです。今すぐコミカルな悠斗くんを連写しまくりたいです。


 ただそんな自分に少し呆れてもいます。


 すぐ目の前に憧れの人がいるのに――大好きな人がいるのに――、お話をしたいとか、触れたいとかではなく、私はカメラに収めることに執着しているのですから……。


 やはり私は生粋のストーカーなのかもしれません。私はクククッと自嘲しました。


 すると、悠斗くんは私を見て照れ臭そうにしていました。どうやらご自身のことを笑われたのだと勘違いしたようでした。


 「ごめんなさい。悠斗くんが……あまりにも幸せそうな顔をするもんだから……」


 そのカン違いに便乗させて頂きました。所詮ストーカーでしかない己を嘲笑っていたなどとは、口が裂けても言えません。


 その時、玄関の扉が開く音が聞こえました。おそらく母がお買物から帰って来たのでしょう。


 ダルそうな顔でリビングへ入って来た母でしたが、悠斗くんの姿を見ると驚いて、持っていたエコバックを床に落としてしまいました。


 「あら、あらあら、まあまあ。悠斗君よね? いらっしゃい」


 「はい、高梨悠斗と申します。お邪魔してます」


 エコバックを拾うや否やノールックで私に押し付けた母の目は、悠斗くんに釘付けでした。――先程までのダル顔はどこいったの?――と訊きたくなるほど華やいだ顔で、そそくさと悠斗くんの方へ歩み寄っていきました。


 「私は薫子の母親の由美よ。よろしくね」


 「はい、よろしくお願いします」


 エコバックを受け取った私は仕方なくキッチンへ向いました。卵が2パックも入っていました。被害は甚大です。


 救いようのない卵が5個。これは廃棄するしかありません。パックの中でグチャグチャに散乱しています。ヒビは入っていますが、何とか食べられそうなモノが9個。運よく無事だったのは20個中6個だけでした。


 さらにエコバック本体や野菜などにも割れた卵の被害が及んでいて……、これをすべて始末していると、悠斗くんとの貴重な時間が削られてしまいます。


 とりあえず今は、エコバックのことなど放っておいて、私は滑り込むように悠斗くんの前へ戻りました。


 ところが悠斗くんは、母と何を話していたのか、少し顔を蒼褪めさせていました。そして私から静かに距離を取ろうとされたのです。


 その時私は、思わず悠斗くんのズボンの裾を掴んでいました。我ながら大胆なことをしたと思います。けれど、この時は何が何だか判らず、思わず、咄嗟に。自分でも良く判らず衝動的に動いてしまっていました。


 「大丈夫ですか? ボクは男ですよ?」


 私は頷きました。なるほど、母が話したのは男性恐怖症のことだったのでしょう。


 ただ私は自分が行った大胆行動に鼓動の高鳴りが治まりませんでした。

 

 「コーヒーを入れてきますね」


 そして私はキッチンへ逃げたのでした。


 私はキッチンで悠斗くんと母の話に聞き耳を立てながら、ドキドキが治まるのを待ちました。どうやらジャック・ラッセル・テリアについて母が語っているようでした。


 話は仔犬を悠斗くんが引き取るというところまで発展しているようです。


 ポタポタと落ちるドリップコーヒーを見ながら、何とか落ち着きを取り戻した私は。コーヒーを持ってリビングに戻りました。


 「どうぞ……」


 そして私は悠斗くんの前で居住まいを正しました。


 ここで言わなければ、いつ言うの? という話です。


 それは私の念願でした。心から希望していたことでした。悠斗くんにずっと御礼が言いたかったのです――それが不適切に転じてしまってスト―カーに成り下がっているのですが……。


 遂に私は…… 遂に……。


 ですが、なかなか言葉が出て来ませんでした。何から、どう話せば良いのか判らなくなってしまったのです。


 いきなり御礼を言われても、悠斗くんは困ってしまうでしょう。ならば、最初からきちんと説明しなければなりませんが、ストーカーや盗撮のことを話すわけにもいきません。


 悠斗くんからすればあれ以来のことですが、私にとっては小学生の頃から今現在に至るまでほぼ途切れることなくずっと悠斗くんを追っ掛けて来たのです。


 その辺を上手く誤魔化しながら話せるでしょうか。


 あれこれ頭の中で考えていると、いつの間にか私の隣に座っていた母が、悠斗くんに頭を下げていました。


 「娘を助けてくれて、本当にありがとうございました」


 私もそれに便乗するように床に手を突きました。


 「いえいえ、そこまでして頂くほどのことでは……。それにボクは自転車をイジるのが好きな方なんで……はい」


 悠斗くんはパンク修理のことだと思ったようです。土下座する母娘を見て、若干引いていました。


 「えっ?」


 すると母が訝し気に私の顔を見ました。


 そう言えば、悠斗くんが我家へ訪問することになった経緯を母に話していませんでしたね。母からも訊かれていませんし……。


 今日、学校帰りに私の自転車がパンクして、それを家まで押してくれて、さらに修理までして貰ったことを話すと、母は爆笑していました。


 「御免なさいね。重ね重ねお世話になっちゃって……いや、実はね……。薫子。折角だから自分でお話しなさい」


 母は笑いながらも私を促してくれました。何だか、緊張が緩み、呼吸も楽になった気がします。


 悠斗くんは、確りと私を見て、聴く姿勢になってくれていました。


 「あの……、憶えていませんか? 川原で……あなたが助けてくれた……」


 「ん? 先日チーズのリードを掴んだことですか?」


 上手くは話せそうにありませんが、私は頑張ります。


 「いいえ。小学生の時です。私はまだ6年生で、悠斗くんは4年生でした。えっと――魂のタックル――で……」


 悠斗くんは目を丸くして驚いていました。


 「もしかして、霧島先輩があの時のおねえさんですか⁉」


 「はい。そうです。憶えてくれていたんですね。本当はもっと早くお礼を言いたかったのですが……」


 私はこれまでにない程、スカッとした気持ちになれました。肩の荷が下りたというのは、こういうことなのだと思います。


 それから私は事件後のことを悠斗くんにお話しました。ストーカーとバレないよう、余計なことを言わないよう、細心の注意を払いながら……。私は口下手ですが、脳内では結構お喋りなのです。それが今日は飛び出しました。言葉がですよ。脳は飛び出しておりません。


 辺りもすっかり暗くなり、悠斗くんを見送る為、私も庭まで出ました。母も後ろから追いて来ようとしていたので、エコバックの惨状を教えてあげました。


 「今日はパンク修理までして貰って、ありがとうございました」


 私は自転車に跨る悠斗くんにもう一度頭を下げました。すると悠斗くんは何かを思いついたようにポケットに手を入れ、スマホを取り出しました。


 「いえいえ。折角の自転車通学同士なんで、LINEの交換しませんか?」


 今日は――スマホが有れば――と何度思わされる日なのでしょうか。もはやスマホの入手に躊躇いはありません。


 ついでに可愛い眼鏡も買っておきましょう。

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