4 玄関前の襲撃
「おはよう」
朝、玄関を出ると、門の前で腕を組んた紗枝が待ち構えていた。
「……」
紗枝はいつもの様に手を繋ごうとスッと手を伸ばして来たが、ボクは素通りして駅に向かって歩き始める。一瞬、――えっ――という顔をした紗枝だったが、慌てて横に並ぶと、めげずに手を取ろうとしていたが、その度にサッと躱した。
「な、なんで避けるのよ?」
「ん~、そんな気分じゃないかな」
手を繋いで登下校するのは――恋人として当然のこと――だと紗枝に求められたからだった。恥ずかしくなかったわけではないが、ならばとボクもそれを受け入れた。
「な、なに? わたしが遠山先輩と付き合うのが、そんなに気に入らないの?」
「どうなんだろな? 自分でもよく判らない。ただ紗枝とは手を繋ぎたくない」
――生理的に――という言葉はなんとか飲み込んだ。
「なっ……」
紗枝はショックを受けているようだったが、ボクはそのまま駅に向って歩き続ける。
二人並んで無言のまま、昨日二人で話し合った河川敷の上にある川原道を通り、やがて駅へと続く商店街に差し掛かる。
まだ早朝ということもあって、商店街の殆どのシャッターは降りていたが、小学生の頃から通っている書店。今でも頻繁に立ち寄る熱帯魚店。月に一度は家族と食事に行く馴染みのレストラン。クリスマスや家族の誰かが誕生日の日には必ずお世話になっている洋菓子店。怪我や病気をすれば連れて行かれる病院。また今は大手百円ショップになっているアノ母親の実家だという旧益田屋もあった。弁護士をしている爺ちゃんの事務所も駅前にある。
「ねえ、昨日の話なんだけど、認めてくれる気になった?」
「昨日も言ったけど、嫌かな」
「これはね、ポリアモリーって考え方なの。恋人がいても、他に好きな人が出来てしまうことって、そんなにダメなことかしら? 自分の感情を抑えつけることがそんなに正しいことかしら? わたしは二人とも好きなのよ。ふたりを好きになることって、そんなにいけないことなの?」
「……」
おお、本当にポリアモリーだったよ。
「だけど、それをユウ君に隠したままだったらフェアじゃないでしょ。だからわたしはユウ君に相談しているの。そして、ユウ君には、ありのままのわたしを受け入れて欲しいの」
「……」
昨日読んだ記事のままだ。そのまま過ぎて逆に感心する。
「わたしね、 今、サッカー部のマネージャーなの。もうすぐ選手権の予選が始まるし、忙しいのよ。だから、さっさと決めて欲しいのだけれど」
やや自慢するように言う紗枝。まるで遠足を楽しみにする子供のような顔だった。
「……そうか。わかった。別れよう」
「なっ、わたしの話を聞いてた? もう一度、きちんと考えて」
自信ありげに笑っていた紗枝だったが――なんだって!――と言わんばかりに驚愕の顔でボクを見上げた。なぜその答えが想定できないのか、そっちの方が驚きだよ。
「困ったな。さっさと決めて欲しいんだろ?」
「そうよ。お願い」
紗枝は手を合わせて懇願してくる。
「クククッ、わかった。決めたよ」
ボクは、バカバカしくなって、つい笑ってしまった。
「……ぁん!? そう、やっと判ってくれたのね。ありがとう、ユウ君」
何を勘違いしたのか、パッと表情が明るくなる紗枝。
「うん、別れる」
紗枝は、ガッカリというより、ウンザリしたような顔をしていた。まるでボクの方が駄々を捏ねているとでも言いたげな態度だ。それを無視して駅の構内へと入り、自動改札に定期を通してホームまで歩く。
紗枝はまたいつものように定期入れをどこに仕舞ったのか、改札の前でポケットの中を探っていた。昨日まではそんなことさえ可愛いと思っていたボクも相当バカだ。
「もーう、違うでしょ? わたしが聞きたいのは、受け入れるか、認めるか、そのどちらかよ!」
慌てて追って来た紗枝はホームで横並びになると、まだそんなバカなことを言い立てた。
「困ったな。受け入れられないし、認められない、だから別れる」
「なっ、なっ……、そ、そんなに答えを急がないで、じっくり考えて」
「紗枝が、――今すぐ答えを出せ――って言ったんだろ」
「わっ、判ったわよ。仕方ないから、少しだけ時間をあげるわ。今日の昼休みまでには決めてよ! ちゃんと考えるのよ。ユウ君にはわたしが必要なんだから、絶対に答えを間違ってはダメよ」
ホームに電車が到着して、紗枝が乗り込むのを見届けてから、隣の車両に乗り込んだ。紗枝は、ボクが後に続いていないのに気づいて、「なっ!」と洩らしたが、それ以上は聞こえなかった。
なんだろ? 昨日まで恋人だった紗枝がとても気持ち悪い。




