14 祖母と大叔父とその家族
やや古びた一軒家の小さな門の前で、ボクと霧島先輩はしばらく佇んでいた。
ただこのまま戸惑っていても仕方がないので、意を決して、玄関にあったチャイムを鳴らした。
「はーい」という女性の間延びした声が聴こると、足音と共に、間も無くスライド式のドアが開いた。
そこに立っていたのは明らかにアノ母親とは違う老齢の女性であったが、何となくその面影があった。
「すいません。こちらに益田聖奈さんはいらっしゃいますか?」
ボクの顔を見ても表情が変わることはなかった女性だったが、後ろに立っていた霧島先輩に視線を向けると、目を見開いていた。
「えっと……どちら様ですか……?」
老齢の女性は、ボクではなく霧島先輩を見入っている。
「ボクは高梨悠斗と申します。益田聖奈さんの息子で……。3歳までは一緒に暮らしていたのですが……」
「へぇぇぇぇーー???」
悲鳴を上げて卒倒しそうになった女性にボクは慌てて駆け寄り、その身体を支えた。
「あー、あー、ごめんなさいね」
ボクの腕の中にいた女性は、何とか意識を手放さなかったが、少し朦朧としているようだった。かなりショッキングなことだったようだ。
すると隣の家の玄関が大きな音を立てて開くと、老齢の男性が慌てたように駆け込んで来た。
「姉ちゃん、どうしたとね? なんやお前ら! 誰や?」
「っち、ちがうのよ、勝嗣」
やや喧嘩腰に怒鳴り込んで来た男性を、老齢の女性がボクの腕の中から慌てて宥めていると、玄関からまた別の女性が入って来た。こちらは30代半ばといったところだろうか。
そしてやはりこの女性も霧島先輩に目を向けると、何かに気が付いたかのように頷いた。
「お父さん、ちょっと落ち着いて。そこの女の人をよーっと見てごらん」
ジロジロ見られる霧島先輩は先程からずっとフリーズしたままだった。
「はじめまして。高梨悠斗と申します」
女性が体を起こしたのもあって、ボクは男性に向けてもう一度自己紹介をする。
「なるほど……。わ、かわった。取り敢えず中に入ってくれんね」
男性も、霧島先輩を見て何かを察したように、ボクと霧島先輩を家の中へと招き入れてくれた。
振り返ると、玄関先で未だ硬直していた霧島先輩だったが、後から来た女性に促されて、やっと我に返ったかのようにボクの後ろをついて来た。
通された部屋は派手なペルシャ絨毯が敷かれた畳間だった。その上にテーブルを挟んでクリーム色のソファーが向い合せに置かれていた。
「どうぞ」
導かれて、霧島先輩と並んでソファーで待っていると、お盆にお茶を乗せた30代女性、続いて老齢の女性と男性が入って来た。
「初めまして、俺は重松勝嗣といいます。こっちは姉の益田早苗。そして俺の次女の亜由美です」
ボクと霧島先輩は同時に頭を下げる。
そしてボクはここへ来た主旨を話す前に、これまでにあったことを、まずは簡単な説明をした。
自分が益田聖奈の息子であること。3歳まで東京の小さなアパートで一緒に暮らしていたこと。父方の祖父である高梨悠合がアパートを訪ねて来た時、アノ母親が逃げるように失踪してしまったことなどなど。
「それで、今日こちらにお邪魔したのは母に会う為です。今更、何をどうしたいというわけはありません。一度しっかり顔を見て、自分の中でケジメをつけたいと思いまして」
すると対面に座っていた。早苗さんがソファーから降り、畳に座り直して深々の頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい。あの娘は……なんてことを……」
そしてまた勝嗣さんも早苗さんに寄り添い、同じくボクに頭を下げた。その涙声の謝罪に、ボクは胸が詰まるような気持ちになった。
「いえ、大丈夫ですから。文句を言ってやろうとか、アノ母親に恨みがあるわけじゃないんです。頭をお上げになって下さい」
勝嗣さんはソファーに座り直したが、早苗さんは畳に正座したままだった。
「ホントにあの子たら……。子供が二人もいたなんて……。今の今まで一度も言ったことなかったのに……」
二人? と思ったが、すぐに気が付いた。ボクと霧島先輩を姉弟と勘違いしているのだろう。
ここへ来てからの皆さんの反応。そして以前、霧島先輩の笑顔を見て覚えた既視感。霧島先輩はアノ母親に似ているのだ。そして目の前で正座している祖母も。
「いえ、私は霧島薫子と申します。父は竜也です」
霧島先輩が少し困ったようにそう伝えると、早苗さんは横倒れになった。
存在すら知らなかった孫が、いきなり二人も現れてしまっては、驚いても仕方がないことだと思う。
そこからは、早苗さんに代って勝嗣さんからいろいろ事情を説明してくれた。結論から言うと、アノ母親はこの家にはいなかった。
12年前、アノ母親は、この家にひょっこ現れたのだそうだ。おそらくボクを捨てたその直後のことだと思う。それから10年程この家で暮していたらしい。が、今から2年前に早苗さんと大喧嘩をして家を飛び出し、そのまま帰って来なくなったのだそうだ。
「それから、ひと月前ぐらいだったかしら……警察の方がここへいらしてね。……あの娘、また失踪したらしいのよ……」
早苗さんは溜息をつく。
詳しく訊いてみると、今年の8月半ば、ボクがオーストラリアにいた時に隣街で起きたという『アパート住民集団失踪事件』の失踪者の一人とのことだった。
父悠升がいなくなった時とその状況が似ているからと、爺ちゃんはこの事件に注視していた。だからボクも事件のことは知っていた。確か、アパート一棟すべての住民が忽然と姿を消したという事件だったと思うが、まさかそんな近くに棲んでいたとは……。
「すまないことをしたね。本当にごめんなさい。あの娘は一体、どこで何をしているのやら……」
「いえ、そんな。ボクは、お祖母ちゃんに会えただけで、十分ですから」
親とはそんなものなのかもしれないが、そんなに謝らないで欲しかった。早苗さんに罪はない。ボクは、祖母である早苗さんに向けて満面の笑みをつくり、気にしていないことをアピールする。
「……ぁん!? ありがとう。そんな優しいことを言ってくれるなんて……」
早苗さんは手で顔を覆って泣き出した。
羽田空港の搭乗カウンターでの一件からボクが笑うと、なぜか霧島先輩の目が少し厳しい。
「それから薫子さん。竜也のお葬式には顔も出さずに、本当にごめんなさいね。あの子、私を嫌ってたから……」
「いえいえ、家族だけの小さなお葬式でしたから。こちらこそきちんと案内もせずに不義理を致しました……と母が」
「しかし、よくここの住所が判ったね」
勝嗣さんによると、早苗さんの夫、つまりアノ母親の父親はかなりの暴力夫だったらしく、早苗さんは、行先を誰にも知らせず、博多の実家へ逃げてきたとのことだった。
そこで霧島先輩が徐にバッグから例の封書を取り出した。
それを受け取った早苗さんは、裏表を確認して少し眉を潜めた後、不思議そうに訊ねた。
「開けていないのね?」
「実は父が亡くなってから届いたものようで……。当時、母も私もバタバタしていて、気が付かなかったのです。それを今更、母や私が開封して良いものかと……」
すると早苗さんの視線がボクの方へ向いたので、慌てて首をブンブン振った。
「なら、私が開けようか? 娘から息子への手紙だし。今のあの娘の行方が判るかも知れないわ」
ボクと霧島先輩は「お願いします」と頭を下げた。
そして手紙を読み始めた早苗さんだったが……読み終えた後ガクリと肩を落とし、大きな溜息をつくと、呆れたようにその手紙を差し出して来た。
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拝啓 お兄ちゃん元気ですか? 突然の手紙、驚いたでしょ?
私は今、博多でお母さんと暮らしています。先日、お兄ちゃんの手紙をお母さんの鏡台の中で見つけて、今こっそり手紙を書いているところです。
高校一年生の春、私が突然いなくなって、とても心配させたことだと思います。本当にごめんなさい。
お兄ちゃんなら信じてくれると思うので話しますが、実は、私は異世界に行っていました。高梨悠升君と河川敷を歩いていると、突然マンホールの中に落っこちて、気づいたら異世界にいたのです。
そこで私と悠升君は、剣や魔法を使って魔王を倒しました。本当だよ。
だけど悠升君は向こうで好きな人が出来てしまって、日本に戻らないと言うのです。だから日本へは私だけで帰ってきました。もう10年ぐらい前の話です。
信じられないとは思いますが、すべて本当のことです。
お兄ちゃんに会いたいです。良かったら博多に会いに来てください。忙しいなら私がそっちへ行っても良いです。
PS・もし返事をくれる場合、お兄ちゃんの名前は書かないでください。見つかったらお母さんから捨てられそうなので(笑)
益田聖奈
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「いや、変な娘とは思ってたけど、ここまでとはね……」
早苗さんの落胆っぷりは凄かった。
確か、まあ何とも言えない手紙の内容ではあるが、もしかすると兄妹でしか判らない暗号……のようなものかもしれない。と、もう一度、読み返してみたが、やはり何も判らなかった。
ただ父、悠升の名前が出ているところを見ると、一緒にいたのは間違えないと思う。まあ、じゃないとボクは生まれてないのだけれど。




