10 えっ? えっ? えっ?
その後もお母さんトークは弾む。先日の自転車パンク修理のことや、姉ちゃんに誘われて生徒会活動をしていることなど、話題は尽きない。
「近頃、子供たちはホントな~んにも言わなくなって」
いやいや案外言ってる方だと思うけど。紗枝のことだって、包み隠さずちゃんと報告したし。
「子供なんて、そんなものじゃないですか?」
「そうですかね~」
「お子さん御二方とも人柄が良くて、しかも北頭学院の主席でしょ? お母様の遺伝子と育て方が良かったのだと思いますよ」
「いえいえ、そんな~。遺伝子と言えば、悠斗は私の産んだ子じゃないんですよ。父が3歳の頃に引き取った兄の子なんです。丁度その頃私も離婚して、実家に帰ったタイミングが同じだったというだけなんですよ」
「そ、そうだったのですね。存じ上げずに立ち入ったことを伺ってしまい、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、私も悠斗も全然気にしていませんから。腹を痛めていないだけで、私の息子です。ちなみにこの子を産みの親は、以前、商店街にあった益田人形店の聖奈さんなんですよ」
「えっ……?」
由美さんは驚愕の表情で固まっていた。
「えっ?」
その由美さんの表情に母さんは首を傾げる。
「えっ?」
長い沈黙に耐えきれずボクまで言ってしまった。
「……」
霧島先輩は無言のまま由美さんと同じ表情で固まっていた。
巨乳だけは小刻みに微動する。
「聖奈さんは20年以上前に行方不明になっているはずですが……生きているんですか?」
なるほど、商店街のご近所さんということもあり、顔見知りだったのかもしれない。
「……」
「……ということは、やはりお二人は駆け落ちされたということでしょうか?」
「……」
ここへ来て、母さんは言葉を詰まらせた。迂闊に喋り過ぎたと思ったのだろう。他人である霧島母娘に、何をどこまで話をして良いやらと、戸惑ってもいるようだ
「あっ、すいません。実は私の夫の霧島竜也は、旧姓益田竜也。聖奈さんの兄なんです」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっーーーー!」
「あの……少々お待ち頂いても宜しいですか?」
母は真剣な顔でそう言うと席を立った。去り際に「料理が来たら先に食べてていいからね」ボクに言い残すと、そのまま店の外へと出て行った。
そして5分もせずに、レストランから目と鼻の先にある事務所に居たであろう爺ちゃんを連れて戻って来た。
「初めまして、悠斗の祖父の高梨悠合と申します」
爺ちゃんは、由美さんと霧島先輩に丁寧に頭を下げて、弁護士の名刺を差し出した。そしてボクの横に腰掛ける。
霧島母娘は恐縮したように頭を下げた。
「えっと、ご主人の妹さんが、益田聖奈さんとのことで、間違えございませんか?」
「はい」
爺ちゃんが由美さんに問い掛けると、先程まで和やかさが随分前だったかのような緊張感が漂った。
「で、今、ご主人は?」
爺ちゃんが質問すると職業的な圧がある。霧島母娘が少し可哀そうになった。
「この娘が中学二年生の頃ですから、5年前に事故で亡くなっております」
「そうでございましたか……大変不躾を致しました。ではお知りになりたいなら、私が知っていることもお話ししましょうか?」
「はい。お願いします。夫は、この子が産まれるまでの間、ずっと、各地を周って聖奈さんを捜していましたから……」
霧島先輩の父親である霧島竜也さんは、生前カメラマンだったそうだ。日本各地の景色や施設を撮るのが仕事だったらしく、それもアノ母親を捜す為に選んだ仕事だったとのことである。
ちょうど料理が運ばれて来たのもあって、爺ちゃんの分も追加しつつ、食事をしながらの爺ちゃんの話が始まった。その内容はアノ母親と暮していたアパートへ爺ちゃんが訊ねて来たあの日のことだ。
じいちゃんは弁護士らしく事実だけを淡々と述べた。また確たる証拠がないボクの証言については、データに照らし合わせて語った。
ボクをアパートに置き去りしたことについては、由美さんも眉を潜めていた。
「あなた……、聖奈さんは生きていたわよ……」
話を聞き終えた由美さんは、何かを訴えるように天を見上げた。どうやら天国にいる霧島竜也さんに報告しているようだった。
「ところで益田屋さんご夫妻はどちらにいらっしゃるか、ご存じありませんか?」
「義父はすでに亡くなっております。また義母はご実家だと伺っています」
と、まず結論を言ってから、由美さんは続けた。
「悠升さんと聖奈さんのお二人が行方不明になった当時、夫と私は東京の大学に通っていました。聖奈さんを捜そうとする夫と、――家出娘など放っておけ――と言う義父の間で折り合いが悪くなり、それからは絶縁状態になっていたようです。結婚する時も夫の要望で霧島姓になりました。カメラマンである夫とそのアシスタントとして、二人で日本中を飛び回り、その傍らで聖奈さんを捜していました。その内、薫子が生まれ、こちらに拠点を置くことになった時には、すでに益田人形店は無くなっておりました。義父が亡くなっていると知ったのは、こちらに帰ってからのことです。また義母は、義父が亡くなった後、博多のご実家へ戻られたと聞いております」
「博多ですか? ご存命でおられるのでしょうか?」
「不義理な話ですが、まったく存じ上げません」
「……そうですか。いやはや、灯台下暗しとはこのことですな。悠斗の伯母様がこんなに近くにいらっしゃったのですからなぁ」
爺ちゃんは場の空気を変えるようにガハハと笑った。
「あら、悠斗くんの伯母と言われるのは、悪くない気分ですね」
「私は悠斗くんの従姉?」
「あー、そういうことだね。薫子お姉ちゃんって呼んじゃおうかな」
皆、空気を読むのが上手い。子供の頃のボクはそれが判らなかった。今のボクは、それが出来るようになっただろうか。




