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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第2章 彼女は物陰からひっそり彼を見る
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8 ウォーターアイランド

 それは兎も角として、あれ以来ボクは霧島先輩とほぼ毎日のように自転車で学校へ通うようになっていた。待ち合わせしているわけではなく、毎朝バッタリ会うのだ。


 男性恐怖症の所為で 朝の満員電車に乗れない霧島先輩は、自転車でしか学校へ行けないのだそうだ。だから、パンク修理をして貰って本当に助かったと、その後も何度もお礼を言われた。


 またスマホを買った霧島先輩とLINE交換もした。放課後は――今から駐輪場へ向かいます――を送り、タイミングが合えば一緒に帰ることもあった。


 時間に制限がない日は、川原道を自転車を並べのんびり話をしながら帰った。


 近頃、ボクは霧島先輩を女性として意識し始めていた。霧島先輩の揺れる大きな胸につい目が向いてしまい、ちょっと罪悪感を覚えたりもしている。


 そして、明日土曜日は、いよいよ母さんとキリシマ書店を訪問する日になっていた。訪問の理由は、もちろん仔犬の引き取りである。無論、仔犬を迎える為の準備はすでに出来ていた。


 ボクは、母さんが帰国してすぐに仔犬を飼いたい旨を打診した。


 旅行から帰って来た母はとにかく超ご機嫌で、「あら、いいわね。ラブが死んでからお爺ちゃんも寂しそうだったし」と、説得は思った以上に呆気なかった。爺ちゃんにも相談したが「もちろん。オッケーじゃ」と簡単に了承された。選挙のことで、それどころではない姉ちゃんは「好きにすれば」で終わった。


 それから黒猫のミーナのことだけど……。


 家族には飼っているという認識がない。もちろんボクの部屋に来ていることは知っていたが、たまに遊びに来る野良猫ぐらいに思っていた。


 だからオヤツをあげることはあっても、毎日ごはんを食べさせているわけではなかった。別段、痩せてるとか、野良猫のように薄汚れているわけでもなく、一体、いつどこで寝て、ご飯を食べているのか??


 アノ母親と暮していた3歳の頃から一緒なのだから、かなり高齢のはずだが……。謎が多い猫である。


 そして翌日――


 やたら早起きしたボクは朝から楽しみ過ぎて気も漫ろだった。朝食を食べ終えると、すぐにパジャマからジャージに着替えた。胸に『CCC』とロゴが入った黒のジャージだ。カ○タベリーはナ〇キやア○ィダスほど一般的ではないが、ラグビー好きの人は大抵このブランドの服を着ている。


 休日とは言えジャージで出掛けなくても良さそうなものだが、この一年で思った以上に背が伸びて、また痩せてしまったのもあり、体に合った真面な服がなかったのだ。然程拘りがあるわけでもないので、近所を歩くぐらいならこれで十分である。


 霧島先輩宅へ訪問する明確な時間は決めていなかったが、お昼より少し前にお邪魔するという話になっていた。そしてお昼は、母さんの奢りで、商店街にあるいつものレストランで食事をすることになっている。


 時刻は11時少し前だったが、母は未だ着替えもせず、鏡台の前で入念に化粧をしていた。


 そもそも母さんには――無理に来なくて良い――と言ったが、――仔犬を頂くのだから、そう言うわけにはいかない――と折れなかった。


 「商店街に到着したら連絡してね」


 ボクは、母さんにそう言い残すと、先に家を出ることにした。

 

 近頃のボクは、玄関の扉を開ける前、決まって一瞬躊躇してしまう。もう全て終わった事であり、妊娠という騒動の渦中にいる紗枝が立っているはずもないのに……。


 実際、紗枝はあれ以来、学校へ一度も来ていない。





 それはさておき――


 今回は暇つぶしも兼ねて、少し遠回りになるが、いつもの川原ではなく、国道を通って行くことにした。


 自宅がある脇道から国道へ出ると、すぐ目の前に見える大きな建物が、ラグビーの時の怪我で散々お世話になった宮田総合病院である。つまりは夏穂の棲処だ。


 国道を通る時は気をつけなければならない。勘が良いのか、どこから見てるのか、夏穂がいきなり飛びついて来ることがある。とにかくこの付近だけは速足で通り過ぎるに限る。


 危険地帯を通り越し、駅から最も遠い商店街の入口付近にある熱帯魚店へ立ち寄った。熱帯魚飼育はボクの趣味の一つだ。


 ただし拘りというか、少し片寄りがあって、コリドラスという小さなナマズの仲間しか飼っていなかった。自分でもよく判らないが、彩りの綺麗な魚には全く興味が持てなかった。


 現在、自宅では、900×450×450(mm)の二つの水槽を合わせて30種類78尾のコリドラスを飼っていた。


 「おお、悠斗か、また大きくなったな。爺ちゃんは元気か?」

 

 熱帯魚店のおじさんが水換えの作業をしながら話し掛けてきた。


 熱帯魚飼育の趣味は、越して来てすぐの頃に爺ちゃんからここへ連れて来られたのが始まりだった。


 アノ母親と離れられたことは決して悪い事ではなかった。爺ちゃんとの出会いはとても素敵な出来事だったと言える。不服はない。むしろ幸せとさえ思っていた。


 けれど幼いボクは水槽の中にいる小さな魚を自分と重ねて見ていた。水槽という限られた世界の底で流木の陰に隠れながらジッとしているコリドラスは、当時のボクという存在そのものだった。


 「爺ちゃんは相変らずですよ。佳織さんは来てますか?」


 「いや、店には来てないな……。まあ、お前はどうせコリだろ? 勝手に見てろ」


 おじさんは、沈痛なその面持ち隠すように顔を背け、水槽の水換えの作業に戻った。


 この熱帯魚店ウォーターアイランドでは、以前はアロアナやディスカスがメインだったが、近頃は観賞用珊瑚を使った海水水槽に力を入れていた。


 それでもネオンテトラやグッピーなどの昔からの定番熱帯魚もいて、その辺は娘の水島佳織みずしまかおりさんが担当していた。とくに南米系の小型熱帯魚に関しての見識は深く、話していると時間を忘れてしまうほど楽しかった。


 同じ中学の先輩であり、そして北頭学院高等部2年生。ボクにとって彼女はコリドラス談義が出来る唯一の熱帯魚仲間であり、大切な友人だった。


 その佳織さんとは、随分長い間、顔を合わせていない。最後に話をしたのは昨年末ぐらいだったと思う。実を言えば、佳織さんは今、学校へ来ていない。知ったのはオーストラリア遠征から帰った後だった。


 話は姉ちゃんから聞いた。


 一学期の中頃にあった下駄箱を使った凄惨なイジメの被害生徒が佳織さんだったのである。自殺するまで追い込まれていたと知った時、ボクの胸は張り裂けそうになった。


 イジメの切っ掛けは、誰かが「魚臭い」と言ってからだそうだ。決してそんな事実ない、佳織さんはとても良い香りがすることをボクは知っている。


 「ウチ、熱帯魚店だから」と気にも留めない佳織さんが気に食わなかったのか、イジメはエスカレートしていったそうだ。佳織さんを――サカナ――と呼び、罵詈雑言を浴びせるようにもなったのだと言う。


 それでも佳織さんはあまり気にした様子ではなかったと聞く。馬耳東風であったと。


 ボクは佳織さんの夢を知っている。


 『いつかアマゾンで本物の熱帯魚を自分で採取するんだ。面白いコリドラスがいたら、取ってきてあげるからね』


 熱帯魚のこととなると饒舌なる佳織さんだったが、普段はとても穏やかな人だった。安価な魚ても、命は命と、バカ高い薬を使って助けようとする優しい人でもあった。


 おそらく誰彼に何を言われたとしても、本当に気にしていなかったのだと思う。自分がある人だったから。


 そんな佳織さんでも物理的なイジメはさすがに堪えたようだった。――下駄箱に生ゴミを入れた――と言われているが、正確に言うと、どこぞの熱帯魚店でわざわざ買ってきた肉食魚用の餌である金魚を、生きたまま佳織さんの下駄箱に入れていたのだそうだ。


 「オマエの所為で、毎日魚が死んでいくな」


 そしてその翌日には、佳織さんの下駄箱で悪臭を放っていたのだという。


 佳織さんはわざわざ金魚を買って来てまで、嫌がらせする加害生徒に「お願い、やめて」「金魚が可哀そう」と何度も訴えたそうだ。だが、ニヤニヤしながら「どうせ餌じゃない。結局死ぬんでしょ? コレ」と、これ見よがしに数尾の金魚を学校へ持って来ることを続けたという。


 なんとも……呆れる……。


 そしていよいよ堪えられなくなった佳織さんは自殺した。校舎の3階の窓から飛び降りたそうだ。脚を骨折したようだが、幸い命に別状はなかった。佳織さんも衝動的咄嗟の行動だったと、今は未だ登校には至らないまでも、反省しているとのことだった。


 ただ加害生徒たちは「イジメられる方も悪い」と全く反省していなかったとのことだ。


 ボクはいつも思う。


 詐欺師は――騙された方が悪い――などと当り前のように言う。浮気者は――不倫される方が悪い――と醜く開き直る。騙す方が絶対的に悪いのだ。配偶者を裏切った浮気者の方が100%悪いに決まっている。


 イジメも同じだ。誰も他者を害する権利はない。他人にイジメられる謂れもない。イジメをする奴は、他人から金を騙し取る詐欺師や平気で配偶者を裏切る者とその思考が同じなのだ。


 店内をグルリと廻って、ボクは熱帯魚店ウォーターアイランドを後にした。佳織さんがいないのなら長居しても仕方がない。


 何も知らず、何も出来なかったボクが、今更佳織さんを慰めようなどと烏滸がましいことは考えていない。ただ以前の様に熱帯魚の話が出来たらと……そう願っているだけだ。

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