5 男性恐怖症
おかしな箇所や誤字脱字が多々あると思いますが、後日校正します。頭痛が酷くて、今は文字を見たくないのです。
一旦、奥へ引っ込んだ霧島先輩は両手に4匹の仔犬を抱えて戻って来た。その後ろからは暢気に歩くチーズと、仔犬を奪われて少し不安そうなぺアーもついて来た。
リビングの絨毯へ放たれた4匹の仔犬たちは、一瞬立ち止まって周囲を見渡していたが、やがてそれぞれが覚束ない足取りながらよちよちと自由に動き始めた。
尻尾を振って霧島先輩に絡みつく仔、ソファーへよじ登ろうとしてコケてひっくり返っている仔、辺りを監視するように静かに座っているぺアーの下に潜り込んで乳を強請っている仔。まるで毛玉のように転げ回っていた。
ボクはソファーから降り、そっと絨毯の上で胡坐をかいた。
霧島先輩と膝と膝をつき合わせるような形になってしまったが、目論み通り彼女に絡みついていた小さな毛玉が、胡坐を組むボクの膝の上へ乗って来てくれた。
思わずニヤけてしまう。かわいい。
「……ぁん!?」
そんな仔犬の中で一匹だけ、警戒しているのか、固まったように動かずジッとボクを凝視している仔がいた。少し気弱な仔なのかもしれない。
「君もおいで」
手を差し出すと、その子は鷹揚にポタポタ歩いてボクの膝の上に乗ると、尻尾をピンと立てた。そして――邪魔だ――と言わんばかりにボクの上で転がっていた別の仔犬を蹴落とした。……全く気弱などではなかった。
「兄弟で、いろいろなんですね~」
仔犬たちは、身体が白く短足であるのは共通していたが、それぞれ模様に個性があった。顔全体が茶色い仔、母親のペアーに似た綺麗な模様の仔もいた。そして今、ボクの膝の上を占領しているこの仔は、右目の周りだけが茶色で、まるで殴られた跡のようなっていた。そしてこの仔だけ耳が立っていた。
「ジャック・ラッセル・テリアは……、遺伝的多様性が高い犬種だ……そうです」
そっと手を出すと、新しいオモチャをみつけたように生えたばかり歯でハムハムとボクの手を噛んだ。ちょっと痛いが、かわいい。可愛すぎるだろ!
その無邪気な仕草を見ていたら、紗枝のことで思い悩んでいたのが、馬鹿らしく思えた。気持ちがポワ~っとして、こういうのを幸せっていうんだろうと思う。仔犬が愛らし過ぎて、悶え死にそうだった。
霧島先輩がボクを見てクククッと笑った。
「ごめんなさい。悠斗くんが……あまりにも幸せそうな顔をするもんだから……」
笑う霧島先輩を初めて見た。初めて見た……はずなのに、以前どこかで見たような既視感を覚えた。
その時、階段を登ってくる足音が聞こえた。
リビングへ入って来たのは両手に荷物を抱えた妙齢の女性だった。ボクがいることに驚いて、手に持っていた荷物を落としてしまったが、すぐに相好を崩した。
「あら、あらあら、まあまあ。悠斗君よね? いらっしゃい」
「はい、高梨悠斗と申します。お邪魔してます」
……ってなぜ、ボクの名前……? あっ、そうかと思い出す。ラグビーの応援横断幕で、ボクは商店街の有名人だったのだ。
「私は薫子の母親の霧島由美です。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ボクは戯れつく仔犬と遊びながら頭を下げる。本来ならきちんと座り直して挨拶すべきだろうが、せっかく仔犬が膝の上に乗っているのに、体勢を崩して仔犬が離れてしまったらボクは泣いてしまうかもしれない。
「それにしても……本当に悠斗君だったら平気なのね……」
母親の由美さんが、不思議そうな、また感心したように小声で呟いた。
ちなみにこの時、霧島先輩は近くにいない。由美さんに荷物を押し付けられキッチンの方へ行っていた。
「えっ?」
ボクも釣られるように声のトーンを落とした。平気……? どういうことだろうと、ボクは首を傾げる。
「あー、あの子、薫子ね。男性恐怖症なのよ」
それを聞いてボクは、先程まで膝をつき合わせた状態だったことを思い出し、背中に嫌な汗を掻いた。
小学生の頃、同じクラブチームに、負けん気が強く根性もあり、男子さながらにプレイする元気なラグビー女子がいた。小学校の頃までは泥だらけになって一緒に練習していたのだけど、中学生になった彼女は突然ラグビーを辞めてしまった。
ラグビーをしている女子というのは、大抵、父親がラグビーの関係者であり、無理矢理させられているというケースが多い。自我が芽生える年頃になって辞めてしまうことはよくあることだった。
だが彼女は才能もあり、少し残念に思っていたのだが、ある時試合を観に来ていた彼女とバッタリ遭遇した。男勝りにボールを追い掛けていた頃とまるで違って、少し大人しそうな女の子に変わっていた。
ただボクらはそんな彼女の変化など気にも留めなかった。ズカズカと寄っていって、久しぶりに会った嬉しさから、以前のようにハイタッチをしようと手を振り上げたのである。
すると、彼女は顔面蒼白になって硬直すると、その場に屈み込んでしまったのだった。ボクらは何が起こったのかも判らず、意図せず大勢の男子で、過呼吸の状態になった彼女を囲む形になったのだ。
ボクらは心配する声を次々に掛けたていたが、やがて彼女の父親(※当時チームのコーチ)が慌てた様子で現れ、すぐに引き離され、父親に支えられながら彼女はその場を去っていったのだった。
ボクたちはただ茫然としていたが、帰って来たコーチ、つまり彼女の父親から、彼女が――男性恐怖症――になっていることを知らされた。男性恐怖症 になったその経緯は聞かされなかったが、――気にするな――とだけ言われた。
しかしボクらは、自分たちが原因だったことに加えて、仲間だと思っていた女の子を怖がらせたことに、少なからずショックを覚えていた。拒絶され、怯えたような目で過呼吸で苦しむ彼女の姿が、脳裏に焼きついて離れなかった。
あとから、チームメイトとの雑談の中で、――俺たちの所為で男が怖くなってしまったんじゃないかと――と言う話にもなった。
確かに、低学年の頃までは何の問題もなく一緒に練習していたが、年を追うごとに男女の体力差が顕著になってきていたことには気がついていた。それでもボクらは彼女に一切の手心を加えなかった。それは彼女の才能と根性へのリスペクトであり、対等でありたいという気持ちからだった。が、今思えば、やり過ぎた感は否めなかった。すべて憶測の域をでないのだけれど……。
だから――男性恐怖症――という言葉そのものにボクは慄いたのだ。
キッチンから戻って来た霧島先輩は、先程と同じ位置に座ろうとしていたので、ボクはゆっくり距離を取ろうとした。
けれど……、ふと小さな抵抗を感じて霧島先輩に目を向けると、ボクの制服を掴んでいた。上目遣いでジッと見つめられ、それが――このままで構わない――という合図だと、すぐに理解できたのだが……。
「大丈夫ですか? ボクは男ですよ?」
コクリコクリと何度も頷く霧島先輩の顔をジッと見つめる。その表情に怯えはなかった。逆に――大丈夫――と訴えて来るその目に、ボクはもう一度静かに座り直した。
霧島先輩は、ホッとしたように立ち上がると、「コーヒーを入れ直してきますね」と再びキッチンの方へ消えていった。




