3 選挙での役割と霧島先輩
姉ちゃんは、先程とは少し口調を改め話し始めた。選挙管理委員会は2学期の始業式の日に既に発足しており、委員長は現生徒会長である姉ちゃんが務めることになっているそうだ。
選挙期日は9月29日の金曜日。
この学院では、校内選挙で選ぶのは会長と副会長のみで、二人一組で立候補を表明するのだそうである。また被選挙権があるのは二年生だけらしい。
そしてボランティア部がする最初の仕事が、この選挙の『立候補の呼び掛けポスター』の制作とのことだった。今週中に仕上げなければならないらしく、明日から作業に取り掛かるとのことだ。また完成しない場合は、土日も出校しなければならなくなるらしい。
その時、ボランティア部の一年生の間で小さな騒めきが起こった。
立候補者への対応については生徒会で行うとのことだが、演説会場の設営や選挙備品の準備。そして選挙当日の投票所にて、案内や受付などもボランティア部の仕事となるらしい。
「以上ですが、何か質問はありますか?」
睨むように周囲を見渡す姉ちゃんの迫力に、誰も何も言わないが、新入部員たちは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「何もないのなら、これで説明会は終わります」
そして姉ちゃんは壇上を降りて出口へ向う。その後ろを霧島薫子先輩がついていく。チラリと霧島先輩を見ると、目が合ったので会釈したら、顔を伏せられてしまった。
「高梨氏……。拙者やってしまったでござるよ。中等部からの内部生で、ボランティア部に入ったマヌケは拙者ぐらいのものでござろうよ……トホホでござる」
園田の顔は悲壮感が漂っていた。確かに夏穂の被害者とも言えるが、同情はしない。女性を苦手と言っておきながら、夏穂の美少女っぷりに騙された園田が悪い。
落ち込む園田と別れ、自転車置き場の方へ歩いて行くと、そこには自転車に跨ろうとする霧島薫子先輩の姿があった。白いヘルメットにティアドロップ型のレー〇ンのサングラスを掛けていたが、あの爆乳は間違えなかった。
「先輩、今、お帰りですか? 良かったらご一緒しませんか?」
霧島先輩の家がどこだか判らなかったが、川原で犬の散歩をしていたのだから、おそらく近所なのだろう。
「い、いえ、私は……漕ぐのが……遅いので、先に行って下さい」
爆乳グラサンヘルメット……という強烈な個性を放ちながらも、蚊の鳴くような小さな声だった。
「そうですか。では失礼します」
ボクは一礼してからそのまま自転車で校門を出た。そして坂道を下り切ったところから川原の道へ続く河口付近で、釣りをしている花子を発見した。
ちょっと面白そうだったので、揶揄い半分、寄り道をしてみる。
「釣れてる?」
釣竿を手に海に向かっていた花子の体がビクリと震えた。いきなり声を掛けて驚かせてしまったようだ。
「……ぁん!? ゆ、悠斗君⁉」
薄手のカーキ色のポンチョを着ててっぺんが尖った麦わら帽子を冠った花子は、いつものお嬢様っぷりとはかなり掛け離れていた。肩から掛けているのは拡張式のライフジャケットのようだ。
「余り見ないでくださいまし。はっ、恥ずかしいですわ」
そう言えば、花子の話し方は、さっきのベルウッド侯爵令嬢と似ている。だけど花子の場合は違和感ない。お嬢様言葉が板に付いている。
「普段とギャップがあって、カッコイイよ」
ギターを持っておさびし山を唄っても似合いそうだ。
「そ、そう、ですか?」
「おやおや、そこの君! なぜ釣り部に入らなかったんだい?」
先週末、潮見表をくれた釣り部の先輩だった。釣り初心者の新入部員を引率しているとのこと。
「入部届を出し忘れてしまって、ボランティア部になってしまいました」
「あちゃー、それは大変だね……頑張りたまえよ。もし来年、良かったら釣り部に入ってくれよ」
釣り部先輩から労うように肩をポンポンと叩かれた。やはりボランティア部は過酷というのがデフォのようだ。
だけど、ボク自身はボランティア部も案外悪くないと思っている。この学校唯一の友達である園田もいるし、目立たず裏方に徹する方が、ボクの性に合っている。
「それじゃ、たくさん釣ってね。明日の弁当を楽しみにしてるよ」
「はい! おまかせ下さい」
そしてボクは花子に手を振って川原道へ戻った。
その時、前方に北頭学院の制服を来た女生徒が苦しそうに自転車を押しているのが見えた。
それは先程、自転車置き場で別れた霧島先輩だった。
「どうかされましたか?」
ボクは自転車を横付けして語り掛ける。
「えっと……パンク……してしまったみたいで……」
霧島先輩は少しばつが悪そうに答えた。確かに後輪がぺしゃげていた。
「ホントですね。おウチは近いですか?」
「えっと商店街……にあるキリシマ……書店です」
「あぁー、そうだったのですか? 時々、本を買いにいってますよ」
「……ぁん!? はい、母から……聞いています」
「お母さんですか? お祖母ちゃんじゃなくて?」
「あっ、悠斗くんは……有名人ですから」
ボクが有名? そんなことはないと思うけど……。ボクが首を傾げていると、霧島先輩は慌てて付け加えた。
「ラグビーで商店街に横断幕があったり……」
確かに全国中学生ラグビー大会に出場した時、商店街組合が横断幕を作ってくれて、ボクと康生を応援してくれた。
「なるほど」
ボクが納得すると、霧島薫子先輩はホッとしたようだった。
「それ重くないですか? ボクが押しますよ。霧島先輩はボクの自転車を押してください」
「いえいえ、そんな……申し訳ないです……」
そしてボクは、半ば強引に霧島先輩から自転車を奪い、押し始めた。
どうやら霧島先輩の自転車は電動アシスト機能付きのようで、自重だけでも30キロ近くありそうだった。その上パンクしているのだから、女性が押して歩くのはかなり辛かったはずだ。
慌てたようにボクのロードバイクを押して追い掛けて来た霧島先輩は「……すごく軽いですね」と驚いていた。たぶん8キロぐらいだ。
「それでこの後どうするのですか? パンクの修理出来ますか?」
「あっ、あー山崎サイクルは……」
商店街に唯一あった自転車屋さんは、今年の春、店主の老齢に伴い廃業していた。
「道具は100円ショップで揃うので、ボクが修理しましょうか?」
「いえ、そ、そんな申し訳ない……です」
「でももう夕方だし……。近所に自転車屋さんはありませんよ。大丈夫ですか?」
「い、いえ……大丈夫……じゃない……です」
「姉ちゃんがお世話になってるようだし、御礼だと思って下さい」
「いえいえ、いつもお世話になっているのは私の方で……、高梨さんをお世話したことなど……」
「まあ、これも何かのご縁だと思って」
「……ぁん!? ……す、すいません」




