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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第2章 彼女は物陰からひっそり彼を見る
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pr.4 私のヒーロー  ~side薫子

 そこで発覚したのが、ペアーの妊娠でした。聞かされた時は、母と二人、「えっ?」と口を揃えてしまいました。寝耳に水でした。


 当然、他の犬との接触はなく、その父親が誰か? となればチーズ以外に考えられないことでしたが、チーズはすでに11歳であり、人間で言えば60歳を超える老犬でした。


 まさか赤ちゃんが出来るなんて、考えてもしていなかった私たちはただただ困惑しました。


 帰宅して祖母に報告していると、祖母の横に立つチーズは、「どうだ!」と言わんばかりに誇らしげな顔をしていました。


 この時、初めて油断したと思い知りました……。


 人間なら事案です。思わず「ロリコンか!」「光源氏か!」とか罵倒したくなりました。父と娘だの、祖父と孫娘だの、あの微笑ましい光景は一体何だったのでしょうか?


 そして6月中旬、ペアーは、オス1、メス3の計4匹の仔犬を出産しました。ついこの間まで仔犬だったペアーがもう母親かと思うと、妙な気分でした。


 現在、家族はかわいい仔犬たちに夢中です。ペアーも母親として子育てに奮闘していました。


 ですが、あまり相手にされなくなったチーズは、ションボリ落ち込んだり、家の中を走り回ったり、かなりストレスを溜め込んでいるようでした。


 それもあって思いっきり運動をさせようと、しばしば河川敷へ散歩に連れ出すようになったのです。


 普段の商店街を往復するだけの散歩と違って、チーズも川原の自然を楽しんでいました。


 そして夏休みが明けたこの日もチーズを連れて河川敷へやって来たのでした。


 私が誘拐されそうになった頃の川原は人けもなく、ちょっと寂しい場所でした。ですが今はいろいろ整備され、公園や遊歩道が出来てからは、たくさんの人が集まる場所に変わりました。


 以前は悠斗くんぐらいしかいなかったグラウンドも、常に草が短く刈られるようになり、ボールを持った子供たちが遊ぶようになっています。


 ただ高校生になった悠斗くんがここへ来ることは、もう程んどありません。日本代表U16に選抜されたという話は風の噂で聞きました。夏休みはオーストラリアに遠征するとのことです。


 私もカメラを持参してオーストラリアまで追っ掛けたいところではありますが、さすがにそれは母も許してくれないでしょう。そもそもそんな資金もありません。


 悠斗くんをこの川原で最後に見掛たのは……。あれは確か、それこそペアーが出産して間もない頃。今から2ヶ月半ぐらい前のことでしょうか。


 連日の雨で、なかなかチーズを外へ連れ出すことが出来ず、梅雨の谷間を狙った強行的な散歩だったとを憶えています。


 その日は、濡れそぼった河川敷には入らず、私とチーズは舗装された遊歩道の上を歩いていました。


 その時、ふと河川敷の方も見ると、川辺に僅かに残っている葦原の中から悠斗くんが、その葦群を掻き分けるようにして 出て来たのです。


 ただその時の悠斗くんはいつもと少し様子が違っていました。間違えなく悠斗くんなのですが、歩き方が粗暴というか……。普段のほんわかとした雰囲気ではなく、少し怖い感じがしました。


 またその格好も変でした。何て言えば良いのでしょう。西洋の貴族のような服(?)。それから長い髪のカツラを冠っていました。


 悠斗くんはそのまま河川敷を横切り、川原から出ていってしまいましたが、当然、その様子はカメラに収めています


 春先には綺麗な藤の花が咲くパーゴラの陰に体を寄せて、ファインダーを覗かずシャッターを切りました。


 後から写真を確認したのですが、バッチリ鮮明に撮れてました。日に日に盗撮技術が上がっていく自分が少し恐ろしくなります。


 そしてやはりそこに写し出されていたのは、間違えなく悠斗くんでした。


 それにしても、なぜ悠斗くんは雨上がりの葦原の中にいたのでしょうか? どうして貴族の格好をしていたのでしょうか? 推測するなら、演劇の練習をしていた? では、なぜあんな場所で? そもそも悠斗くんが演劇? そんな情報はストーカーである私も聞いたことがありませんでした。


 とにかく不思議な感じがしました。


 ふと、そんなことを思い出していると、つい気が緩んでしまったのか、私はうっかりリードを手放していました。


 慌ててリードを拾おうとするのですが、5メーターまで伸びるリール仕掛けのリードは自動で巻き戻り、それを遊びだと勘違いしたチーズはリードを引き摺ったまま猛然と走り始めてしまいました。


 私は必死になってチーズを追い掛けますが、一度、こうなってしまったチーズはしつこいのです。


 もともと私は体力不足であり、運動神経も良くありません。一行に捕まえられないことに、チーズは飽きて来たのか、敢えて寝転がって挑発してきました。


 静かに近寄ると、チーズは待ってましたとばかりに警戒なステップで私を躱し、川原道の方へと走っていきました。


 交通量は少ないとは言え、川原道にも自動車は通ります。止まれと願いつつ、私はチーズを懸命に追い掛けました。


 そしてチーズは有ろう事か川原道へと続く階段を駆け登り始めたのです。また最悪なことに、そのタイミングで自動車が川原道に入って来ました。


 背筋に冷たいものが走りました。


 その時、その階段に座っていた男性がチーズを取り押さえてくれました。


 私はホッとして、走る脚を緩めました。チーズの命の恩人なのですから、きちんと御礼を言わなければなりません。男性恐怖症などと言ってる場合ではないのです。


 そして階段に足を掛けようと見上げたその瞬間でした。私は思わず息を呑んで立ち尽くしてしまいました。


 北頭学院高校の制服を着たその男性は、私がこの3年間、写真を撮り続けてきた被写体であり、子供の頃、私を誘拐犯から救ってくれた高梨悠斗くんだったからです。


 私はただただ時間が止まったように悠斗くんを見つめることしか出来ませんでした。レンズ越しではなく、直接対面するのはあの事件以来のことでした。


 そんな私に気がついた悠斗くんは「あっ、すいません」とチーズを抱えて階段を降りて来てくれました。そして「どうぞ」とチーズを手渡してくれたのです。


 ただ茫然とチーズを受け取った私でしたが、何とか頭を下げることだけは出来ました。


 悠斗くんとは、こうやって面と向かって話をしたいと、ずっと思っていました。そして子供の頃に救ってくれたお礼を言いたいと、ずっと考えていました。けれど喉がカラカラで声が出てくれませんでした。


 「じゃ、これで」


 悠斗くんは踵を返して階段を駆け上がっていきました。


 ――行かないで。まだきちんとお礼が言えていない――


 私はどれだけ彼に助けられたら気が済むのでしょうか。チーズ、あなたからも何か言いなさい。何とか声にしようとするのですが、言葉になりません。


 何とか出た「アッ」という言葉ともいえない掠れた声に悠斗くんは振り向いてくれましたが、私はただただ見つめることしか出来ませんでした。


 そうしているうちに、彼は少し首を傾げてニッコリと笑い、手を振ってそのまま川原道を歩いていってしまいました。


 「……ぁん!?」


 代わりに変な声が出てしまいました。


 私はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていました。


 悠斗くんに遭えた嬉しさと、お礼一つ言えない自分が、悔しくて、情けなくて……。もうこんなチャンスは巡って来ないでしょう。千載一遇のチャンスを、私は逃してしまったのです。


 私はまた、しがないストーカーに戻るしかないようです。すっかり落ち込んでしまった私はトボトボと自宅へ帰りました。逆に欲求不満を解消したチーズは元気一杯です。


 私の浮かない顔を見て、リビングで寛いでいた母が駆け寄って来ました。誘拐未遂事件の後から、母は私の顔色に少し神経質でした。


 私は、偶然、悠斗くんに会ったことを話しました。逃げ出したチーズを捕まえてもらったこと。彼が素敵な男性に成長していたこと。会えて嬉しかったこと。茫然として、結局、お礼が言えなかったこと。いろいろ話していると、涙が止まらなくなってしまいました。


 「で、悠斗くんが近寄って来た時は怖くなかったの?」


 母が不思議なことを言います。


 私を救い守ってくれた彼を怖いなんて思うはずがありません。むしろチーズを渡された時、彼に会えた喜びで胸がドキドキしたぐらいです。


 「彼だって、男性なのよ」


 そう言われて私はハッとしました。


 確かに私は男性恐怖症ですが、私をその男性から救ってくれたのは悠斗くんです。写真だって5万枚以上所有しているのです。盗撮ですが……。毎晩それを眺めるのが日課にもなっています。


 だから悠斗くんを怖いなんて思うはずがありません。


 彼は私のヒーローなのですから。

第二章の導入部はここまでです。明日から本編に入ります。

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