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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第2章 彼女は物陰からひっそり彼を見る
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pr.2 カメラ  ~side薫子


 中学2年生の夏。我家では悲しい出来事がありました。カメラマンだった父が撮影中の事故で亡くなってしまったのです。


 失意のどん底にいる母は部屋に引き籠るようになり、それを心配した祖母の提案で、母の実家である祖母の家へ引越しすることになりました。祖父は随分前に他界しています。


 祖母の家は、駅前の商店街にある本屋さんでした。私が読書家なのはそれが起因しているのかもしれません。


 三階建てのビルの一階が店舗で、二、三階を住居として使っていました。建物そのものは古いのですが、広さとセキュリティは確りしていました。


 同じ学区であり転校することはありませんでしたが、生活圏が少し変わってしまったこともあって、通りがかりに河川敷のグラウンドでラグビーの練習をしている悠斗くんを見ることが出来なくなってしまったのが少し残念でした。


 父が残してくれた多額の保険金のお陰で母も私も生活に困ることはありませんでした。そしてもう一つ父が残してくれたのが、ひと部屋まるごと占めるカメラの機材です。父が大切にしていたものであり、当然、母も売ったり捨てたりはしませんでした。祖母の家が無駄に広かったのも幸いしました。


 祖母の家に引越ししてから母がこの部屋へ入ることはありませんでしたが、私は時々この部屋へ来て、カメラを眺めていました。父が恋しかったというのもあったかもしれませんが、血がそうさせるのか、カメラに興味があったからです。

 

 当然、撮影の仕方や、その他機材の使い方はまったく判りませんでした。結婚前は父のアシスタントをしていた母に訊けば、それなりに判るのかもしれませんが、父のカメラを母に見せるのはさすがに酷というものでしょう。


 そこで私は、本やインターネットで、カメラの勉強を一からすることにしました。


 調べて判ったのですが、ここにあるカメラや機材は高価なものばかりでした。その中から一番リーズナブルな一眼レフカメラを選んで、私のカメラにしました。母にも一応許可を求めると「いいんじゃない」とのことでした。


 母によると、そのカメラは家族撮影用だったそうです。旅行や私の運動会などで撮った写真は、大抵このカメラだったとのことでした。


 「もっと良いカメラがあったんじゃない?」


 「これがいいの」


 母は、カメラを見るのが辛いのを隠して、気丈に振舞っていました。私がカメラに興味を持ったことも喜んでくれました。


 ある日のことです。


 商店街の寄合から帰って来た祖母が知人から犬を貰って帰って来ました。前の飼主が痴呆症になってしまったとかで、入院を余儀なくされ、飼えなくなってしまったとのことでした。私や母を元気づける為だったのでしょうが、女三人で暮らすのだから番犬の意味もあるのだそうです。


 その犬はジャック・ラッセル・テリアという小型犬でした。胴長短足で、体は白く顔だけが茶色。片耳が垂れていて見た目はちょっと間抜けな感じですが、とてもパワフルで元気な犬でした。名前は以前飼われていた時そのまま『チーズ』になり、すでに7歳とのことでした。


 インターネットで調べてみると、ジャック・ラッセル・テリアは――飼いにくい犬――と記されてありますが、父を失って傷心した私たち家族にとっては、ジャック・ラッセル・テリア特有の底抜けの明るさに救われました。チーズが傍にいるだけで、心が温かくなってしまう。そんな犬でした。


 買い物にもあまり出なくなっていた母が、祖母を手伝って店番をするようになったのも、チーズが我家に来てからでした。母の気持ちが少しずつ外に向き始めたことを、私も祖母もホッとしていました。


 当然、チーズは、私のカメラの恰好の被写体になりました。とにかくパシャパシャ撮りまくりです。


 「デジカメは良いわね~。私がカメラを始めた頃はフィルムだったから、そんなに簡単にシャッターを切れなかったわ」


 そう言いつつも、母がカメラに触れることはありません。


 そんな母から驚きのニュースを聞かされました。


 なんと! 我がキリシマ書店に、悠斗くんが頻繁に来店されているとのことです。あの事件の時に一度だけ顔を合わせていましたが、悠斗くんは母に気づいていないとのことでした。


 「なんだか、すごくカッコ良くなってたわよ~」


 ニヤニヤと下種な勘繰りをする母に――そんなんじゃない――と訴えるのですが、余計にニヤニヤされてしまいます。悠斗くんはまだ小学生です。そんな邪な気持ちはありません。


 ただ、私も店番を手伝えたなら、どんなに楽しかっただろうとは思います。悠斗くんが来店した際に「いらっしゃいませ」などと言えたなら……。想像するだけでワクワクします。


 ですが、それだけです。それだけのことが、私には出来ないのです。男性恐怖症がそれを許してくれませんでした。


 私が出来たことと言えば、悠斗くんがどんな本を買っていったかを、母に訊ねることぐらいでした。


 「ん~、本屋にも守秘義務があるからね~。そんなあっさり個人情報は洩らせないわ」


 母はそう言って、毎回、私を揶揄います。この前までメソメソしておったくせに……。とは言え、結局、きっちりメモされた悠斗くんが買った本は、夕食の時に発表されるのでした。


 悠斗くんが買って行く本は大抵決まっていて、新刊の文庫本か、偶に熱帯魚系の月刊誌やラグビー関連の本も買うこともあるようです。あの年頃の少年にしては珍しく、漫画を買うことはないそうです。


 私は、母から聞き出した悠斗くんが買った小説は必ず読んでいました。そして彼はこの本を読んで、どう思ったのだろうかと想像を膨らませ、読後感想会を脳内で開催するのでした。


 中学三年生になると、いよいよ、遂に、漸く、悠斗くんが中学校へ入学して来ました。入学式の時、遠くからちょこっとだけ見ましたが、当時、細身だった体はとても男らしくなっていました。学生服もよく似合っています。


 悠斗くんは、小学校のラグビー大会で全国大会に出場しました。素晴らしいです。しかも花形ポジションであるスタンドオフです。中学生になってもそのままクラブチームに残り、ラグビーを続けていくとのことでした。逞しい体つきになったのも、然もありなんです。


 何故そんなことを知っているかと言うと、カメラにハマってからの私は、悠斗くんがラグビーの練習をしている夕方の時間帯を狙って、川原へ出向くようになっていたからです。


 私にとっては忘れ得ぬ忌まわしい場所であり、今でも少し怖いとは思うのですが、悠斗くんをカメラに収めたいという衝動を抑えることが出来ませんでした。


 悠斗くんは大体いつも体の大きなお友達と一緒に練習していました。聞くところによると(盗み聞き)、コウセイ君というのだそうです。それから時々、サエちゃんという女の子が見学していることもあります。


 3人はとても仲が良さそうでした。おそらく幼馴染というやつなのでしょう。そういう友達がいなかった私は少し羨ましく思いました。


 最初に撮影を試みたのは、3月のとても寒い日だったと記憶しています。その日は悠斗くんだけが、河川敷グランドで楕円形のラグビーボールを蹴っていました。


 私は少し離れた橋桁に隠れて悠斗くんにレンズを差し向けました。多少、距離がありましたが、カメラには600ミリの望遠レンズをセットしています。


 レンズ越しでしたが、悠斗くんを身近に感じることが出来て、私はとても興奮しました。


 けれど、その瞬間に、悠斗くんは練習をやめて、警戒した目でジッとこちらを見て来たのです。絶対に見つかるような距離ではありませんでした。


 ファインダーを覗くとカメラ越しにバッチリ目が合ってしまいました。


 「……」


 私は動くことも出来ず、しばらく見つめ合ったままになってしまいましたが、その後すぐ悠斗くんは何も無かったかのように練習を再開しました。


 その日は何も撮らずに帰りました。


 「良い写真は撮れたの?」


 帰宅すると母にそう訊ねられました。


 「撮影しようとしたら、見つかっちゃうんだ」


 「あぁ、それはあなたから気配が漏れているからよ。出来るだけ殺気を消して、自然体にしてなきゃ、良い写真は撮れないわ」


 そう言えば、母には野鳥の撮影だと説明していたのでした。


 しかし、なるほど納得の回答でした。さすがは元カメアシです。悠斗くんにカメラを向けた時、わたしは嬉しさのあまり興奮していました。その興奮のせいで気配が駄々洩れになってしまっていたのでしょう。


 ふと我に返った私はすぐさま3階まで階段を駆け上がりました。厚手のカーテンを少し開いて、窓から外に向けて、カメラを構えました。


 夕方の商店街には無数の人間が往来していました。


 その中から私はターゲットを絞っていきます。夕食の買い物をしている女性。いかにもお金を持っていそうな紳士とその横ですまして歩いている若い女。尻を振って歩く豊満なホステス。絶えず誰かを疑っているような目をしたおばあさん。


 どうすれば被写体がカメラを意識しないのか? 自然体にさせられるのか? 気づかれることなくシャッターが切れるのか? 


 私は、警戒した悠斗くんの視線から逃れるように、無心でシャッターを切り続けました。


 商店街を歩く人たちの中に、撮られていることに気がつく人はいませんでした。誰一人として私を認識する者はいなかったのです。


 チップの残量が無くなる頃には、私の心に余裕が戻ってきました。私から漏れていた気配も消えたような気がします。


 「明日こそは……」


 悠斗くんから見つからずに撮影できるよう頑張ろう。いや頑張ってはいけないのでした。気配を消して無心で粛々と撮るのです。

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