pr.1 ダイナマイトボディ幼女 ~side薫子
私は発育の良い子供でした。幼い時から同じ歳の子より頭一つ飛び抜けていて、二つ三つ上の子に見られていました。小学校3年生の頃にはブラジャーが必要になり、平均的な体格だった両親からは「早熟なのかね~」などと言われていました。
随分昔に亡くなったという父の妹という方がやはり大柄だったらしいという話は聞いたことがありましたが、父はその話をあまりしたがらなかったのもあって、詳しくは知りません。
その後も順調が過ぎるくらいに発育して、小学校6年生の頃には身長は165センチを超えました。ブラのサイズもEになっていました。体のラインはすっかり大人の女性のようになってしまい、顔だけが小学生でした。
無配慮な大人たちは『ダイナマイトボディ幼女』などと茶化しますが、全然、面白くないです。こっちの身になって欲しいものです。
中学生になると身長はさらに伸びて170㎝を超えました。近頃は幾分鈍化して来たとは言え、高校3年生になった現在175㎝もあります。ちなみに胸の方は中学2年生の頃にGになってからはそのままです。たぶん。
以前、テレビのバラエティー番組のコーナーで『高身長貧乳VS.低身長巨乳 どっちが好み?』などというものが放送されていました。
母は「低身長貧乳こそが日本人女性の誉れなのよ」などとテレビに向って文句を言っていましたが、高身長巨乳も忘れないで欲しいです。
最近は立っているだけで「威圧感パネェ!」などと言われます。しかも18歳になった今なお、顔だけ見ると小学生のままなので、振り返ると「ギャップえぐいわ~」と一驚されます。最早これがワンセットです。
また、これだけ体格が良いと、スポーツの分野で過度な期待されてしまうのが辛いところでしょうか。バスケットなどのクラスマッチには必ず狩り出されます。
しかし残念なことに運動神経は良くありません。自分でも口惜しく思うのですが、ドリブルなんて出来ません。手にボールが二度以上当たったことがない程です。当然、シュートなんて以ての外です。
話が逸れてしまいましたが、幼少の頃から大人っぽいと言われ続けていたという話に戻したいと思います。
小学生の頃から高校生に告白されたり、大学生からナンパされたり、ガラの悪いオジサンから夜の店にスカウトされたりと、この大人びた体には、とにかく苦労させられてきました。
その極め付きが、小学6年生の冬休みに起きた誘拐未遂事件でした。
日が暮れて間もない頃のことです。駅前の商店街にある学習塾からの帰り道のことでした。春には綺麗な野花が咲く自宅の近所の川原の道を歩いていると、突然、後ろから羽交い絞めにされたのです。
川原の道に入ってから、すぐ後ろを歩いている人がいることは足音で何となく気がついていました。ただその頃の私は、まさかそんなことが起きるなんて思いもしていなかったのもあって、全くの無警戒でした。
私は、慌てて悲鳴をあげようとしたのですが、すぐに口を塞がれてしまいました。大きいとは言え、所詮は小学生です。大人の力で押さえつけられてしまっては、どうすることも出来ませんでした。
それでも私は必死で抵抗しました。が、そのままズルズルと路肩に停められた車の方へと引き摺られて行ったのです。
男は、私の口を手で塞いだまま体を密着させると、耳元で「シズカニシロ……シズカニシロ……シズカニシロ……シズカニシロ……シズカニシロ……」とまるで音声合成のように無機質な声で繰り返していました。
男の生温かい息が顔にかかり、気を失ってしまいそうな程、悍く恐ろしかったのを、今でも私の記憶に鮮明に残っています。忘れてしまいたいのですが……、頭にこびり付いて離れてくれません。
――嫌だ、嫌だ、誰か助けて。嫌だ、嫌だ――
けれど口が塞がれた私はもごもごと声になりませんでした。
そして男が、ワンボックスカーの後部座席のスライドドアを開けた時でした。
小さな衝撃と共に、私に絡みついていた狂暴な力が消えたのです。
「おねえさん、だいじょーぶー?」
ジャージを着た小さな男の子が両腕を広げ、倒れ込んだ私を護るように背を向けて立っていました。
川原道のアスファルトの上では、男が股間を抑えてもんどり打っていました。どうやらこの少年が男を吹き飛ばしてくれたようでした。
「おねえさん、立てる? 逃げるよ」
子供とは思えない力で引き起こされた私は、少年に手を引かれて走りました。そして川原から降りてすぐの民家へと駆け込んだのです。
「母さ~ん」
少年が玄関先で叫ぶと、声を聞きつけた少年の母親らしき人と、同じクラスの高梨さんが現れました。
「このおねえさんが悪いヤツに襲われていたから、魂のタックルで倒して来たよ」
男の子が事情を話す中、私は高梨さんに誘われるようにリビングへ通されました。その間、高梨さんはずっと私の傍に寄り添って背を撫で続けてくれました。
その後すぐに両親が駆けつけ、私も、私を助けてくれた男の子も警察から事情を訊かれました。
警察の人とお話するのは初めてだったのもあって、とても緊張したのを憶えています。
ただ私は――いつカツ丼が出て来るのだろう――と暢気なことを考えていました。後で母に話すと「カツ丼は犯人が食べるもでしょ」としたり顔で言われました。被害者には何も振舞われないとのことです。国家権力相手に喧嘩を売るつもりはありませんが、少し理不尽だと思います。
ただそんな暢気なことを考えれるのも、あの少年のお陰でした。もしあの時、彼が助けてくれなかったなら、私はどうなっていたか判りません。あの誘拐犯に凌辱の限りを尽くされ、小学生にして大きな傷を負っていたかもしれないし、最悪、殺されていた可能性だってあるのです。
九死に一生を得た私としては、男の子、名前は高梨悠斗くんに是非お礼を言いたかったのですが、お母様からやんわりとお断りされてしまいました。そっとしておいて欲しいのだそうです。
誘拐未遂事件の被害者が私であること。そして事件をヒーロー的活躍で未然に防いだ少年が悠斗くんであることは、大人の話し合いで、公開されないことに決まったとのことでした。
どうやら悠斗くんは以前にも警察沙汰を経験したことがあったそうです。とは言っても彼は被害者ですが、インターネットで大騒ぎになったとのことでした。
後で調べてみると、 悠斗くんは『身躱しの少年』と呼ばれていました。殴って来るいじめっ子の攻撃を躱し同士討ちにさせてしまったのだそうです。
その動画はSNSを通じて全国に拡散され、巷でかなり話題になったとのことですが、私は知りませんでした。その動画を観てみたいと思い、検索を掛けてみたのですが、すでに削除されておりました。
当時、面白がってモザイクもかけずに動画を流出させた材木屋の息子さんは、後で大目玉を喰らったとの話です。
その後、悠斗くんとの接触はありませんでした。たまに川原にいるのを見掛けましたが、親御さんの意向を無視して、声を掛けるのはさすがに憚られました。
結局、私は、悠斗くんに御礼すら出来ないままになってしまったのです。
逃げていた犯人ですが、間も無くして警察に捕まりました。近所に住む大学生だったとのことですが、それ以上詳しい話は聞かされていません。ただ、この辺にはもういないらしく――安心して良い――と警察の方に言われたのですが、あの事件以降、私は、後ろからする足音を極度に恐れるようになっていました。合わせて男性恐怖症にもなりました。
精神科へ通ったり、カウンセリングも受けましたが、手に届く範囲に父親以外の男性が近づくと体の震えが止まらなくなってしまうのです。
その後、6年生の3学期は学校に通わぬまま、私は中学生になりました。
ただ、これ以上学校を休むのはさすがに良くないと、両親や学校の先生と話し合い、意を決して学校へ通うことにしました。
学校の方には事の原因と診断書を提出して事前に説明しています。保健室の先生がスクールカウンセラーの資格も持っているとのことで安心していました。
ですが、やはり秘密だったはずの事件のことも、どこからか漏れ出てしまうものなのか、――霧島はレイプされた――などと噂する人もいました。――エッチな体つきだから襲われた――などと囁かれることもありました。教室ではふざけて近づく男子が後を絶ちません。
そんな時、助けてくれたのが中学でも同じクラスだった高梨さんでした。あの悠斗くんのお姉さんです。
高梨さんは、噂を流した女子に――如何に愚かなことをしているか――、――その事実無根な軽はずみな言動で、どれだけ人を傷つけているか――皆がいる教室で断罪したのです。
お陰でその女子は翌日から登校拒否になりました。
保護者の方から学校に苦情が来たそうですが、それにも高梨さんは一歩も引かなかったそうです。なぜこの様なことになったのかを、丁寧に一から説明し、終いには保護者にも頭を下げさせてしまったとのことでした。
生徒たちも、また教師たちさえ、――さすが弁護士の孫娘だ――と高梨さんに慄いていました。
かと言って、高梨さんと友達になれたというわけではありません。
「ありがとうございました」
私は高梨さんに丁寧に頭を下げました。心を込めてお礼を言ったつもりでしたが、「霧島さん、大変だったわね。あなたは被害者よ。全然悪くないの」とプイッとそのまま立ち去られてしまいました。
やはりアクティブな女性である高梨さんと教室で本ばかり読んでいる私とではあまりにも生き方が違い過ぎて、仲良くなるまでには至りませんでした。
それ以降は不必要に近づく男子はいなくなりました。勝手な憶測で誹謗中傷されることもありませんでした。
高梨姉弟には本当に頭が上がりません。




