ep.7 誰か助けて ~side紗枝
自宅に帰ってから、父は腕を組んで考え込み、母はずっと泣いてばかりいた。
「どうして、悠斗君と別れたことを言ってくれなかったんだ?」
「わたしは別れたくなかった。別れたつもりもなかった」
「公美ちゃんが言った、そのポリアモリーってヤツか?」
わたしは頷く。
「それで、悠斗君と付き合っていながら、その遠山という男に体を許したのか?」
「だって、だって、それもユウ君の為だったの。ユウ君とちゃんとえっちする為の練習のつもりだった……」
そこで泣いていた母から平手打ちを喰らった。
「なんて、なんてバカなの、アンタは……」
「とにかく、その遠山という男に電話だ」
父はわたしからスマホを取り上げると、自分で遠山先輩に電話をかけ始めた。
その時のわたしは、スマホに向って怒鳴っている父をただぼんやりと眺めていた。
翌日、わたしは学校を休んだ。また父と母も会社を休んで家にいた。
そしてお昼を過ぎた頃、遠山先輩がご両親を伴ってわたしの家に来た。ご両親は玄関に入るや否や土下座の格好になり、その横で顔面蒼白の遠山先輩が棒立ちになっていた。
昨晩、ご両親は遠山先輩を問い詰めたらしく、いろいろなことが判った。まず最初のカラオケでわたしは薬を盛られていたようだった。それは遠山先輩だけの犯行ではなく、サッカー部員数人が関わっていたとのことである。
ただわたしは遠山先輩を責める気にはなれなかった。実は何となく判っていたからである。判ってわたしは遠山先輩の誘いに乗ったという自覚があった。
その後、両家両親が話し合い、三日後に少し遠くにある病院で堕胎することになった。その費用は遠山家が負担するとのことだった。また中絶同意書の配偶者・パートナーの欄には遠山先輩が署名した。
手術そのもの呆気なかった。全身麻酔で目が覚めたらすべてが終わっていた。
その帰り道にご飯を食べた。家族揃って外食したのは、いつ振りだろうと言うぐらい久しぶりだったが、会話もなく、ただ黙々と食べただけだった。
それから一週間、わたしは部屋から出なかった。
堕胎がショックだったからじゃない。もうユウ君と恋人に戻れない現実が受け止めきれなかったからだ。
父は、遠山先輩との結婚を口にしたが、わたしは首を横に振った。今となっては、なぜ遠山先輩が好きだったのかさえ判らなかった。
10月から学校に復帰したが、サッカー部のマネージャーは辞めた。遠山先輩とも別れた。
すでに選手権の県予選は始まっていて、遠山先輩は普通にレギュラーとして出場し、1回戦を突破したとのことだった。
――何も無かった――ことになったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、何だか少し遣る方無い。妊娠中絶を他人に知られるわけにはいかなかったのはわたしも同じであり、黙るしかないのだけれど……。
それに父は遠山先輩のご両親からかなりの額の解決金を貰っているようだった。だからか、それ以降、父も何も言わなくなった。
わたしの学校での楽しみと言えば、遠くからユウ君を眺めることぐらいである。近頃のユウ君は楽しそうだった。いつも大勢の女の子に囲まれていた。
ユウ君から目が離せなくなって涙が溢れ出ることもあった。ユウ君はやっぱりカッコイイ。そんなユウ君を捨ててまで、どうしてわたしは遠山先輩と付き合ったりしたのだろうか? 体を許してしまったりしたのだろうか? いちばんたいせつなのはゆうくんだったはずなのに。そんなことはじぶんでもよくわっていたはずなのに。なぜだ。わからない。わたしはわたしがわからない。ゆうくんやこうちゃんからきわれるようなことをしてまで、わたしはなにがしたかったのだろう。そもそもとおやませんぱいとつきあうひつようがあったのだろうか。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。
毎日そんな風に考えて過ごした2学期はいつの間にか終わっていた。
わたしはいつもの様に駅を出て川原道を歩く、そしてしばし河川敷を眺めるのだ。
幼い頃、ユウ君やコウちゃんと毎日の様に遊んだ場所。去年のクリスマスイブに、ここでユウ君と恋人になった。……別れる切っ掛けになったのもこの川原だった。
――ん~、ボクとしては、その遠山って人と付き合うのをやめてくれるのなら、これまで通り付き合っていけるけど……。紗枝がどうしてもその先輩と付き合うのなら、別れるよ――
ユウ君が言った言葉が昨日の事の様に脳裏に蘇る。
あの時、ユウ君の言うことを聞いていれば……。遠山先輩と別れていたとしたら……。違った今になったのだろうか?
今更と言われるかもしれないけど、やっぱりユウ君が好き。許してくれないかな? 優しいユウ君なら時間が経てば許してくれるかな? 許してくれるといいな。
あてもなく同じ思考を繰り返す毎日。
「会いたいな……」
わたしがポツリとそう零すした時、河川敷の端に僅かに残る(子供の頃はたくさんあった)葦原がガサゴソと揺れて、そこから人が出て来た。
薄暗闇に浮かぶそのシルエットを見て、わたしは驚いた。
この川原には、わたしたちを結ぶ何かがあるのかもしれない。目の前に、今一番会いたいと思っていた人を連れて来てくれたのだから。
わたしは神様に感謝した。もう一度、きちんと話し合え。神様にそう後押しされているような気がした。
これが最後のチャンス。
わたしは河川敷を歩いているユウ君の前に立ちはだかった。
いつものカン○ベリーの黒のジャージを着たユウ君はさも不可解といった顔でわたしを見ていた。
「遠山先輩とは別れたよ」
意を決してわたしは話し掛けた。
「……」
だがユウ君はポケットに手を突っ込んだまま小首を傾げた。
「ユウ君は、わたしが遠山先輩と付き合ったのが嫌だったんだよね?」
「……」
「だから、……別れた」
「……」
「わたしね。やっぱりユウ君が好き、大好き。ユウ君を失ってまで、遠山先輩と付き合う意味ってなんだったんだろ? って気づいたの。だから、だから……、また……」
「……」
「……元に戻りたい」
「……」
「こんなにユウ君が好きなのに。ダメなの?」
「……」
「どうすれば良い? わたし、どうすればユウ君に信用して貰える?」
「……」
ユウ君は、まるで知らない人を見ているかのような目で、首を傾げるとわたしの横を通り過ぎていった。そしてそのまま一度も振り返ることなく、自宅がある方へと歩いて行ってしまった。
――もうユウ君はわたしと口も利きたくない――そう言うことなのだろう。
わたしは帰宅すると自分の部屋に引き籠った。
そしてまた――何を間違えたのだろうか?――と同じ思考を繰り返した。
どこで間違った? どこ? どこなの? ポリアモリーって、最初に知ったのはいつ?
そうだ、ハナちゃんだった。
そう言えば、あれ以来、ハナちゃんとはまったく連絡をとっていないことを思い出した。困った時に頼りにしていたのはいつもハナちゃんだった。
あの時なぜ、ハナちゃんは――紗枝、ポリアモリーって知ってる?――なんて、言ったのだろう? 少し怒りが湧いた。
わたしはLINEを開き、久し振りにハナちゃんに連絡をした。
『すこし聞きたいことがあります』
けれど、いつもはすぐに付くはずの『既読』が付かない。一時間経っても、二時間待っても、翌日になっても『既読』の文字はなかった。
ブロックされたのだろうか……。
わたし、何かしたのかな? 最近、自分の行動に自信が持てない。何が正しいのか、本当に正しいのか、その言動が人を傷つけているのではないか、不安ばかりが募る。
そもそもポリアモリーを知る以前に、わたしは遠山先輩に抱かれてしまっている。ハナちゃんは関係ない。逆恨みも良いところだ。
わたしはどうすれば良かったのだろう?
助けて。誰か助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、コウちゃん。
わたしはハッとする。
「コウちゃん……」
幼い頃から、わたしの傍で、いつもわたしを助けてくれていたのは、コウちゃんだった。
『紗枝、好きだ。これまで俺たちはただの幼馴染だったけど、これからは恋人として付き合って欲しい』
去年のクリスマスイブにコウちゃんから告白された。
嬉しかった。わたしも幼い頃からずっとコウちゃんが好きだった。……嬉しかったはずだった。
それなのに――わたしはユウ君を選んだ。
コウちゃんよりもユウ君の方が好きだったのか? ……違う。そうじゃない。
人気者のユウ君を手放すのが、ただ惜しかっただけなのだ。レアカードであるユウ君を手元に残し、コモンカードのコウちゃんを切り捨てることを選んだのだ。
間違ったのはそこだ。
もしわたしがコウちゃんの告白を受け入れていれば……。本当に好きだったコウちゃんと恋人になっていたなら……。
今頃、わたしは幸せでいられたのだろうか。
あまり受け入れられなかったようですので、これで一旦完結したいと思います。カクヨムの方では第二章を引き続き掲載していく予定です。4月中旬頃を予定しています。
今回のポイントやコメントを下さった方、ありがとうございました。励みになりました。
※なお、この作品はポリアモリーそのものを否定肯定するものではございません。




