ep.3 コウちゃんの告白 ~side紗枝
中学3年生の夏。ユウ君とコウちゃんが所属するラグビークラブが全国大会に出場した。中学生ラグビーは関西や九州が主流で、関東の片田舎のチームがベスト4に入るのは快挙なのだそうである。
地元の商店街も全国大会が決まった時は勝手に優勝セールをするぐらい大いに盛り上がった。学校にも二人の名が書かれた『ラグビー全国大会ベスト4』の垂幕が掲げられていた。
また二人には何校もの高校からスポーツ特待生としての誘いが来ているようだった。二人とも関西にあるラグビー強豪校に興味を示していたようだが、そんなことをわたしが許すはずがなかった。
わたしは二人に「ずっと一緒にいたい。同じ高校へ行きたい」と相談した、と言うか懇願した。わたしを好きな二人は聞き入れてくれるという確信があってのことだ。
ユウ君は「うん、そうだね」と答えた。コウちゃんは苦笑いしていたが、最後はわたしの要望を聞き入れてくれた。
ちょっと誤算だったのは、地元の難関進学校である北頭学院高等部への入学を目指すことになったことである。わたしはてっきり近くの県立高校に行くものだと思っていたからだ。
あれだけ学校を休みがちだったにも拘わらず、二人の成績は良かった。ユウ君に関しては毎回学年でトップの成績だった。逆にわたしはどんなに頑張っても中の中であり、今のままでは、北頭学院高等部に合格するのは極めて困難だった。
それでもコウちゃんとユウ君、そしてわたしの――幼馴染3人組で青春を謳歌する為にも、わたしはユウ君から勉強を教わりながら必死で勉強を頑張った。がむしゃらに英単語を憶え、ひたすら数学の問題を解いた。愛の力というのは凄いと思う。
勉強の合間に以前から気になっていたことをユウ君に提言した。
「幼馴染とは、物心つく前からの仲が良い人のことだよ」
ユウ君の幼馴染の定義がかなーり広かったからである。ユウ君がハナちゃんやまた宮田夏穂までもを――幼馴染――と呼ぶのが、何だか許せなかったからだ。
「ならボクは康生や紗枝の幼馴染じゃなくなっちゃうけど……」
「ユウ君は特別に幼馴染なの」と説得しても、さもどうでも良いとばかりに、勉強の続きを促された。この件については少しモヤモヤする。
そんな勉強に明け暮れていたある日のことだった。
冬休みに入ってすぐのクリスマスイブ。コウちゃんから唐突に川原へ呼び出された。
その日は、家族とケーキを食べるぐらいはするつもりだったが、わたしはクリスマス返上で勉強していた。
実際、それどころではなかったのである。冬休み前に行われた模試の結果、北頭学院高等部の判定がDだったからだ。クリスマスなどと浮かれている場合ではなかった。
とは言え、大好きなコウちゃんからの呼び出しを無碍に断るわけにもいかなかった。部屋着そのままに川原へ行ってみると、コウちゃんが仁王立ちで待っていた。
「どうしたの?」
「悠斗が来てから話す」
コウちゃんの口調は硬く重く、妙な緊張感が伝わって来た。
しばらくするとユウ君が川原へ到着した。途中立ち止まって怪訝そうにわたしとコウちゃんを交互に見ていたユウ君だったが、コウちゃんから手招きされると、さも面倒臭そうに近寄って来た。
枯草になった薄茶色の河川敷で、三人は三角形を作るように立った。
コウちゃんは今まで見たこともないような真剣な顔していた。そしてわたしに向ってスッと手を差し伸ばしたのである。
何が始まるのかと、わたしはゴクリと息を飲む。
「紗枝、好きだ。これまで俺たちはただの幼馴染だったけど、これからは恋人として付き合って欲しい」
大好きなコウちゃんに告白された。嬉しくないはずがない。ただ同時に戸惑いも覚えた。
わたしの中ではまだ――コウちゃんもユウ君も、どっちも好き――という気持ちに変化はなかった。いつかはどちらかを選ばなければならないことは理解していても、今、急に選択することなど出来なかった。
だからこそ3人で同じ高校へ行くのだ。高校生になれば、そんな気持ちもハッキリするのかもしれないと……。
一瞬、コウちゃんの申し出を断り、――これまで通りの関係を継続していきたい――と伝えようと思った。が、ふと、――なぜここにユウ君までいるのか――ということが気になった。
つまりこれは、コウちゃんとユウ君との間で何らかの示し合わせがあったと考えるのが妥当だった。おそらく、わたしを取り合って喧嘩でもしたのかもしれない。そして、どちらがわたしの恋人になるか、ハッキリさせようと言う話になったのだと、わたしは察した。
どっち付かずなわたしの態度に二人は焦れていたのだろう。それはわたしの中にも罪悪感として、ずったあったことだった。クラスの女子からも――ふたりとも独占するのは卑怯だよ――と冗談混じりに詰られたこともあった。
もしここで、どちらかを選ばなかったりすれば、二人の決意を踏み躙ってしまうことになる。そして、わたしは二人ともを失う惧れがあることに気がついてしまった。
少し不本意ではあるが、こうなってしまったからには、ここで答えを出さないわけにはいかなかった。
もしここで、コウちゃんの気持ちに答えてしまったら、確実にユウ君を失ってしまうことは想像に難くなかった。瞬く間に学校中の女どもがハエのようにユウ君に集り、わたしとの関係を完全に引き裂いてしまうだろう。
二度と幼馴染3人組に戻ることはない。
逆にコウちゃんの申し出を断り、ユウ君と恋人同士になったとしたら、どうだろうか?
コウちゃんならば、すぐに他にカノジョが出来るということはない。ほとぼりが冷めれば、また仲の良い3人に戻れるのではないか。優しいコウちゃんなら、それが可能であるように思えた。
ならば、わたしの答えは――
「ごめんなさい。コウちゃんが嫌いなわけではないけど、わ、わたし、ユウ君が好きなの」
わたしはコウちゃんの手を取らなかった。代わりに誠心誠意気持ちを込めて頭を下げた。
「そうか……」
コウちゃんは差し出していた手をダラリと下げた。
「ごめんね、コウちゃん……」
やはり落ち込んでいるようだったが、フッと息を吐いたコウちゃんは笑顔だった。痛々しい。でも、またいつかきっと仲良し三人組に戻れるはずだから……。
「良いんだ、知ってたよ。だから今日、ここへ悠斗を呼んだんだ」
コウちゃんの視線がユウ君を捉える。
ユウ君はきょとんとしていた。
「悠斗、頼む。紗枝を幸せにしてやってくれ。オレは関西へ行くことにするよ」
コウちゃんはそう言うと、そのまま川原から去っていった。
関西? えっ……? コウちゃんと離れるのは嫌。でももしかすると、今は一度離れた方がお互いの気持ちを確かめ合えるのかもしれないとも思い直した。
その時のわたしは、流れに身を任せるしかなかった。
後戻りはできなかった。
わたしはユウ君に体を預けた。そして見上げるとそのままつま先立ちになりユウ君に唇を合わせた。ファーストキスだった。
「ユウ君、これからよろしくね」
「おっ、おう」
ユウ君は唖然としていたが、一応返事をしてくれた。
そうやってわたしはユウ君と恋人として付き合うようになったのだった。
でも大丈夫。いつかはきっと、コウちゃんもわたしの元へ戻って来る……。ただ今はそっとしておこう。……わたしはコウちゃんも大好き。ユウ君も大好き。……大丈夫。……大丈夫。きっと……大丈夫。3人は必ず幸せになれる。