ep.2 幼馴染3人組 ~side紗枝
そんな生活が変わったのは小学校5年生の春先のことだった。幼馴染3人組の中にハナちゃんが加わってきたのである。
ハナちゃんはユウ君の家のお隣りにある――吸血鬼の館――と呼ばれていた大きなお屋敷の娘で、歳は同じだったが、学校は違った。隣街にある私立のお嬢様学校に通っていたからだ。
詳細は知らないが、ユウ君と偶然出逢って仲良くなったのだそうだ。
当時のわたしから見ても、ハナちゃんの存在は別格だった。お洒落で、可愛くて、色素の薄い肌と目の色、そして栗色の巻き髪クルクルヘアーはまるでアニメに出て来るお姫様のようだった。そして何よりお屋敷に住む実際のお嬢様である。
わたしは素直にハナちゃんに憧れを抱いた。話し方や仕草を真似したり、髪型から服の趣味までハナちゃんをお手本にした。
またハナちゃんはとてもお話が上手で、ユウ君はハナちゃんとばかり会話するようになった。わたしがまったく興味が持てなかったユウ君が好きな熱帯魚についても、いつの間にか詳しくなっていて、二人で「可愛いね~」などと観ていた。
わたしには、魚の何がどう可愛いのか、サッパリ判らなかったのだけれど……。
そして当時ユウ君とコウちゃんが夢中になっていたラグビーについても、いつの間にか、戦略やテクニックなどを完全に理解していて、二人と対等にラグビー談義をするようになっていた。
体の大きかったコウちゃんと足が速いユウ君は6年生になるとチームのレギュラーになった。当然ハナちゃんと試合の応援にも行くのだが、その時も「今のはオブストラクションじゃないの!」など観客席からヤジを飛ばすぐらいだった。
わたしはというと、未だにラグビーのルールすらよく判らない。だからサッカーや野球と違って、観ていてもちっとも楽しくなかった
何をしてもわたしはハナちゃんに敵うところがなかった。疎外感と、ユウ君とコウちゃんを取られるんじゃないかという焦燥感でいつもいっぱいだった。
ある時、ハナちゃんに言われた。
「紗枝は康生君が好きなんだものね? 私は悠斗君が好きなの。だから応援してくれるわよね?」
わたしは言葉に詰まった。コウちゃんは好きだが、この時はユウ君も好きだった。けれど、わたしは「う、うん……」と答えていた。
この頃のわたしは何でもハナちゃんに言われるがままだった。人としての、女子としての、格の違いを日々まざまざと思い知らされていたからである。
「悠斗君と二人っきりにさせてくれるかしら」
ある時、コウちゃんがおウチの用でいない日、そう言われたことがあった。ただ、わたしは、母親が迎えに来るまで自宅へ帰ることも出来ず、ユウ君の部屋の角で独りヘラヘラ笑っていることしか出来なかった。
ところが、そんな日々は突如として終わりを迎えた。
ある日を境にして、ハナちゃんがユウ君の家にパタリと来なくなったのである。中学1年生の夏のことだった。元々、学校が違ったのでその詳細は判らなかったが、わたしは心の中で少しホッとしたのを憶えている。
わたしはコウちゃんとユウ君の両方が好きだった。けれどユウ君のことは半ば諦めていた。ハナちゃんから――ユウ君が好きだ――と宣言されてしまったからである。わたしがどう足掻いても、ハナちゃんに敵うとは到底思えなかったからだ。
それからはまた以前の幼馴染3人組に戻った。
ハナちゃんがユウ君の家に来なくなって、コウちゃんとユウ君はまたわたしだけのモノになった。
ただ中学生になってからは、小学校の頃のようにいつも3人でいることも余りなくなった。
コウちゃんとユウ君は小学校の頃のラグビー教室からそのまま中学生のクラブチームでラグビーを続けることになり、忙しい日々を送っていたからだ。
登校する時は一緒でも、遠方で試合がある時は早退したり、学校を休むこともあった。またその時の二人は年齢別で県の代表になり、県外へ遠征することもしばしばだった。
ウチの両親は、いつもコウちゃんとユウ君を褒める。――お前の幼馴染二人が日本代表になんてなったら凄いな。いつか、どちらかのお嫁さんにして貰え――なんて笑っていた。
どちらか……? そう言われるたびに、わたしはいつもモヤモヤした。いつかはどちらかを選ばなければならないとは判っていても、頭の片隅で納得できない自分がいた。
そしてもう一つ。由々しき事態と言っても過言ではないことが起こってしまった。
ユウ君が某人気女性誌の『イケメンまみれ』というコーナーで写真付きで紹介されてしまったのである。おじいさんと東京へ出掛けていた時に取材されたのだそうだ。
年頃の女子なら誰でも手に取る雑誌に載ってしまってからのユウ君の人気は学校どころか、 道行く女の子にまでキャーキャー騒がれるようになった。
コウちゃんの方は、あまりモテてはいなかったので心配なかったのだけれど……。
手足がスラっと長く宝塚の男役のような綺麗な顔立ちをしているユウ君と違って、コウちゃんは顔も体もゴリラ……なのだそうだ。わたしはそうは思わなかったが、クラスの女子がそう話しているのを聞いたことがあった。
ラグビーの試合を観ていても、ボールを持って颯爽と走りトライを決めるユウ君と違って、コウちゃんは、相手に体当たりして、揉みくちゃにされて、いつも泥んこだった。わたしはどちらも同じくらいカッコ良いと思っていたが、客観的にユウ君の方がカッコ良く見えてしまうことぐらいは理解していた。
その頃になると、ユウ君の【スキル:微笑みがえし】は、【ユニークスキル:魅了の微笑】へスキル進化したのだと、宮田夏穂が川原で偉そうに熱弁していた。
あの笑顔を目の当りにすると、どんな女性でもポコリと排卵してしまうそうである……。
夏穂は、年下の癖に生意気で、言っていることはいつも意味不明で変なヤツだったが、それは何となく当たっているような気がした。
実際、ユウ君と目が合っただけの通りすがりのOLさんが「……ぁん!?」と体を捩っていた。八百屋でお買い物していたおばちゃんまでも、ユウ君を女の顔で見ていた。「……ぁん!? 今、卵が産まれたかも」などと明け透けな女子もいた。大体の女の子がユウ君に微笑まれると「……ぁん!?」って言わされる。一番身近にいるわたしが最も「……ぁん!?」と言ってるかもしれない。
「……ぁん!?」って何なんだろ……? 実際に下半身が少し熱くなる。
にも拘らず、ユウ君本人は何事もなかったかのように、至って平然としていた。周囲が余りに煩い時は顔を歪めることもあったが、そんなことにはまるで関心がなさそうだった。
週に何度も、学校で、また街中でユウ君は告白されていた。
普通ならもう少し調子に乗っても良さそうなものだが、驚くほど淡泊に断っていた。それが不思議とスカして見えないのは、彼自身がモテていることに、まるで自覚がなかったからだ。
ずっと一緒にいたわたしには判る。
ユウ君は鈍感とかのレベルではなく、神経が普通ではない。偶に頭の中を覗いてみたいと思うことがある。そこら辺はやはり今でも少し不気味だ。
そんなユウ君を見ていると、少し悔しくなって、――告白された――と何度か嘘を言ったことがあった。コウちゃんは「好きじゃないなら断るべきだ!」と言ってくれていたが、 ユウ君は、――へぇ~、そうなんだ――という顔をするだけだった。