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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第1章 彼女は数多の愛が欲しかった
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11  海から吹く冷たい風がボクを感傷的にさせる

 園田を人身御供にして夏穂から逃げたボクは、地元の駅を出て川原で立ち止まった。昨日、紗枝と話をした川原である。


 ボクは昔からこの川原に居るのが好きだった。


 幼い頃からの遊び場であり、ラグビーを練習する場所でもあった。また花子と最初に出会ったのもここだった。そして、まだ一度も会ったことがない行方不明の父が、最後に目撃されたのもこの川原だと聞いている。


 なにかと因縁めいた場所ではあるが、静かに流れている川や風に揺れる草木を見ていると、妙に心が落ち着いた。


 この辺りは海から7キロ程離れていたが、途中に潮を遮る堰がない為、干満の影響を受ける。また底が泥地になっていて、シジミが採れた。幼い頃はよく爺ちゃんと潮干狩りをしたものである。


 ただ川が護岸されてからはそういうことも無くなった。シジミがいなくなったわけでないが、堤防を上り下りするわけにもいかず、足が遠退いていった。


  またボクが練習で使っていたただの広場だった河川敷もグラウンドとして綺麗に整備され、お洒落な遊歩道や春先には藤の花が咲くパーゴラと花壇、そしてよく判らない健康器具なんかも設置された。


 以前は子供ぐらいしかいなかった川原も、今はランニングや散歩する人で賑わうようになった。


 ボクは川原道から河川敷へと降りる階段に腰掛け、赤い夕陽に照らされた川原をただぼんやり眺めていた。


 河川敷グラウンドにはやたら元気な犬とそれを追い掛ける飼主の女性が楽しそうに駆け回っていた。


 ふと対岸へ目を向けると草っ原の中にモスグリーンのテントがあった。対岸はこちらの側のように整備もされておらず、昔ながらの川原だった。


 テントを張るなら、トイレや水道なども完備されているこちら側の川原にした方が良さそうなものだが……。


 そう言えば、以前はこの辺りにもホームレスが住んでいたが、下流にある大きな橋の方へ移動したようだった。もしかしたらこっちの川原にテントを張れない、何らかの理由があるのかもしれない。


 赤い夕陽と海から吹く冷たい風がボクを少しだけ感傷的にさせた。


 「テントの中の人はちゃんとご飯を食べれてるのかな?」


 思い出すのは母親が居なくなったあの日のことだった。


 いつもの様に酔っぱらって朝方に帰って来たアノ母親は、その日は珍しく男を連れていなかった。グダグダと管を巻いていたが、間も無くいびきを立てて眠り始めた。


 そんなことよりボクは、母親の手にコンビニの袋がないことに落胆したのを憶えている。


 それから夕方まで部屋の隅で母親が起きるのを、ただぼうっとして待っていた。近所から夕餉の匂いが漂って来ると、ボクのお腹は「グググーッ」と音を鳴らした。


 お腹が空いてどうしても堪えられない時はアパートの裏にある大きな公園へ行くことにしていた。


 公園の所々にはベンチがあり、その側には必ずゴミ箱があった。漁ると、稀に食べられそうなものが見つかることがあったからだ。


 外へ出ようと玄関ドアを開けると、今と同じような赤い夕陽が部屋の中に差し込んだ。するとそこには人が立っていた。逆光となり真っ黒なシルエットになっていたが、大柄な男性だということだけは判った。


 物音に目を覚ましたアノ母親は、それを見て、これでもかと言わんばかりに目を見開いて驚いていた。唇はガタガタと震えていて、日頃、憎々しい程物怖じしないアノ母親が血相を変えていたのだ。


 「突然で申し訳ない、ワシは高梨悠合たかなしゆうごう――」


 その声から、かなり年配の男性であることが判った。


 ただその男性の自己紹介が終わらぬ間に、母親は慌てて手元にあったバッグを引っ掴むとそのままの格好でベランダから飛び出していった。部屋は二階である。


 ボクと男性は急ぎベランダへと向ったが、見下ろす先にアノ母親の姿はなかった。


 アパートにとり残されたボクは、その見知らぬ男性と向い合っていた。アノ母親はこの年配の男性の何に恐怖したのだろうか? ボクは恐ろしいとはまったく思わなかった。むしろその優しい眼差しに温かみすら覚えた。


 「さっきは途中になってしまったが、ワシは高梨悠合というものじゃ。君の名前は?」


 しかしその問いに、ボクは首を傾げることしか出来なかった。


 それからアパートで男性が買って来てくれたお弁当を食べながら、アノ母親が帰宅するのを待った。ボクはいつの間にか眠ってしまっていたようだが、目が覚めた時、男性の姿があることにホッとした。


 翌日の昼過ぎなってもアノ母親がアパートへ帰ることはなく、溜息と共に男性が立ち上がった。


 これで、男性とはお別れになる――


 そう思うと、これまで感じたことがないような寂しさに襲われた。昨日初めて会った人との別れがこんなに悲しいとは思わなかった。胸がキューと締め付けられるような気がした。


 アノ母親が居なくて寂しいと思ったことなど一度もないのに……。


 「ワシと一緒に行こう」


 温かい笑顔と共に差し伸べられた手を、ボクは躊躇いもなく握った。


 ボクは男性に連れられ、まずは警察に行った。少し怖かったが、男性は弁護士であり、「決して悪い様にはせん」という言葉がとても頼もしく思えた。


 警察で最初に訊ねられたのはやはり名前だった。が、……答えられなかった。アノ母親の名前も……知らない。辛うじて答えることが出来たのは、ミーナという猫の名前だけである。


 名も知れぬ少年。通常なら児童相談所へ引き渡されることになるのそうだが、男性がボクの身元引受人になった。


 その後すぐに電車に乗って男性の住む街へやって来たのだが、ボクが余りに痩せていたというのもあって、一度入院することになった。


 入院している間、男性はいろいろな話をしてくれた。


 まず、なぜ男性――高梨悠合があのアパートを訪ねて来たかについてだが、彼には10年程前に忽然と姿を消した行方不明の息子・高梨悠升たかなしゆうしょうがおり、その行方を捜していたとのことである。


 その調査の過程で、悠升と時と場所を同じくして消息を絶った益田聖奈ますだせいなと似た女性が、あのアパートで小さな男の子と暮らしている――という情報を得たとのことだった。


 益田聖奈は、高梨悠升 の中学の同級生で、この街の商店街で雛人形や五月人形を販売する人形店を営んでいた益田屋の娘なのだそうだ。


 特徴としては、大柄な女性だったらしく、今までも何度か似たような情報が入っては肩透かしを喰らっていたそうだ。毎回、宝くじを買うような思いで訪ねていたとのことである。


 「今回は大当たりだったようじゃ」


 ベッドに横たわるボクの頭を撫でる男性の瞳は潤んでいた。


 男性が言うには、ボクが、彼が捜している息子の高梨悠升と益田聖奈の子供――ではないかと言うのだ。つまりボクは男性にとっての孫ということになるらしい。それぐらいボクは、幼い頃の高梨悠升と似ているらしい。


 まだ鑑定結果が出る前であったが、男性の中ではすでに確定しているかのように、「孫に会えた」と毎日抱きしめてくれた。


 ボクは幸せな気持ちで満たされた。これまで感じたことのない安らぎを覚えた。だからこそ、ボクが高梨悠升の子供では無かったら……。男性の孫ではなかったら……思うと恐ろしくてならなかった。


 その後のDNA鑑定の結果によって、ボクは高梨悠升の子供であることが証明された。つまりボクは男性の孫になれたのである。ただ出生届が出されていなかったことや戸籍や住民登録が無かったこともあって、その後の手続きはかなり大変だったようだが……。


 それだけで、ボクは会ったこともない父親に心の底から感謝した。


 「家族にめぐり逢わせてくれて、ありがとう」


 高梨悠斗という名前は、その時に男性――爺ちゃんに付けられたものだった。アノ母親から何かしらの名前で呼ばれたという記憶はなかった。「ねえ」とか「おとうとくん」などと呼ばれていたように思う。判らなかった誕生日も爺ちゃんがアパートを訪れた10月10日になった。


 現在のところ、アノ母親が益田聖奈であると断定することは出来なかったが、爺ちゃんが言うには、間違えないだろうとのことだった。


 一応、ボクも益田聖奈の女子高生当時の写真を見せられた。記憶にあるアノ母親はいつも酔っぱらっているダラしないおばさんだったが、若返るとこんな感じだったのかもしれない。


 それにしても、アノ母親は、3歳のボクを置いて何処へいったのだろうか? 爺ちゃんの姿を見て、なぜ逃げ出したのだろうか?


 警察は一応――捜す――とは言っていたが、あれ以来、何の音沙汰がないまま、今に至る。

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